アブノーマライゼーションへの道(by こうもり)

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help リーダーに追加 RSS 【第2空間】ルソーの教育論J 誰が教育の対象なのか?

<<   作成日時 : 2007/12/30 10:35   >>

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(2ヶ月ぐらい更新が滞っていたんですね。反省。今年最後のブログ更新です)

以前にも述べたように現代民主主義教育の理念は全ての子どもの教育への参加である。性別,人種,経済状態,障害の有無に関係なく、全ての子どもが教育に参加できるようになること。これが子どもの権利条約,障害者のための権利条約が提示する理念であった。しかし、全国的な貧困の解決ができない国ではこの理念を実現するのはなかなか難しい。そこで、できるだけ安価でより多くの子どもが教育に参加できる公教育の必要性が叫ばれるのであった。(アマルティア・センの議論参照)

では、ルソーはこの点に関して何と言っていたのだろうか?後世『エミール』が民主主義教育の原典とされ、ペスタロッチ,モンティーニュ,セガンのように障害児教育の祖たちに大きな影響を与えた以上、後の民主主義教育につながるような発言が見られるのではないか。そういった期待はルソーによって見事に裏切られることになる。

「貧乏人は教育する必要はない。その状態からうける教育は強制的なもので、他の教育を受けることができない」

。。。いちおう誤解がないように言っておくと、ルソーは「貧乏人を教育しても無駄だ」とか「貧乏人に教育を受ける権利はない」と主張している訳ではない。ルソーの教育批判が都市部の主に富裕層の教育に向けられていたことを思い出しておく必要がある。彼は都市部の教育が自然の教育からあまりにもかけ離れた人を堕落させる教育だと考えた。そして、子どもたちをより自然に近い農村部で家族から引き離して教育することを主張していた。従って、そもそも農村部に住んでいる貧困層は既に自然の教育の恩恵を受けているのだから、あまり教育を行う必要がないと判断していたのである。従って、彼は都市部の富裕層によって堕落させられた子弟に対する個別の配慮として私教育を考えていたのであり、「全ての子どもに教育を」といった観点は一切持ち合わせていない。

しかし、このことがルソーの私教育論から教育へのアクセシビリティーという観点を一切奪い去ってしまったのである。

次に障害児教育に関する議論に目を向けてみよう。

「あらかじめ結ばれるこの契約は順調な出産,強壮で健康でよくできた子どもを想定している。(中略)病弱な生徒を預かる人は先生の職務を看護人の職務に変えてしまう。そういう人は生命の価値を増すためにもちいるべき時間を無駄にして、なんの役にも立たない生命を守る。」

「その子が80歳まで生きるとしても、わたしは病弱な子はひきうけないつもりだ。いつまでも自分にとっても他人にとっても役に立たず、自分の体を守ることばかり考えていて、体が魂の教育を妨げる、そういう生徒はごめんだ。そういう生徒にむだな心づかいをそそいだところでどうにもならない。社会の損失を二倍にし、1人ですむところを、2人の人間を奪いさるだけではないか。」

こうしてみると、やはりルソーは障害児を教育を受ける対象とは見なしていないことが分かる。
これらの引用文を見ていると、障害児の生命権までは否定していないが、障害,疾患を持つ子どもを教育不能と見なしていたことは明らかである。なぜ、モンティーニュ,セガンのような
障害児教育の祖たちがルソーの影響を受けて、障害児教育を創始したのか分かりにくい部分でもある。皮肉な話だが、ある意味では障害児教育は『エミール』の誤読から開始されたと言ってもいいのではないだろうか?

