「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』Part3

さらに、「UFJ危機」問題を複雑にしているのは、金融庁に「UFJの倉庫に隠蔽資料がある」と伝えた「内部告発者」の存在である。金融庁が、正確な内部情報に基づいて、ピンポイントで資料を「押収」したのは先に触れた通り。つまり、UFJ内部にこそ、この危機騒動の引き金を引いた人物がいることになる。

UFJ銀行は、その前身である旧三和銀行時代から熾烈な派閥争いを繰り返す銀行として知られていた。特に、バブル後の渡辺滉会長と佐伯尚孝頭取の確執は有名で、人事や株主総会の時期になると、決まって相手を攻撃する怪文書が乱れ飛んだ。この両者が揃って退任する相打ち人事の後、今度は、室町鐘緒頭取の下で、望月高世専務と杉山淳二常務とのバトルが激化するというありさまだった。

「UFJ発足の時、、望月、杉山のいずれかがトップに立つべきだった。ところが望月が体調を崩して退任し、派閥抗争の一方を残すわけにいかずに杉山もアプラス(系列の信販会社)の社長に追いやられた。MOFに強い望月と、企画に強い杉山が抱き合い心中で、椅子の方から勝手にやってきて頭取についたのが、今の寺西正司なんです。彼は、MOF担も経験してないし企画にも疎い。現場に判断を任せるしかないが、肝心のMOF担も適任者がいないので、手も足も出ない」(全国紙・金融庁担当デスク)

ある金融関係者は「UFJ銀行は韓国政府のようだ」と表現する。政権が変わるたびに、旧政権の権力者を根絶やしにすることで勢力基盤を築くところが、韓国の政権交代とそっくりだという。しかし、こんなことを繰り返していては、当然のように組織が疲弊する。

複数の関係者の証言によると、現在のUFJ内部にも、新たな派閥が生まれているという。寺西頭取を筆頭に、川西孝雄専務-中村正人常務のラインが「頭取派」。一方、岡崎和美副頭取の下に、早川潜常務-松本靖彦執行役員-稲葉誠之執行役員のラインが「副頭取派」と呼ばれる。次期頭取の有力候補は川西専務だが、岡崎ラインが巻き返しを狙って内部告発をしたとは考えられない。金融庁との交渉を担当する審査部門は、岡崎ラインの早川、稲葉の両執行役員が責任者である。返り血が大きすぎる。

そこで注目されているのが、頭取派にも、副頭取派にも属さない「第三の勢力」の存在である。UFJ内部では、旧東海銀行出身の行員たちが、不確定な浮動票を組織しているというのだ。

「合併直後から、旧三和銀行が『緑化推進委員会』なる運動を始めて、旧東海の幹部たちを放逐して、三和の企業カラーの『緑』にUFJを染めようとしていました。実際、持ち株会社のUFJホールディングスの杉原武社長を除いて、実力者は子会社や融資先に転籍させられてしまった。残る旧東海の幹部からは、『再分割してトヨタに買って欲しい』という声がでるほどです」(金融担当記者)

さらに、若手行員の一部からは、まったく派閥に属さない執行役員を推す声も出始めているという。

こうした複雑極まりないパワーパランスが内在するUFJ銀行から、金融庁に「内部告発」をしたグループは、どの勢力なのか。ある証券アナリストは、「内部告発をした人間は、金融庁とUFJとの間の『デッドライン』を知悉していた」と指摘する。

「金融庁の事務指針に『三割ルール』という規則がある。これは、公的資金を受けた金融機関が掲げた健全化計画の達成が三割未満になった場合、業務改善命令を発動できるというもの。三割未達が続くと、経営陣の交代や政府保有の優先株の普通株への転換(事実上の国有化)をするという厳しい内容です。昨年三月期で赤字だったUFJは、すでに一回目の業務改善命令を受けている。今年三月期で、再び利益計画などが未達になると、二度目の業務改善命令となり、経営陣の交代は免れません」

つまり、現経営陣を追い詰めるための内部告発である可能性が高いというのだ。

内部告発の背景を考えると、金融庁は、UFJの内部抗争に利用された形になる。しかし、多くの関係者は、金融庁には個人のぶつかり合いを超えた「何らかの意図」があるという見方をしている。そのキーマンとなるのが、監督局長の五味廣文である。東大法学部卒業で、大蔵省で主計畑のエリートコースを歩んできた五味は、金融監督庁(金融庁の前身)発足と同時に検査部長に就任。〇一年七月に、検査局長に就任し、現場の検査官の信頼も厚い。「五味一派」といわれる、先の目黒謙一検査官や河村健三統括検査官の検査は、いっそう厳しくなった。

