自治体が捕獲したり、飼い主から引き取ったりした犬の8割に当たる約11万匹が毎年、全国で殺処分されている。そんな中、熊本市は犬を飼い主に戻すことや新たな飼育者探しを続け、処分率を全国トップクラスの2割以下に減らしている。「殺処分をなくそう」を合言葉にする同市の取り組みが注目されている。
悲しげな目をした犬が「ガス室」に送られ、殺される場面がビデオで流れる。熊本市動物愛護センターで週1回ある譲渡前講習会。保護された犬を譲り受ける飼い主は、必ず受講しないといけない。2年半前から始まった。ある日の受講者は女性2人。ビデオ放映後、獣医師の斉藤由香さん(27)がペットの面倒を一生みる「終生飼養」の大切さを講義する。
「犬を飼うのは簡単ではありません。本当に飼えるのか、考えて決めてください」。参加した主婦(47)は「子どもを育てるのと一緒なんですね」とうなずく。
かつて熊本市は一週間程度保護して処分していた。この“流れ作業”に変化が起きたのは2002年。終生飼養をうたう動物愛護法の理念を生かし、動物愛護推進協議会を発足させ、生存率を上げる取り組みを始めた。迷い犬を飼い主に戻そうと、保護した犬を紹介するホームページもこの年、開設した。
センターの職員は憎まれ役も辞さない。娘と一緒に認知症の犬を連れてきた母親に「家族同然の犬を捨てていいんですか。娘さんはお母さんの背中を見て泣いていますよ」と翻意を促す。転勤などで犬が飼えなくなる場合、新たな飼い主を探すよう求める。それでも、引き取りを求める人には「犬を飼う資格はない」と非難することも。
地道な努力が実を結び、熊本市の07年度の犬の引き取り数は1998年度の1割の52匹に減った。飼い主に返還する犬も増え、98年度に12.4%だった生存率が07年度は82.1%に上昇した。
現在は保護する犬が50匹を超えた場合に処分する。年々、引き取り数が減っているため、保護期間が長くなり、餌代が増えた。増加分は市民やボランティアの寄付で賄っている。
この試みが注目を集めている。獣医師の斉藤さんは山口県下関市からの派遣職員。熊本市の取り組みを知った下関市長が昨年4月から1年間、研修に送り出した。斉藤さんは「市民を説得する職員に感銘を受けた。このノウハウを下関でも生かしたい」と語る。
熊本市は4月からセンターの職員が小学校で動物の命の大切さを教える出前授業も始める。命を軽んじる事件が後を絶たない今だからこそ「殺処分ゼロ」を目指す熊本市の挑戦が、ほかの自治体にも広がってほしい。 (熊本総局・野村創)
=2009/03/12付 西日本新聞夕刊=
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