20090312
■[雑文]伊豆半島に驚愕の「旅の駅」を見た
俺の仕事は小売業なので、接客商売全般に関して、やはり「経営者」の視線で見る習慣があるわけです。で、今回、伊豆に行ってきたなかで、なかなかおもしろげなものがあったので紹介しつつついでになんかゴタク述べる。
そもそもの目的は、伊豆シャボテン公園にカピバラを見に行くことだったのですけれど、その過程で、同じグループ経営の「旅の駅ぐらんぱるぽーと」というのに立ち寄ったわけです。旅の駅ってのがなんだかわかんなかったんですが、いちおー経済産業省認定とかなんとか書いてあったので、それなりの認可基準があるのかもしんないです。うろ覚えなんですが、道の駅には、確か24時間トイレと休憩室が利用可能で、駐車場が一定基準以上なきゃだめっていうのがあったと思うんですが、旅の駅のほうには、少なくとも営業時間の基準はないらしく、18時半くらいで営業終了みたいなことが書いてあった。なんで調べる手間かけようとしないかな俺は。
まあそれはいいです。つまりは、街道沿いにとつぜん出現する、こぎれいで巨大な休憩用施設、なんかおみやげとか売ってたりするよね系の施設と思っていただければそれでいいです。
で、ですね。俺の仕事は、上述したように小売業なので、まずもって批判的な視線でこうした施設を見ることが習慣となっています。批判的に見るというのは「どこがまずいのか、まずいとしたらそれはなにが理由なのか」ということであり、「どうあっても批判できない、感心するしかない」という点については、自分の仕事においても大いに参考になる可能性がある、ということでもあります。
つまりですね、ものすごくスレたいやな客ということです。ファミレスとかで便所きたねーと、ほかのレベルが高くても「なんだかなー」という気分になる人は多いと思うのですが、俺にとっては商業施設に入ったときに便所に入るのは、もはや習慣の一部です。便意の有無と関係ない。
こんなスレた客ですから、まあ、諸手を挙げて「すばらしー」とか感動するようなことはない。とはいえ、一般的なお客さんだって、商業施設でちょう感動したりすることってあまりないと思うんですよね。これはバイトの初日研修のときに必ずする質問なんですけど「いままで店を利用したなかで、すごいなーとか、気分よかったなーっていう経験、ある?」って聞くと、かなりの確率で「特にない」という返事が戻ってくるんですよね。
「じゃあさ」と、あらためて質問するわけです。「なんか、ムカついたとか、ヤな気分になった経験は?」と。
こっちは、ほぼなんらかの回答が返ってくる。そこでこう続けるわけです。「人っていうのは、そういうふうに、いやだった経験のほうが強く覚えてるものだ。人は、サービスっていうのは水みたいに無料のものだと思ってて、それを越えてよかったーとか思わせるのはすごい難しい。しかし君は、これから、その難しいことを技術として覚えて、金もらうんだよ」と。
話ちょっと逸れますけど、このへんのことを続けますと、俺はアルバイトレベルでは、本当の意味で「ほかならぬ当店でお買い上げいただく」ということに対する感謝の念というのは持てないと考えています。だから接客っつーのは技術だと。特にコンビニみたいに大量のお客さんをなんとか「さばく」という業種では、まず技術をもって客を処理し、そのなかで「ありがとう」と言ってもらえるなりなんなり、とにかく「きっかけ」をお客さんからもらって、それが嬉しかったらあとはてめーでもっと喜びを見つけろと。まあそんなふうなやりかたでやってきてます。
早い話が接客重視ではないんですね。明るく元気な声出して一生懸命やってればそれでいい。接客ってのは「対人間」のことですから、接待するほうに自覚がないと、ほんと伸びない。そこを無理して叩き込む手間をかけるくらいだったら、俺は売場の管理技術の向上を狙うわけです。