「大蔵省から金融庁に転籍させられた職員の中には、『大蔵省時代に戻りたい』という気持ちが強い人が多い。ところが五味さんには、『俺は金融監督庁の一期生だ』という誇りがある。検査原理主義の方針は、目黒さんではなく、むしろ五味さんの意向が働いていると考えるべきです。監督局長になった今でも、五味さんが検査の方針を決定していると言ってもいい」(全国紙・金融担当記者)


初出:「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』2004年4月号

「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』Part2

十月二十七日、前代未聞の暗闘を繰り広げた「金融庁vsUFJ」の対決は、検査結果の最終報告をもって終了した。翌日、UFJ銀行は、他行から一ヶ月遅れの九月決算の上方修正を発表して、「秋の陣」は幕を下ろした。しかし金融庁内部には、ここで幕引きをしたくない勢力がいた・・・。

実は、昨年秋の両者の対立について、その詳しい内容は隠されていた。隠すというより、そもそも検査の内容が外部に漏れることなど、あり得ない。ところが、一月二十四日の日経スクープ以降、検査の日程などを記した二枚の「メモ」が出回り始める。

メモによると、十月九日に実地調査部隊が「隠蔽されていた資料」の場所を特定したのは、UFJ内部からの告発が発端だという。さらに、「D社についてのうわさ」などの一文を添えて、ことさらにダイエーの存在を匂わせたり、「検査を免れるため、組織的、意図的に資料の隠匿、改ざん等を行ったことが強く疑われる」「銀行法における検査忌避に該当するか否か」「組織性(特に役員の関与)の有無」と、それらしい文言が盛り込まれている。もっとも、この文書にはUFJがどんな資料を「隠蔽」していたのかは、記されていない。まして、作成者不明の箇条書きでしかなく、冷静に見れば単なる怪文書である。

しかし、メモには、当事者しか知りえない情報が記述されている。UFJが弁護士と会計士の同席を求めたことや、その日付などは事実と一致する。この文書が金融庁周辺から出たメモとすれば、「この問題は終わってない」という、金融当局の意思表示と読み取ることも出来る。

銀行法六十三条には、「金融検査において銀行の業務又は財産の状況に関する虚偽の報告もしくは資料の提出をした者は、法人は二億円以下の罰金、個人は一年以下の懲役刑か三百万円以下の罰金」と定められている。九九年には、組織的な検査忌避をしたとして、クレディ・スイス東京支店の銀行免許が取り消され、支店長が逮捕された。金融庁が、UFJによる組織的な検査忌避を疑っているのなら、事態は深刻である。

そのうえ、金融庁はUFJによる検査忌避疑惑をまったく否定しないのだ。

日経スクープを後追いした他紙は、金融庁幹部の「ノーコメント」を「検査忌避の疑いがある」と解釈した。高木祥吉・金融庁長官も、竹中大臣も、記者会見や国会答弁で、「個別の金融機関についてコメントはしない」という姿勢である。しかし、昨年十二月に「佐賀銀行の倒産」というデマメールで預金解約者が殺到した事件では、竹中大臣は「悪質な電子メール記載のような事実は全くないこと、経営内容、健全性、資金繰りはいずれも問題ない」と、言下に否定コメントを発表している。UFJの株価が急落して信用不安が発生しているにも関わらず、大臣がコメントを控えれば、逆に「二枚のメモの内容は事実である」と理解するほうが筋が通ってくる。

さらに金融庁幹部は、新聞記者へのオフレコ取材では、UFJ銀行や担当者を名指しで批判しているという。そのターゲットは、目黒検査官と対立した早川常務執行役員である。

「金融庁幹部は、早川氏を『けしからん奴だ』と悪し様に言います。しかし、これは早川氏に検査忌避の疑いがあるというレベルではなく、むしろ『早川はタフな交渉相手でやりにくい』という意味だと思います」(前出・全国紙の金融担当デスク)