以上のことから、ルソー教育論がその教育対象を極めて狭く限定しており、「全ての子どもに教育を」という観点を持たないことが明らかになった。しかし、一つだけ疑問が残る。もし、「全ての子どもに教育を」という理念がルソーを源流としていないのであれば、、それは一体どの時期に誰によって提唱されたものだったのだろうか?この謎を解くためには、フランス革命の時代に下って考えなければならないだろう。次回は寄り道をして、この理念の源流を探索してみることにしよう。

(次回、「民主主義的公教育論への道」。それではみなさん、よいお年を)










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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
いつも、blog拝見してます。しかし、低機能ちゃんのわたくしには、難解すぎて、いつも見てるだけですが、忙しい日々をおくってらっしゃる貴殿が、来年は、ゆったりした日々をすごせるよう、 田舎よりお祈りしています。よいお年を。o(^-^)o
アスラ@携帯
2007/12/30 20:47
どうも返事が遅れてすみませんです。やっと全ての用事が終わったこうもりです。

どうもひねくれ難解文章でしーません。時々、関係者から「分かりやすい文章書いてよ」と言われるのがしゃくで、このブログではひたすら自分流を押し通して書いています。でも、確かに困る人もいるよね。

まあ、今年もよろしくお願いしもうす。

こうもり
2008/01/01 00:07
ルソーが障がい児教育を軽視したのは、よくわかった。ルソーが、富裕層から落ちこぼれた人を救済する教育に熱心なのはよくわかった。
ぶじこれきにん
2008/01/15 18:53
ぶじこれきにんさん

連絡遅れて失礼しました。ルソーの教育観、確かに特異です。これが民主主義の教科書とは。。。
こうもり
2008/01/17 08:53
こうもり氏今年の最初のブログはいつやりますか???年度末塾の仕事も多忙でそういう余裕がないから更新遅れているんですか?????
ぶじこれきにん
2008/01/23 17:01
はえ。2月になれば週休二日制になるので、もう少しペースを上げられるかもです。
こうもり
2008/01/24 14:04
お久しぶりです。この2月から私もブログを始めました。
早くもお弁当ブログと化しています。スローランナーの日常を書こうと思ったのに…

遅まきながらこちらで紹介されていたメルアドに連絡を取り、こうもり様の知り合いの方からmixiの招待状が届きましたが、携帯電話のない私はまだ入会手続きを出来ずにいます。何で携帯メール必須なんでしょうか?どう考えても携帯の月々の利用料が払えそうにありません。障害者割引を使ってもきついです。まだ生活保護も年金もどうなるか未定なので。
南部哲人
2008/02/07 06:13
本の出版以来こうもり様は多忙のためブログのネタ仕入れの時間がないとお見受けしました。
新たな記事を楽しみに首を長くして待っております。
南部哲人
2008/02/07 06:20
裏・発達障害世界の管理人でございます。

▼南部哲人様

携帯メールがないために手続きができないとのこと。
ちょっとMIXIに問い合わせてまいりますので、
お待ちください。
悪い魔女
2008/02/07 14:41
南部哲人さん

こうもりです。ご心配おかけしております。
今年の夏ごろ、塾の仕事だけでは食っていけなくなり、やむを得ず、午前中に禁断の仕事である障害者支援に関わりはじめました。で、わりかし福祉業界の中では条件のいい仕事には恵まれたのですが、1日の労働時間が見事に倍増。一時期思考回路が停止しました。まあ、2月から何とか週休2日制にできたので、ぼちぼちブログの更新をはじめていきたいと思います。

MIXIの件についてはおいらからも「携帯を持っていない人はどうすればいいのか」という問い合わせと「携帯を持たない人あるいは使えない人が参加できる仕組みを作り出すべきだ」と意見を事務局に出しておきました。

ではでは



こうもり
2008/02/07 21:55
そういう事情ですか・・・・福祉の仕事で当事者であるこうもり氏は頼りにされて、残業込みで労働時間が増えてブログ更新の時間すらない多忙ぶり。それで2月になれば週休2日でブログ更新できますという返事だったんです。現実の仕事は福祉の仕事を含めてスローランナーに厳しいですよね。
 健康に気をつけてください。
ぶじこれきにん
2008/02/12 18:32
こうもりさん。

パソコンが壊れてしまいまして、メールアドレスもありとあらゆる
データがなくなってしまいました。捨てメアドがなくなったので
個人メールに連絡ください。お願いします。
マキナ
2008/03/03 14:09
マキナさん

了解しました。先ほど、連絡を入れております。ではでは
こうもり
2008/03/04 05:09

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