で、さて。ぐらんぱるぽーとだ。
広くてゴミひとつ落ちてない駐車場があって、平屋建てで横長に広がったまだきれいな建物がある。で、そこに、えーと……リンク先みたいな施設があります。説明すんのめんどくさくなった。
駐車場から建物本体を見てたんですけど、その外観が、すでに工夫の産物なんですね。まず、ぱっと見、どこにトイレがあるか一目瞭然なんですよ。つまり、こうした施設の第一の需要はトイレであることをよく知っている。さらには、トイレの壁面に書いてある、紳士淑女の記号っぽい絵なんですが、これが決まりきった例のやつじゃなく、慌ててたり、コケてたり、動きのバリエーションがあるものがいくつか描かれている。壁面を、ただの壁面のまま遊ばせておかない。
んで、トイレに行ってみます。
鬼美しい。
……昨今使われない強調表現をあえて使いたくなるくらいには、美しい。とうぜん目につきやすいところに「いつ清掃したか」というチェックシートみたいなのがあるんですが、これも項目が細かく、しかもすべてがきっちり埋めてある。もちろん、埋めてある店は多いんですが、線とかをガーッって引いて、いかにも「とりあえず埋めましたー」的な部分が皆無で、すべてを確認したうえでサインしてますよ、というような文字のバラつきがある。
まあ、そこまでならまだ、よくある。
トイレを出ると、少し離れた場所に足湯があります。足湯には海洋深層水を使っているらしい。で、ペーパータオルホルダーが設置されていて、さらにそばには犬専用の洗い場がある。この「ぐらんぱる」という業者には、系列にシャボテン公園と、ぐらんぱる公園というものがあるんですが、両方ともペットを連れて園内に入れるんです。で、その両方の公園からとてもアクセスしやすい位置に、このぐらんぱるぽーとという施設がある。説明するまでもないですね。遊んだあとは、車で長距離を移動する。その前に、かわいいワンちゃんのおみ足を洗ってドライブを快適にね☆ということです。ついでにいうと、シャボテン公園、ぐらんぱる公園ともに「園内を歩く施設」なんですよ。で、両方とも駐車場有料。駐車場が無料なのは、いちばん目につき、アクセスしやすい場所にあるぐらんぱるぽーとだけなんです。
ここで行きに足湯を見た人はどうするか。遊んで疲れて帰ってきて、運転するお父さんは足湯に、お母さんやお子さんたちはおみやげを買う。要するに「帰りにもう一回寄ってもらう」という動機づけになってるわけです。
ちなみに足湯に使われている海洋深層水に関する薀蓄が、みんなが利用するであろうペーパータオルホルダーのあたりにきっちり書いてあって、しかもこの肌当たりもやわらかな水は、ペットボトルで同施設の売店で買えることがわかります。
俺とうちの奥様は、この段階で「あれ、ここ、かなりのやり手じゃね?」という予感を抱いています。
つまり、表示されている情報量が多い。そして、それは無秩序に提示されているわけではなく、相互に必ず関連づけがなされている。ぜってー浪費させてやる、という強い信念がうかがえます。
さて、土産物が置いてある売店に入りました。
自動ドアが開いた瞬間「いらっしゃいませー! ただいま伊豆名物の昆布茶、試飲実施中ですー! ごりようごりよう!」との声かけ。もう、度肝抜かれますね。
この来店客への無差別な声かけというやつ。八百屋とか魚屋でもやってるクラシカルな手法ですが、財布のヒモが緩い観光客相手にこそ有効な手法であるにもかかわらず、なぜかやってないとこが多いんですね。ちなみにコンビニでも非常に有効で、俺のやってる店はレジ前の揚げ物の購入率が異常に高いことでわりと名を知られてるんですが、メインの手法はこの声かけに頼ってます。
実際には有効であるにもかかわらず、やっていない店が多い。なぜか。理由は簡単です。バイトの側のモチベーションが高くないと、強要できない手法だからです。なにしろ「ハズレ」が前提なんです。つまり、自分がやっていることへの報いが感じられない。そりゃやってるうちには飽きますよ。