実は、早川常務と金融庁とは、旧三和銀行、旧大蔵省時代からの深い因縁がある。早川氏は、三和銀行時代には「やり手のMOF(大蔵省)担」として知られる。ところが、九八年の「大蔵省接待スキャンダル」の捜査で、最初に検察の捜査で〝オチ〟てしまい、事実関係を洗いざらい話してしまったのが、早川氏だと旧大蔵省関係者の間では信じられている。現在の佐藤隆文検査局長は、接待汚職当時は大蔵省銀行局総務課長で、批判の矢面に立たされていた。UFJに対する厳しい検査の背景に、「江戸の敵を長崎で討つ」という発想があるとしたら、逆恨みも甚だしいだろう。

一方、UFJ側も金融庁の検査官の神経を逆撫でするような行為を繰り返してきた。中間報告で弁護士、会計士を同席させるのは、喧嘩腰ととられても仕方がない。他のメガバンクの審査担当者は、こう証言する。

「金融庁の検査で、何もかも最初からさらけ出す必要はありません。検査といっても銀行の死活問題を決する交渉ですし、検査官より銀行のほうが情報や知識では優る。しかし、必要最低限の資料を提供しても、検査官のプライドを傷つけないようにするのは、権力者を相手にした交渉の鉄則です。検査官の中には、週刊誌や経済誌の記事をコピーしてきて、『この記事に書いてある融資の資料を出せ』とか妙なことを言い出す人もいます。しかし、『泣く子と地頭には勝てぬ』で、そこで腹を立てても意味が無い。UFJが正論を主張して検査官の感情を害したのは、お粗末な対応としか言いようがありません」

メモの流出の背景に、両者の感情的な対立があったのは間違いない。


初出:「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』2004年4月号

「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』 Part1


一月二十四日未明。UFJ銀行の中村正人常務執行役員は、新聞記者からの一本の電話で叩き起こされた。

電話は、「日本経済新聞」朝刊一面に、『金融庁、UFJ調査へ 貸出先査定 内部資料を精査』というスクープ記事が掲載されると告げるものだった。既にこの段階で記事を止めることも内容を変えることも不可能である。日経記者からの電話は、企画担当役員である中村常務へ、新聞が配達される前の「事前通告」に過ぎないものだった。

二十四日に日経朝刊が出ると、他の新聞各紙も、記事の事実確認に動き出す。UFJ側は、「検査結果は昨年九月決算に反映済みで、過去の話だ」と、必死の火消しに回ったが、同じ日の夕刊には、『UFJ銀行に異例の検査』という見出しが並ぶ事態になった。

一日にして日本列島を駆け巡った「危機報道」によって、UFJ銀行は、週明けの米欧での永久劣後債発行の説明会をキャンセルし、起債そのものも延期に追い込まれる。不良債権処理と将来の税効果会計導入を見越した資本政策もご破算になってしまった。

「昨年秋の特別検査では、他のメガバンクが一ヶ月で検査を終えているのに、UFJだけは、二ヶ月近くかかって十月末まで金融庁と揉めていた。大口融資先の査定を巡って意見が食い違っていたのは分かっていたが、まさかここまで両者の関係が悪化しているとは思わなかった・・・」(全国紙・金融担当デスク)

日経のスクープに端を発した「危機報道」では、日々、様々な憶測や陰謀説が乱れ飛んだ。しかし、昨年秋の特別検査で、UFJ銀行の担当者と金融庁の検査官との間で、抜き差しならない「感情的な対立」が生じていたのは事実である。もっとも、その対立は、「金融庁vs銀行」という単純な図式では語れない。竹中平蔵金融担当大臣のプライドや金融庁幹部の禍根に、政治の思惑が重なり合い、さらにUFJ銀行内部の派閥抗争までが複雑に絡み合った結果のように思える。

その姿は、〝経済再生を主導する金融行政〟〝日本の動脈を支えるメガバンク〟といったイメージとは程遠い、「シナリオの無い暗闘」だった・・・。

   ■      ■

UFJ銀行は、〇二年一月に都市銀行の三和銀行と東海銀行が合併して誕生した、四大メガバンクの中で唯一の非財閥系銀行である。しかし、合併当初から、ゼネコン、流通、商社などに巨額の融資残を抱え、リストラと不良債権処理ばかりが話題になっていた。現在は総資産約七十兆円、従業員約一万八千人だが、メガバンクの中では、「虚弱体質の末っ子」という位置づけである。

