“給料半減”時代の経済学(2)/高橋洋一(東洋大学教授)
2009年3月13日 VOICE
ワークシェアよりパイの拡大を
このような状況では、企業はコストカットに躍起にならざるをえない。コストカットは人件費に及ぶ。給料の大幅削減、そして、社員の解雇による雇用調整という厳しいリストラ策に発展することは避けられまい。すでに、自動車産業、電機産業などで非正規従業員の大幅な削減が発表され、実施されはじめているが、このままでは、早晩、正規従業員も削減対象にならざるをえないだろう。雇用調整や生産調整が不況の深刻化に追いつけない状況ならば、リストラはさらに激しさを増していくこととなる。
物価の深刻な下落が続く状況下では、実質GDPのマイナス成長も続くことになる。失業率のマイナスと、実質GDPのマイナスとの相関関係を統計的に導き出したのがアメリカの経済学者、アーサー・M・オークンである。その法則はオークンの法則と呼ばれている。これは、現実の数値を実証研究することで導き出された経験則で、実質GDPのマイナス成長によっても失業率の上昇は立証されるのである。
昨年10―12月期の実質GDP成長率が2桁マイナス、今年1―3月期も5%程度のマイナスという堅めの足元データから、100年に一度の危機ということで3年で回復(これもかなり甘い前提)するとすれば、今後1〜2年のGDPギャップ(潜在GDPと現実のGDPの差額)は80兆円程度とGDPの14%程度になる。これから失業率を算出すると、6〜10%程度になるのだ。
1953年以降、わが国が記録した最悪の失業率は5.5%である。10%という失業率がいかに深刻な事態であるかが理解できるだろう。
しかも、失業は年齢階層に同じ率で発生するわけではなく、若者の失業率のほうが高まる。現在よりも、300万人も400万人も失業者が増加して、とくに若者の失業率が10%どころか20%にも達するという状況になったらどうか。大変な社会不安を招くことは必定である。
ちなみに、前述した物価連動国債の利回りに基づくBEIのインフレ予想率はわが国だけではなく、アメリカやイギリスでも見ることができる。それらと日本を比較すると、日本のBEIのほうがアメリカやイギリスよりも驚くほどに低いことがわかる。
現在、世界に拡大している経済危機の発信地はアメリカや欧州である。そしていま、欧米の景気悪化が深刻化していることが連日のように報じられている。それにもかかわらず、アメリカやイギリスと比べて、将来の物価下落率については、わが国のほうが深刻であるという見通しが国債市場では出来上がっているのである。
具体的に数字を挙げるならば、わが国がマイナス2.5%だった1月ごろ、アメリカもイギリスもプラスのレベルを維持していた。日本だけが大幅なマイナスに陥っているわけである。これは、アメリカやイギリスに比べて、わが国では経済危機に対処する有効な政策が発動されておらず、今後、アメリカやイギリスよりもわが国のほうが経済の回復が大幅に遅れてしまうだろうと国債市場が予想していることの結果である。
これは、わが国の経済政策の無策ぶりに市場が失望していることの証左にほかならない。もはや、「欧米に比べて、わが国は傷が浅い」などとタカを括っている場合ではないということである。
そうしたなかで、最近しばしば取り上げられているのが、ワークシェアリングという経営手法である。もし、実際にワークシェアリングが広く行なわれるならば、雇用調整の動きは緩和されて、失業者の増大に歯止めがかかるだろう。その意味では、ワークシェアリング論に反対する理由は何もないが、現実論としてはワークシェアリングはたいへん難しいアプローチであると考えざるをえない。
全体の賃金を半減できればよいが、賃金は下方硬直性があって、なかなか半分に下げることはできない。賃金に下方硬直性がある背景には、労働法制の問題ももちろんある。しかし、それ以上に、現実にワークシェアリングを困難にさせるのは「総論賛成、各論反対」となりやすい心理である。
一般論として「ワークシェアリングによって、厳しい状況を全従業員で耐え忍ぼう」といわれるだけなら多くの従業員が賛成するかもしれない。だが、それが現実問題として自分の身の上に降り掛かってきたらどうだろうか。「ワークシェアリングで、君の給料は半減です」といわれたら、残念ながら「いや、私の給料を半減させるよりも先にやることがあるのではないですか」と、ほとんどの人が反論するのではないか。
実際にワークシェアリングが導入されたとしても、よほど立派な経営者に導かれでもしないかぎり、従業員のモチベーションが下がる危険性が多分にある。全体の給料を下げることによって、組織全体のモチベーションが下がることは大いに考えうることだ。それよりは、残すべき人材の給料は維持し、不要な人材を解雇したほうが、企業としてはモチベーションの維持が期待できるという側面もあるだろう。