売店の品揃えや陳列状態もいい。コンビニは商品の陳列、見せかたが客の単価を左右する生命線なんで、俺はこのへんには異常にうるさいです。ちなみにうちの奥様は、カップヌードルの陳列(縦に4個並んでる)のいちばん奥のぶんが1センチずれてただけで、バイトを呼びつけて、不思議そうな顔で「なんでこんなことできるの? 変わってるね君」と言い放った逸話の持ち主です。変わってるのはおまえのほうだどう考えても。
しかし、その奥様をして唸らせるくらいのスキのない陳列。さらにですね、売れ残りとおぼしき、やや色あせたみかんのぬいぐるみみたいなのが棚の片隅にいたんですが、ビニールの包装に、ほこりがまったくない。ほかの商品も確認してみましたが、棚を含めてほぼほこりのある場所はなかった。こうしたメンテナンスにかかる手間は膨大です。それを、日々やっている、ということです。いったい人件費どうしてるんだここ。
土産物としては、バウムクーヘンやロールケーキなど一般的なものなんですが、バウムクーヘンは土産物用と個食用、両方がきっちり品揃えされていて、ロールケーキは保冷材とワンセットでパッケージングされており、さらに目立つ場所に「保冷材とセットになっています。賞味期限は3日」と書かれており、購入客層が車であることをあらかじめ決め打ったうえでの訴求、そして車、長距離移動の観光客がいちばん気になるであろうとポイントを先に掲示してあるという徹底ぶり。
売場ではほかにも気づいたことはたくさんあるんですが、あまりに細かくなるため、割愛。
で、施設の奥のほうに観光案内所がある。
俺がいちばん驚いたのはここです。営利企業がやっている施設で、ここまで見る限りものすごく商売熱心です。それで観光案内所なんて、どんだけバイアスかかってんだか、と思うじゃないですか。
いやいやいや。とんでもない。
コーナーに入った瞬間、目に飛び込んでくるのは、ボードに美しく等間隔で設置されたパンフの山、山、山。壁面二つに穴あきパンチの鉄製ボードがあって、そこにぎっしりとパンフがあるんですよ。しかもパンフのひとつひとつには「とまる」「あそぶ」「かう」などのシールがついて、一目でその施設の特徴がわかるようになっている。「本日定休日です」という札までかかってる。小さな観光施設なら臨時休業も多いでしょう。そうしたものも把握して、札に反映させるまでのシステム構築の手間たるや。
まずパンフを見た人が思うことは「伊豆にはこんなに観光施設があったのか」ということですわね。まちがいないっす。俺がそう思ったもの。批判的な視線とか忘れてて呆然とした。「とんでもねー」と思った。
つまり、この観光案内所を作った人はこう思ってたに違いないんですね。「ここは本当に観光案内所だ。伊豆の観光情報を知りたければここを拠点にしてくれ」。
そのパンフの山を見た人が、もしもう一度伊豆に来たとします。もし大した計画がなかったとしたら、きっとここのことを思い出しますよ。「あそこに行けば、まあなんとかなるだろ」。最大限に顧客至上主義を貫ぬけば、そのはてには自分のところの利益がある。そう思ってるとしか思えないし、それは事実そうでしょう。
ちょうど俺らの前に宿を探してるっぽい人がいたんですけど、係のおばちゃんは、系列のホテルを勧めるでもない。予算と、チェックイン、チェックアウトの時間を聞いたうえで、親身になって一緒に探している。ほんとに、観光案内所のとしての使命をまっとうしようとしているわけです。
それだけじゃないです。このパンフの山ではいかにも情報量が多すぎる。そんな人のために、コーナーのまんなかには木製のテーブルがあって、その上には目的別のおすすめ観光ルートをまとめた「アルバム」がある。めくっていくと、手書きで細かく書かれた説明がちょうど一区切りついたところに、ポケットを作ってあって、そこに該当施設のパンフが挟んである……。ネットで情報を得られるようにPCもあるのですけれど、その横にはペン立てとメモ用紙。