昨年十月九日、金融庁の「実地調査部隊」は、何の前触れもなくUFJ銀行本店にやってきた。三時過ぎに現れた通称〝ジッチョー部隊〟は、本店審査第五部のキャビネットをはじめ、十五階、三階、地下四階の倉庫など、具体的な場所を「指定」して次々と調査を始めた。そして、段ボール箱にして百五十箱分の資料を、資料調査用に借りた本店九階の会議室へと「押収」していく。それは地検特捜部の強制捜査を思わせるほどだったという。

昨年秋の特別検査を仕切っていたのが目黒謙一統括検査官である。目黒は、高校卒業後、一貫して検査畑を歩んだ検査のプロで、銀行の審査部からは、「鬼の目黒」「検査原理主義者」と恐れられている。その名前は、〇一年三月に、東京三菱銀行の資産査定を厳格化させて、四兆円を超える不良債権を計上させた「東京三菱ショック」で知れ渡る。一昨年には、みずほフィナンシャルグループの検査を担当し、引当金の積み増しによって二兆四千億円の最終赤字に追い込むなど、数々の「勲章」を持っている。

こうした戦歴を誇る目黒を、多くのメディアは、「凄腕の切れ者」と書き立てているが、ある銀行の担当者はまったく別の見方をする。

「東北出身らしく朴訥で、喋り方も行動もゆったりした方です。ただ、自分の査定については頑として譲らない。粘り強いというより意固地といった方が当たっている。とにかく、何でも厳しく査定することが信条で、話し合いや駆け引きが通じない。論理的に反論しても通じないので、銀行側は諦めるしかない。少なくとも目黒さんには、適当なところで妥協しようとか、折り合おうという考え方が皆無なんです。単に、資産査定で、要監理先債権から破綻懸念先に蹴落とすことだけを目的にしているとしか思えません」

こうした悲鳴に近い声があがるのも、ここ数年、かつての護送船団行政の時代とは異なり、銀行と金融庁の関係が変化したからだ。通常検査で支店を訪れた検査補佐官が、非協力的な支店幹部に「シャッターを下ろして検査する権限もあるんだ」と恫喝する。パソコンを勝手に操作してメールをプリントアウトし、「何を見たんですか?」と聞いた途端、「じゃ、いらない」と言って、印刷したメールを見せずにシュレッダーにかける。文房具も全て金融庁から持参して、資料のコピーは一部だけ。もちろん、両者が会食するなどは皆無で、その日の検査が終わると、さっさと金融庁へ地下鉄で戻っていく・・・。

六年前の「大蔵省接待汚職」後の粛清で、腹を割った意見交換すら出来ずに溝が深まる中、昨年九月に送り込まれた目黒とUFJが真っ向から対立するのは、いわば当然の成り行きだった。

「目黒氏は、四千二百億円の融資残があるダイエーに最初から狙いを定めていたようです。もしダイエーの債務者区分を要監理先から破綻懸念先に落とせば、UFJは一千億円近い引当金の上乗せが必要になる。すでに一昨年の検査で、みずほはダイエーへの引当金を増額しているので、他行への影響も軽微です。しかし仮に、ダイエーへの引当が一千億円増えれば、UFJの自己資本比率はBIS基準の八パーセント割れ寸前に追い込まれてしまう」(金融担当記者)

そんな目黒の前に立ちはだかったのが、UFJ銀行でダイエーを始めとした大口融資先を担当する審査第六部の早川潜・常務執行役員だった。UFJにとって、ここで目黒に妥協すれば、他の大口融資先の査定で土俵際に追い込まれる。日商岩井、日本信販、ミサワホーム、大京、藤和不動産などの債務者区分の査定で一歩も引けなくなる。もはやギリギリの交渉である。

「銀行法にのっとって査定してるのか」「金融検査マニュアル通りにやるのか、それとも他に基準があるのか」

互いの主張が平行線を辿る中、先の「実地調査部隊」によるガサ入れが行われた。そして、〝売られた喧嘩は買う〟とばかりに、UFJ側は、十月十六日の特別検査の中間報告の席上に、録音、弁護士と会計士の同席を要求する。金融庁側は、録音は拒否したが、弁護士と会計士の同席を受け入れた。


初出:「頭取の首」竹中vs.UFJ攻防戦『文藝春秋』2004年4月号

J-cast問題

J-castニュースに関わる件についてブログに掲載していたが、弁護士から裁判等への影響を考えて現時点では控えるべきとのアドバイスがあったので、一旦削除した。

金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』Part3

川端の「行方不明」が話題になり始めた頃、モルガン・スタンレーが、日本のメガバンクに支援を求めていた。みずほには、モルスタのジョン・マックCEOからみずほコーポレート銀行の齋藤宏頭取に直接依頼があったと言われる。

