きょうの社説 2009年3月12日

◎「拉致」で歴史的対面 日韓が連携して問題解決を
 母の田口八重子さんが三十一年前に北朝鮮へ拉致されたとき、一歳だった長男耕一郎さ んらと、八重子さんから日本人化教育を受けた金賢姫・北朝鮮元工作員との対面が韓国・釜山で行われた。日韓両政府の計らいで実現した点で歴史的な対面である。韓国には五百人からの拉致被害者がいるという。拉致問題解決への力強い結束につなげたい。

 金元工作員はソウル五輪を翌年に控えた一九八七年、北朝鮮がこの五輪をつぶす目的で 工作した大韓航空機爆破事件の実行犯として逮捕されたが、特赦で死刑を免れた後、工作や八重子さんに関して詳細に告白した手記を著した。日本語にも訳されており、今回の対面で新たな事実は出なかったようだが、この対面には二つの決定的な意義がある。

 一つは、李明博大統領の決断で対面が実現したことだ。李政権に先立つ二つの政権は北 朝鮮寄りで、こうした対面どころか、両政権下で大韓航空機爆破事件は韓国政府の自作自演だったという「でっち上げ」説さえ広げられた。金元工作員は手記に「私が沈黙を守れば守るほど、真実をゆがめようとする者たちがまかり通る世の中になる」と抗議している。対面後の記者会見でも「私は偽者ではない」と言い切ったが、北朝鮮にいる家族への気遣いもあってか、拉致問題解決を迫る方法として、「北韓(北朝鮮)の自尊心を傷つけないようにしながら、心を動かす方法を考えるべきだ」と述べた。

 もう一つは、金元工作員が耕一郎さんに「お母さんは生きている」と語ったことだ。「 亡くなっていない。どこかへ連れて行かれたと聞いている」と話した。

 北朝鮮は八重子さんについて一九八六年に交通事故で死亡としている。が、その事故後 に韓国人拉致被害者と結婚したとの情報がある。日韓両政府によって実現した劇的な対面が両国の拉致被害者を連れ戻す合同の運動になるのを願う。米国のオバマ大統領にも理解してもらう努力も必要だ。北朝鮮の弾道ミサイル発射準備は対面に向けた威嚇とも受け止められる。日韓双方が威嚇に屈せず、問題解決に協力してほしい。

◎新幹線負担問題 沿線県が足並み整える時
 北陸新幹線建設費の地元負担の在り方をめぐり、石川、富山県知事が県議会などで沿線 各県との連携を強調したのは当然のことである。各県とも景気悪化に伴う税収減で財政のやり繰りが厳しく、建設資材高騰に伴う増額分の負担などは避けたいのが共通の思いだが、それぞれの判断で、ばらばらに主張をぶつけるよりも、意思統一した方が国を動かす大きな力になる。

 政府、与党が新たに検討する追加経済対策では、整備新幹線の建設前倒しが検討課題と なり、JR東日本も北陸と北海道新幹線については、建設前倒しによる繰り上げ開業が可能との見方を示した。前倒しが具体化すれば、工事費の負担問題がさらに大きな論点になる可能性がある。いまは沿線自治体が足並みを整え、連携を強める時ではないか。

 新潟県は北陸新幹線の建設負担金問題に関連し、JRが国側に支払う施設貸付料(使用 料)の一部を地方に配分するよう国土交通省に新たに要望した。貸付料については未着工区間の新規財源に想定されているほか、既着工区間の地元増額分の負担軽減に充てる案もあり、現時点では流動的な要素をはらんでいる。泉田裕彦新潟県知事は工事費の建設資材高騰分についても、いち早く地元負担に難色を示し、ここにきて新潟の踏み込みぶりが目立つ。

 地元負担をできるだけ減らそうとするのは県として分からなくはないが、国と地方の負 担の仕組みが見直されるとしても、それは沿線全体に及ぶものであり、関係自治体が結束して取り組みたい課題である。

 北陸新幹線金沢開業へ向け、沿線都市のネットワークづくりが本格化してきた。並行在 来線の経営分離問題でも、石川、富山県が長野、新潟を加えた四県で国、JRとの協議の場を設置することで合意した。だが、肝心の建設促進で沿線自治体の温度差が表面化すれば、せっかく浮上してきた建設前倒し論議にもマイナスの影響を及ぼしかねない。各県が意思疎通を図り、国との負担の在り方も含めて知恵を出し合っていきたい。