スイスの自国通貨売り介入に賛否、「通貨戦争ぼっ発」の悲観論も

2009年 03月 13日 18:07 JST
 
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 基太村 真司記者

 [東京 13日 ロイター] スイス国立銀行が前日にスイスフラン売り介入に踏み切ったことをめぐり、市場で議論が巻き起こっている。為替相場と金利の相関度が高いとされるスイス固有の理由がある、と理解を示す声もある。

 一方、世界的な景気悪化が保護主義と通貨切り下げへの懸念を高める中での介入は、通貨切り下げ合戦という「通貨戦争」に発展しかねないと懸念する向きも少なくない。週末に行われる20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に対する関心が急速に高まってきた。 

 <擁護派は東欧危機の抑制効果などを評価> 

 95年以来13年ぶりに行われたスイスフラン売り介入擁護派の見解は、SNBの主張に理解を示す。特に対ユーロでのスイスフラン押し下げが市場・経済の安定に効果があるとの見方だ。ユーロ圏との貿易量が多いスイスにとって、対ユーロの最高値圏でもみあい続けるスイスフラン高が「政策金利をいくら下げても実質金利が下がり切らない悪循環を生んでいた。非伝統的措置の導入というマネタリーコンディションの緩和には対ユーロでのスイス安が必要条件のひとつで、それは以前からSNBもかなり指摘していた」(外銀)。

 SNBも前日、利下げ後に最近のスイスフラン高は金融状況の不適切なひっ迫につながっており、対ユーロでの一段の上昇を回避するため外貨購入を行うとしている。

 スイスフランの押し下げは自国経済の安定のみでなく、欧州経済の火種である東欧危機の緩和効果をもたらす可能性をもにらんだもの、とする見方もある。以前から金利水準が低いスイスフランは調達通貨として幅広く新興国に流入、円と同様に住宅ローンなどにも組み込まれており「(借り手にとって)債務増大につながるスイスフラン高が緩和すれば、東欧リスクが少し後退する。欧州を含む世界経済にとって悪くない話」(別の外銀)でもあるためだ。

 実際、前日海外の取引ではスイスフランが対ユーロで急落する一方、ハンガリーフォリントやポーランドズロチなど、東欧危機の高まりとともに売り込まれたいた「家計などのスイスフラン建て住宅ローン額の大きい通貨」(ロイヤルバンク・オブ・スコットランドのヘッドオブFXストラテジー、山本雅文氏)が対ユーロで大きく反発に転じている。

 投機マネーの激しい流入で、スイスフランの水準がそもそも、経済の現状に比して高すぎた面を指摘する声もある。為替市場でスイスフランは円と同様、調達通貨の代表格と位置づけられていたため「リーマンショック後は『リスク回避』というお題目で理由なく買われすぎた」(先出の外銀)部分も否めない。円が今年1月に対ユーロで史上最高値を更新する一方、対ドルでは13年半ぶり高値にとどまったのに対し、スイスフランは昨年中に対ユーロ、対ドルともに史上最高値を更新している。

 この日の取引でユーロ/スイスフランは1.54スイスフラン台を回復。2カ月半ぶり高値をつけたが、「まだスイスフランは(フェアバリューと見られる水準より)7%程度高い」(同じ外銀)とする試算もある。 

 <否定派は通貨切り下げ競争への発展を警戒> 

 押し下げ介入に否定的な見方を示す向きは、通貨切り下げ競争への発展を警戒する。7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)など主要各国当局が相次ぎ保護主義の強まりに懸念を表明する中での介入は、他国通貨の押し上げにつながる「近隣窮乏化政策」(さらに別の外銀)としての色彩を強く帯びてしまうためだ。

 バークレイズ銀行・チーフFXストラテジストの梅本徹氏は、「1929年の世界大恐慌時に強まった保護主義の台頭による自国通貨切り下げ合戦が、第二次世界大戦を招来した事実は、現在の世界的な金融不安と同時不況の中で主要国が強く認識している」としたうえで、SNBの切り下げ介入は「禁じ手を打ったことにほかならない」と強く非難。「自国産業保護のための自国通貨売り介入を(各国が)同時に開始すれば、世界経済の混沌は一段と深淵なものになる。スイス中銀の行動は批判されるべきだ」と話す。

 実質金利の押し下げ効果という論調にも、批判的な声がある。「為替相場が金利に実質的な影響を及ぼすのは短くても2年。超短期的には『相場的』に金利低下が通貨安につながることもあるが、明確な相関関係を見い出すには3年はかかる。金利押し下げのために通貨安を、しかも力技で押し進めるというのは、どうも合点がいかない」(邦銀)という。

 <今後の介入スタンスやG20が真意見極めのヒント> 

 前日のSNBの介入は「(ユーロ/スイスフランを)押し上げるような買い方(ユーロ買い/スイス売り)ではなかった」(市場筋)という。しかし「(主要通貨で)久々かつ突然の介入だったので、短期筋の(ユーロやドルの)買い戻しを誘発させる効果は十分」(別の市場関係者)だった。

 保護主義の高まりが声高になる中で行われた通貨押し下げ介入の真意をめぐり、市場の思惑は激しく交錯。相場の値動きも荒くなっている。「主要国の足並みが乱れて通貨切り下げ合戦になれば、最終的には金(相場)買い」(さらに別の外銀)として、前日の海外の取引では金先物が急伸。さらに低金利政策を維持してきたSNBの介入で、同じ低金利政策の日銀が介入に踏み切りやすくなるとの思惑から、ファンド勢の買い仕掛けにドル/円も98円半ばまで3円近い切り返しを見せた。アジア時間の取引ではそうした動きも一服となったものの、市場で「ひとつのイベントでここまで意見が割れるのは久々」(後出の邦銀)だ。

 介入が比較的経済規模の小さいスイスにとどまり、しかも介入規模も限られれば、為替市場に与える影響は限定的との見方が大勢だが、市場では他国への波及をめぐって各国当局の発言に対する関心が急速に高まってきた。為替介入に批判的なスタンスを示し続けてきたG7の反応はもちろん、他の主要国や新興国がどういった反応を示すか、SNBの真意がどこにあったのかも含めて「通貨戦争ぼっ発」の可能性を大きく左右するためだ。「SNBの介入を事前に米連邦準備理事会(FRB)が知っていたとすれば、なぜドル高につながる介入を許したのかも気になる」(冒頭の外銀)ところでもある。

 JPモルガン・チェース銀行・チーフFXストラテジストの佐々木融氏は「日本などG7各国が通貨切り下げ競争に巻き込まれることを阻止するためにも、当局者が水面下で介入封じ込めについて確認し合うことは重要」と指摘している。

 (ロイター日本語ニュース 編集:橋本浩)

 
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