「齋藤頭取、佐藤康博副頭取、高橋秀行執行役の旧興銀出身者が、モルスタへの出資に前向きだった。しかし、1月のメリルへの1000億円の出資で評価損を出したことに加え、齋藤頭取の『路上キス』が写真誌に出た問題などで旧興銀系の発言力が低下していたこともあって、旧富士銀系役員の反対で、出資が見送られた」(みずほ関係者)

一方、三菱UFJフィナンシャル・グループには、モルガン・スタンレー・ジャパンから「融資枠」が欲しいという申し入れがあった。複数の関係者によると、仲介役は、モルスタ日本法人の結城公平副会長と見られる。

「結城さんは三菱銀行の出身で、GSの持田昌典社長ほどの派手さはないが、多くのディールを手掛けたトップバンカーです。2001年のアイフルのライフ買収では日本初の事業の証券化を成功させた。もっとも、このディールでは100億円以上も儲けて、アイフルの福田佳孝社長を憤慨させたという逸話もあります」(モルスタ元幹部)

9月19日に申し入れがあり、その後、一週間足らずのデューディリジェンス(資産査定)で三菱UFJは9000億円もの出資を決めた。しかし、この拙速な決定が、混乱を招く。その後、モルスタの株価が急落して、「三菱UFJは出資を見送り、モルスタが破綻する」という観測が流れる。

ところが、世界中の投資家が「世界恐慌」に怯え、日経平均が、8000円台前半に突入した時、この「恐慌」をネタに、日米の巨大金融機関の「チキンレース」が行われていた。

三菱東京UFJ銀行の畔柳信雄会長と永易克典頭取は、10月9日からワシントンのIMF・世界銀行総会に出席する傍ら、世界中の株価が暴落するのを横目に、モルスタとの条件交渉を指揮していた。

「ここで、三菱UFJが手を引けばモルスタは破綻です。米政府が何もしなければ世界恐慌もある。結果的には、全てを優先株に変え、G7の行動計画の『重要な金融機関を破綻させない』という一文で言質を取り、『公的資金が注入されても議決権を持たない』など、完全に三菱UFJに平伏した格好になった」(外資系投資銀行幹部)

さらに、この出資には年利10%の優先配当権までついている。

「2002年に、GSが三井住友銀行に1500億円を出資する際、ヘンリー・ポールソンCEOと竹中平蔵経済財政担当大臣が会って、『三井住友は潰さない』という言質をとったと言われましたが、三菱UFJは同じことをやった」(外資系投資銀行幹部)

しかし、三菱UFJとモルスタとの戦略的な提携は、「失敗が目に見えている」という声が多い。

「三菱はインターナルポリティック(社内政治)に全身全霊をかけて、それが仕事だと思ってる。モルスタの人間は、収益至上主義でビジネスに時間を使いたいと思っている。『なんで組織作りを議論するんだ』となるでしょう。ワスプが支配するスノッブなモルスタの人間は言うことを聞かない」(三菱銀行OB)

三菱UFJ証券とモルスタ日本法人が統合してもシナジーは少ない。

「過去の実績から、モルスタの結城さんと三菱UFJ証券の中村昌義常務が共同CEOになるはず。しかし中村さんは、モルスタ内での出世争いに負けて二年前に三菱に転職した人。結城さんは、実の弟(結城太平)が三菱UFJ信託銀行の常務で、過去に手掛けたディールも、旧三菱銀行の転換社債や、東京銀行と三菱銀行の合併のアドバイザー、東京三菱の増資の主幹事など〝三菱ディール〟ばかりです」(モルスタ元幹部)

さらにモルスタは「火種」を抱えている。

「これまで日本のモルスタは不動産投資で儲けてきた。しかし、昨年4月に総額2813億円で13の全日空ホテルを買収したものの、その後の不動産の下落で数百億円目減りしていると言われています。また、銀行持ち株会社に変わったため、銀行法上、今までの不動産ビジネスは難しくなる。そもそも投資銀行というビジネスが縮小しているのに、三菱UFJは夢でも見てるのか・・・」(外資系投資銀行幹部)

