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戦後、世界各国で女性をめぐる状況は大きく前進した。日本もそうだ。
男女雇用機会均等法が制定されたおかげで女性の職場が広がった。
教育でも大きな変化があった。女性の進学率は大きく上がった。高校では男女ともに家庭科を学び、男は仕事、女は家事育児という役割分業の意識も薄らいでいる。
このような社会の変化を後押ししたのが女性差別撤廃条約だ。女性の地位や人権の向上を願って、79年の国連総会で採択された。日本も85年に批准した。条約の締約国は185カ国にのぼる。女性たちはこの条約を味方に差別とたたかい、力をつけてきた。
99年には条約をいっそう役立つものにする「選択議定書」も採択された。
議定書の一つの柱は、人権侵害を受けた個人やグループが国連の女性差別撤廃委員会に直接、通報ができる制度。もう一つは、重大で組織的な権利侵害があるという情報が委員会に寄せられたとき、その国の協力を得て調査に乗り出せる仕組みである。
条約と議定書。この二つがセットではたらくことで条約は生きる。条約が前輪なら、議定書は後輪だ。
ところが日本は「選択議定書」を批准していない。女性差別撤廃条約の締約国185カ国のうち、96カ国が批准している。先進国で批准していないのはアメリカと日本の2カ国だけだ。
独自の道を歩み、干渉を嫌う米国は、本体の条約さえ批准していない。しかし、オバマ大統領は条約の批准を選挙の公約に掲げた。日本だけが取り残されるのではないかと心配だ。
全国の女性団体がまとまって、毎年のように議定書の批准を求めて国会に請願を繰り返してきた。なにをためらっているのだろう。
議定書の制度は、実際に使おうとするとハードルが高い。たとえば日本から通報ができるのは、最高裁でも救済がかなわなかった場合など、国内で手だてを尽くしてのちのことだ。
この10年で制度が利用された例は、本人の十分な了解を得ずに不妊手術をされた事例など、各国合わせて20件にも満たない。
国際司法裁判所や国際刑事裁判所、女性差別撤廃委員会など、人権を守る国際機関に日本政府はすすんで人材を送り出している。なのに選択議定書を批准していないばっかりに、女性の人権に取り組む気がないと思われるのは、あまりに残念だ。
批准に新たな法律の整備がいるわけではない。国会が決議をするだけでいい。女性団体は、いまの国会へもはたらきかけている。与党も今回は耳を傾けているようだ。
女性差別撤廃条約の採択から30年がたった。節目の今年こそ誤解を解く好機ではないか。
病気の治療法を大きく変えると期待される万能細胞の研究が、米国で一気に活気づきそうだ。
オバマ大統領が、代表的な万能細胞であるヒトの胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の研究に、連邦政府予算を使えるようにする方針を決めたからだ。
受精卵を壊してつくるES細胞には宗教的な反発が強く、ブッシュ前政権はその研究を大きく制限していた。
オバマ大統領は、政治や宗教にゆがめられない健全な科学政策を目指している。今回の発表もその大きな一歩といえる。
大統領令の署名式典には、ノーベル賞受賞者らとともに山中伸弥・京大教授が招待された。受精卵を使わずにつくる新型の万能細胞(iPS細胞)の生みの親として世界的に知られる。
山中さんは式典後、「このままでは日本は取り残される」と強い危機感を述べた。米国の研究が加速されるとの見通しからだ。
何にでもなれる万能細胞は、心臓にでも脊髄(せきずい)にでも、損なわれた組織に育てて治療に使うことが期待される。
受精卵がいらず、普通の細胞から作れるiPS細胞は、病気の細胞にして薬や病気の研究に使うこともでき、さらに期待は高い。日本が先陣を切った成果を、うまく育てていきたい。
ところが、そのiPS細胞についても楽観できる状況ではない。山中さんは昨年、この分野の研究で「日本は1勝10敗」と述べた。基礎的な研究成果はむしろ米国で続々出ているのだ。
生命科学分野で、米国には分厚い研究者層に支えられた豊かな研究の土壌がある。98年にヒトのES細胞をつくったのは米国の研究者だ。以来、米国がこの分野の研究をリードし、その蓄積と底力がiPS細胞の研究にも生きている。
iPS細胞にはまだわかっていないことが多い。ES細胞の研究も含めて基礎的な研究が必要な段階だ。短期的な成果ばかりを求めず、基礎研究をしっかり育てていくことこそが大切だ。
日本ではヒトのES細胞を使うには手続き上の規制が厳しく、研究の妨げになっているとも指摘されている。規制ができて7年、柔軟に見直すことも必要だろう。
実用化に向けては、臨床研究が重要になってくる。米国にはベンチャー企業も多く、ES細胞を使って脊髄損傷を治す臨床試験も近く始まる。
しかし日本では、基礎研究を治療につなげる臨床研究の仕組みが整っていないと言われてきた。
大学病院などでは、人材が不足しているうえ、臨床研究が業績として評価されにくい現実がある。必要な予算を投じ、思い切って態勢を作りたい。
iPS細胞での成果を生かすためにも、研究の基盤固めが大切だ。