雑誌記事現実味を帯びる「米国版・失われた10年」東洋経済オンライン3月12日(木) 14時34分配信 / 経済 - 経済総合
3月2日の英紙フィナンシャル・タイムズに掲載された寄稿文で、ベーカー元米財務長官が「破綻処理の不可能な『ゾンビ銀行』を延命させて失われた10年を、米国は繰り返そうとしている」と警鐘を鳴らした(日本経済新聞)。3日にはハーバード大学のファーガソン教授が、米国は「動き始めるのは早かったが、非効率な企業を延命するなど金融機関に関する米国の政策は日本の『失われた10年』と似ている」と述べた(同)。その「失われた10年」が米国経済の足元に忍び寄ってきているとのこれらの指摘は、日本を反面教師にした「警鐘」にとどまらない可能性を示している。 日本でも、金融庁の佐藤隆文長官は、最近の講演のたびに二つの金融システム危機の共通点と相違点を解説している。これまで日本ではバブル期と90年代の金融・財政政策について、公式には総括されてこなかったが、米国発の世界的な金融危機との比較によって、日本の90年代の対応をある程度客観的に観察することができるようになった。その結果、金融庁は90年代の日本の政策にも一定の必然性があり、日本の経験が今回の金融危機対応の「先例」になると言いたいようだ。 筆者も、米国がこの景気後退から抜け出すのには、かなり長い時間を要するのではないかと考えている。「ゾンビ延命説」はさておき、そう考えざるを得ないいくつかの要因がある。 (1)「デフレ・スパイラル」の懸念 まず、企業の業績悪化が設備投資の圧縮にとどまらず、雇用問題を悪化させて消費水準を落とす(フローの要因)と同時に、住宅価格上昇額に見合って借り増したローンの返済圧力や商業用不動産の価格下落(ストック要因)も加わって、景気対策にもかかわらず経済全体が長期間「なべ底」をはう、「デフレ・スパイラル」の懸念が強まる。 (2)困難な「損失の見極め」 直接金融比率の高い米国では、CP市場や社債市場の機能不全は企業の資金繰りを急速に圧迫し、連邦倒産法11条(日本の民事再生法に当たる)による再生手続きを用いた債権カットに走りがちである。その点では「ゾンビ状態」を早期に解消しようとする経済風土は確かに存在する。しかし、今回はメーカーやノンバンクも「大きすぎてつぶせない(Too big to fail)」ことを理由に公的資金が投入され、これまでとは異なった様相になっている。また、仮にGMが連邦破産法11条の適用に移行したとしても、それによって自動車産業が急速に回復する可能性は乏しく、次のゾンビ企業がマーケットの標的になるだけだろう。 他方、米国の銀行監督当局が、将来の環境悪化を見込んだ銀行の「ストレス・テスト」を行って、潜在的な損失の規模を把握するという。これは損失の「最大値」を示して市場心理を鎮静化させようとするのが狙いである。しかし、実際に、今後の実体経済の悪化を先取りして銀行の資産査定を行うことになれば、健全企業向けの貸出や社債にも将来の業績悪化を見越して貸倒引当金を積むことになり、こうした企業の信用を人為的に失墜させることになる。日本に限らず、銀行における損失処理には、実体経済の進行に伴って逐次行われざるを得ないという制約が付きまとうのである。 (3)金融商品に潜む「マジック」は早期に解消できない? 金融市場を混乱に陥れる大きな要因となったのは、金融工学を用いた証券化商品のマジックと、さらにそれを借り入れで膨らませたレバレッジ型投資だったが、ここにきて信用収縮によるファンドなどの資金繰り破綻が懸念されている。現在市場に出回っている証券化商品の潜在的な損失(評価損)が実現損になるのはこれからで、その時、法人・個人の投資家が次の運用をどうするかは全く予測できない。金融商品や格付けプロセスの規制・情報開示が実効性を持ち、市場が信頼感を取り戻すまでには長い時間を要するだろう。 世界の金融監督当局は「秩序だったレバレッジの解消(Deleverage)」を目標に掲げるが、市場経済に「秩序」を求めうるのであれば、今回の住宅バブルも防げたはずである。ハードランディングを避けて、本当に監督当局が自ら「秩序」を実現しようとするのであれば、やはり一定の時間をかけなければなるまい。 今年1月のIMFの予測では、今回の経済危機に伴う米国全体の金融における損失は1兆8000億ドルとされているが、現実の損失処理は、まだ3分の1程度が済んだだけである。その損失総額も、今やIMFの予測を上回る可能性もある。ちなみに、日本の金融危機の97年、98年段階は、最終的な100兆円の損失のうち3分の2の処理を終えた段階だった。米国の金融機関が、損失の穴埋め財源を捻出するための新たなビジネスモデルはまだ見えず、公的資金頼りにも限度が見えている。 仮に2年後に景気が下げ止まったとしても、「ゼロ成長」にとどまるのを「失われた」というのであれば、米国版の「失われた10年」は単なる杞憂にはとどまらないだろう。 ──────────────────── 鈴木恒男(すずき・つねお) 元日本長期信用銀行頭取 【関連記事】 ・ 米国の金融システム不安は第2ステージ突入、デフレスパイラルが危機に拍車 ・ 銀行国有化のパラドクスに悩む米英の金融危機対策 ・ 政策を間違えなければ大恐慌にはならない ・ ペテン師と「大圧縮」と――オバマ大統領は市場から国家へ急旋回 ・ 株価6000円台突入の恐怖、企業収益からは割高感が強い
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