この言葉通り、「巨大投資銀行」というビジネスモデルの破綻こそが、金融恐慌の本質だ。かつて日本で猛威をふるった外資系投資銀行、投資ファンドも失敗が顕在化している。

「米系投資ファンドのリップルウッドの投資先で、適正に経営再建が完了した企業はゼロに等しい。GSは、3年前に中堅ゼネコンのフジタに出資した。ところが、持田社長の〝腰巾着〟で、バンカー経験のない広報担当のマネージングディレクターの村山利栄を取締役に就けた。当然、フジタの経営は一向に改善せず、TOBで上場廃止せざるを得なくなった」(GSのOB)

投資銀行や商業銀行のバンカーからは、事業会社の経営を見通す力も、再建する力も失われている。そして、投資家に自己責任、融資先に個人保証を強いながら、自らが経営危機に陥ると、マーケットを人質に、当然のように公的資金という身代金を要求する。

資本市場を金融機関による支配から取り戻さない限り、バンカーの暴走に投資家や事業会社は泣かされ続けるだろう。


初出:金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』2008年10月31日号


金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名 『週刊朝日』Part1
金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』Part2
金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』Part3


追記:
2008年11月11日、BNPパリバの外部検討委員会が〝アーバンコーポ問題〟について最終答申を出した。公表された概要は以下のように厳しい内容だった。

「アーバン社は当初はスワップ部分を開示する意向を示していましたが、最終的には「非開示」とする姿勢に転じています。その経緯は明らかではありませんが、アーバン社の開示姿勢を察したBNPP 東京支店が非開示とするよう働きかけたことも一因となっていることが十分に推測されます。当委員会は、不適切な開示をアーバン社に働きかけたBNPP 東京支店の行為は顧客であるアーバン社への背信ともいうべく、一般投資家および市場を軽視した、極めて不適切な行為であったと判断しました。この点に関する担当幹部、経営幹部らの責任は免れないものと考えます」

「当該情報を知りながらヘッジ取引を行なっていたBNPP 東京支店の行為は、インサイダー取引に該当する可能性は否定できないと考えております。しかしながら、本件ヘッジ取引は、スワップ契約に基づいて機械的に行なわれていたものであり、実質的にみると法が本来予定している行為形態とは異なっている面があること、また、インサイダー取引の該当性については、当委員会は判断する立場にはないことから、その点の判断は控えさせていただきます」

「新たな部門の設置(資本市場ソリューション部)等に関しての対応が不十分であり、本件CB スワップ組合せ取引にかかる内部管理態勢が十分に機能していたとはいえないと判断しました」

外部検討委員会の最終答申受領のお知らせ
(BNPパリバ プレスリリース)

また、Bloombergによると、2009年1月に川端エリックの退社と資本市場ソリューション部門の廃止が決まったという。

仏BNPパリバ証券の川端エリック氏退社も-東京CMS部を閉鎖(3)
(Bloomberg)

アーバンコーポ問題について全国紙で最も積極的に追及した日本経済新聞は「外資系証券の虚実」として2009年1月8日、9日に川端を「K氏」として報道した。これまで、どちらかというとウォールストリート流の金融資本主義の主張に好意的だった日経が、こうした記事を書いたことに少々驚いた。日本証券業協会はBNPに10億円規模の過怠金を科すことになるとも報じられている。一般株主による損害賠償請求訴訟も提起され、アーバンは3月末までに多くの社員が解雇される予定だ。再建の道のりは険しいと言わざるを得ない。

三菱UFJのモルガン・スタレンーへの出資については、2009年1月1日の毎日新聞一面トップ記事「三菱UFJのモルガン出資決断 米政府異例の謝意」が圧倒的に詳しく、正しいと思われる。

金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』Part2

「ある会社の上場審査の際、アーバンとの取引が問題になって、東証の担当者から『アーバンとの取引をゼロにしろ』と言われた。アーバンは東証一部に上場しているのに・・」(大手証券会社の幹部)

さらに銀行は、アーバンの息の根を止めにかかる。

「4月以降は、我々が保有物件を売ろうとすると、相手先企業への融資も出なくなったのです。邦銀は全て拒否なので、外資に頼らざるを得なくなった。ゴールドマン・サックス(GS)、モルガン・スタンレーは門前払いでしたが、メリルリンチは物件を簿価の4分の1程度で買ってくれた」(前出・アーバン関係者)

こうして、日本の金融界から締め出されてボロボロになったアーバンに食いついたのが、フランスの大手金融機関のBNPパリバの川端だった。

BNPが手掛けた新株予約権付転換社債の割当の中には、株価が下がるほど割当側が儲かる「MSCB」と酷似したスキームも含まれる。リーマン・ブラザーズをへて、06年にBNPに転じた川端は、顧客にこんなことを吹聴していたという。