したがって、企業は雇用調整に手を染めることになる。まずは非正規従業員の削減となり、それでも追いつかなければ正規従業員の削減へと雇用調整を拡大させていくのである。
いずれにしても、きわめて厳しい道である。なぜか。それは、経済のパイが縮小するなかでの対策を考えようとしているからである。
ごく当たり前のことだが、経済のパイが縮小するほどにその配分はシビアになっていかざるをえない。そして、何よりも、小さくなるパイを分けるというのは耐乏をお願いするだけのことであって、抜本的な解決手段ではありえない。
しかも、雇用調整が容易になるような労働法制の弾力化というようなミクロ政策を打つと、その副作用として、今度は過剰な賃金削減や雇用調整も誘発しかねない。ここぞとばかりに阿漕なことをする人間は、残念ながら必ず出てくるのである。そしてその結果、社会不安も高まる懸念もある。
1人ひとりを説得する困難さ、モチベーションを低下させないリーダーシップ、社会不安を巻き起こす危険性……。それら諸々の政策コストを考えるならば、はるかに「パイを大きくする」ことに取り組んだほうがたやすい。経済のパイが縮小するなかでの対策を考えるよりも、経済のパイが縮小することを回避して、その規模を拡大させていくことを最優先させるのだ。
つまり、今後、長期にわたって経済成長が著しく低下を続けて、物価が下がりつづけるという本格的なデフレ経済に突入することを回避するマクロ経済政策の断行を、「ミクロ政策だけ」の政策よりも優先すべきということである。
政策とは損ができて当たり前
では、有効なマクロ経済政策とは何か。これは難しい話ではない。そもそも、バブルの収縮は、世の中におカネが回らなくなったために発生する。その果てに経済規模も縮小するわけであるから、その逆として世の中に出回るおカネの量を増やせばよい。もっとも標準的な手法は中央銀行による量的緩和政策である。アメリカのFRBのように日本銀行がいろいろな資産を買い上げていけば、それにともなって、日銀券、つまり、おカネが世の中に出回っていく。
ところが、日本銀行は従来、量的緩和には消極的であって、いろいろと理屈を付けて重たい腰を上げようとしない。
かつて、速水優日銀総裁から福井俊彦同総裁の時代に量的緩和を実行したが、その過程でも日銀は失敗を続けた。
2000年8月に速水総裁がその前段であるゼロ金利政策を解除する利上げを政府の反対を押し切って実施したことで、景気悪化を招いてしまった。その後、その失敗によって量的緩和を受け入れざるをえなくなり、ようやく景気が上昇してきたが、そこで今度は福井総裁が2006年3月に金融引き締めを行なった。デフレ懸念が解消していない状況であるにもかかわらず量的緩和を解除したために、その後の景気悪化のきっかけをつくってしまった。
その時点で、私はデフレの解決に消極的な日銀の見識を強く疑ったが、さらにその流れを汲んだ白川方明総裁が2008年春に就任することとなった。するとやはり市場では、量的緩和政策が遠のくという見通しが強まって、前述したBEIの指数はゼロ%にまで落ち込み、将来の物価下落を示唆するようになっていた。
私からいわせれば、タイミングを外した金融引き締めと景気悪化の因果関係はきわめて明確なのだが、しかしなかには、「量的緩和をしても、おカネは世の中で使われずに、すぐに日銀の準備預金に戻ってしまうから意味はない」という論を張る人々もいる。だが、もしそうだとするならば、日銀は国債を買えばよいのだ。日銀が国債を購入した額だけ、政府におカネが回るのであるから、今度は政府がそのおカネを景気対策に投入すればいいだろう。
それに対してなお、「日銀が国債を引き受けるのはよくない」というのならば、新規発行の国債を引き受けずに金融機関が保有している国債をさらに多く買い上げればよい。そして、金融機関がさらに政府から国債を購入して、政府がそれを景気対策に投入するのだ。さらに日銀が民間の債券、とくに中小企業の手形を買い取れば、民間市場におカネを投入できる。
こういうことをいうと、日銀に損失が出るので困ると日銀は反論する。だが、ちょっと待ってほしい。日銀は広い意味での政府機関である。100年に一度の危機に日銀だけ健全でも、日本経済が沈没していては元も子もない。政策というのは損ができて当たり前である。日銀は損失が気になるなら、政府と損失補償契約を結べばいい。
たとえば、現在ある中小企業向け政府保証枠を日銀に回せばいい。アメリカの中央銀行であるFRBの議長を務める著名な経済学者、ベン・バーナンキ氏が、かつてこういったことがある。いざというときに日銀が損を気にして適切な政策が実施できないとは信じがたい、と。まったく同感だ。
とにかく大切なことは、世の中におカネが回るようにすることを考えて、実行することなのである。
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
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