もう、よくわかってる、としか言いようがない。
情報というのは、単体では情報以外のものではないんです。それを客の要望にあわせて再構成し、有機的に組み立てる、つまり編集し、参照しやすいようにしてやる。はてなでID持ってて、いまこのテキストを読んでるような人は、たとえば文中に意味わかんない単語や固有名詞が登場したら、ぐぐるなりなんなりして、自分なりのイメージを持ってからふたたび文章に当たろうとするでしょう。
でも、一般の人はそうではない。
伊豆半島は観光地です。そして観光施設は多い。しかし時間は有限で、客は効率よく時間を活用しようとします。予備知識がない状態で大量の情報を与えられたところで、せいぜい「かかる時間」くらいしか判断材料がない。「だから」より詳しい人が体系的な知識を与えてやる。これはなにも観光情報だけではない。土産物だって商品じたいが持っている訴求力だけに頼っていることはないんです。たとえばそこに店員の「私も食べたけど、おいしいですよ」の一言が、あるいは「売れてますよ」の一言があれば。おいしい牛乳が名物ならば、その牛乳を使用したおいしいロールケーキということであれば、訴求力の段階は一つ上がる。
リンクなんです。客の目的と需要を深読みしたうえでの、情報のリンク。
そんでそれが「お客さんの役に立ちたい」という思想から、おそらくはできている。ここに俺は驚いた。「挽きたてのおいしいコーヒーあります」ああ、どこにでもありますよね。「高原のおいしい牛乳で作ったソフトクリームあります」ああ、それもまあ、よく見かけますよね。「秘伝のサボテンエキスを使った健康ジュース」あー、まあ系列がシャボテン公園なんだからね。
ひとつひとつの要素は小さくても、すべてのものについて、丁寧におすすめしていき、それらがトータルとして力を持ったときに客が感じる印象はなにか。
「へー、ここ、なんかいいね」
それは接客だけではない、商品力だけでもない、施設が持つハードの力だけでもない。それらがすべて「客を喜ばせる」という目的において有機的に結実したときに、最大の力を持つわけです。
商業施設で「すげえ」と思わされたのはほんとにひさしぶりでした。すごかった。
もっとも、本当に難しいのは、こうした環境を作るだけの教育をどうやって従業員に施すか、というところにあるんですけどね。我々はすでに、たとえばディズニーリゾートの「客はゲスト、従業員はキャスト」方式の教育や、あるいはマックの徹底したマニュアル教育とランク制、モチベーションを上げるためにはプライベートへの介入も辞さない親切さ(いまはもう、そのへんやってないみたいですけどね)なんかを知っています。レインズ・インターナショナルの「クレーム撲滅」方式もあるでしょう。
てもねー、たぶん重要なの、方法じゃないと思うのね。
俺、この「ぐらんぱるぽーと」を動かしてる原動力がなんなのか、ずっと車のなかで考えてた。で、これは憶測。あくまで憶測。これ、どこかにきっと「無私の人」がいると思うのね。その無私の人の原動力は「伊豆を再生したい」だと思うの。伊豆に観光客を呼ぼう、魅力的な場所にしよう。そして、そうした無私の人の努力のあとに、人ってようやくついてくる。つまんない話なんだけど、そういう結論にしか、ならなかった。
まあ、そんな感じ。ほんとはもっといろいろ書きたいことがあったんだけど、時間切れ。あと、静岡って小売の形態としておもしろい店が多いね。郊外型店舗の先端走ってるっていうか。今回見かけたなかでは、「お宝中古市場」の業態としてのとんがりっぷりがおもしろかったです。
カピバラは見れました。温泉入ってました。南米大陸では、げっ歯目はなぜあそこまで自由になってしまったのか、前から謎です……。