「日本にMSCBを根付かせたのは私です。リーマン時代には、ライブドアのニッポン放送買収時のMSCBも担当した」

05年のライブドアのMSCB発行では、リーマンがライブドア株の空売りで数百億円の利益を上げたと言われた。川端の発言は事実なのか。リーマンを買収した野村證券は「個別の社員についてはお答えできません」(広報部)というだけである。エリックの発言は単なるハッタリで、有名ディールをネタに自分を売り込んでいたに過ぎないというのが真相だろう。

6月26日、アーバンは、〝MSCB商人〟の川端が主導するBNPを引受先に、転換社債を発行して、300億円を調達したと発表した。ところが、一ヶ月半後に経営破綻をした際、実際は92億円しか手にしていなかったことが判明する。

「社債発行と同時に、株価が一定の価格を下回ると払い込みを停止出来る『スワップ契約』だったことを公表していなかった。しかも大量保有報告書によると、BNPは子会社を通じて、5月からアーバン株の空売りをしていたようで、インサイダー取引も疑われる」(企業法務に詳しい弁護士)

なぜ、投資家を欺くような発表をしたのか。アーバンの関係者が言う。

「BNP側から、『スワップ契約を公表するな』と言われたからです。これについては、顧問弁護士やTOB(株式の公開買付)で当社の買収を計画していたメリルリンチからも、『公開すべきだ』と強く言われました。しかし、BNPの資金が必要だったので無視してしまった」

BNPの管理統括本部の村田邦博に、川端の発言内容や所在を聞いたが、「従業員個人の情報及び個別の業務に関わるご質問であり、弊社からは公表しておりません。アーバンの転換社債に関しては、第三者委員会にて検討しており、現時点でのコメントは差し控えさせていただきます」と答えるだけだった。

一方、アーバンで交渉を担当したのは副社長の川上陸司である。川上は、旧日本長期信用銀行出身で、米系コンサルティングファームのA・T・カーニーに在籍していた。〝密約〟が株価の暴落リスクを高め、投資家を騙すことに気づかないわけがない。そして、みずほ銀行で「アーバン潰し」を主導した小崎とは、旧興銀、長銀時代から企画畑(MOF担)として昵懇の間柄だった。

「プロのバンカーたちが寄ってたかってアーバンの株主を食い潰した」--。これが、この「事件」の実態ではないのか・・・。

しかし、アーバンが破綻した時点では、日経平均株価は1万3000円台を維持していた。個人投資家が「食い潰される」のは2ヵ月後である。


初出:金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』2008年10月31日号


金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名 『週刊朝日』Part1
金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』Part2
金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』Part3

金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名 『週刊朝日』Part1











「エリックが姿を消した・・・」

米系投資銀行のリーマン・ブラザーズが経営破綻した後、外資系投資銀行のバンカーたちの間で、一人の男の行方が、密かに話題にのぼっていた。

川端エリック憲司--。

この70年代の外人タレントのような名前の男の肩書きは、フランスの大手金融機関・BNPパリバ証券の「東京支店 資本市場ソリューション統括本部長 副支店長」である。外資には珍しい縦書きの名刺が、昨年夏以降、資金繰りが悪化した不動産会社の財務担当者と間で頻繁に交換されていた。

「身長は170センチに満たない小柄な体格で、色白で女性のように肌がプヨプヨしていた。インベストメントバンカーにしては、ガツガツしたところはなかった。日系アメリカ人なので、日本語は頭の中で翻訳してから話すようだった」(都内の不動産会社の財務担当者)

しかし、どこにでもいる「40歳代の日本人ビジネスマン」にしか見えない川端は、陰では「MSCB商人」「死のボンド屋」などと呼ばれていた。

「経営が悪化した企業に働きかけて、MSCB(下方修正条項付転換社債)を発行させて資金提供するのが主なビジネスだった。しかし、数ヶ月後に発行体の企業が経営破綻することも少なくないので、『BNPの死(倒産)の商人』と揶揄されていた」(外資系投資銀行幹部)

実は川端は、今年8月に2558億円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請した東証一部上場の不動産デベロッパー「アーバンコーポレイション」が、破綻直前に発行した〝疑惑の転換社債〟を手掛けていたのだ。アーバンは、一部で「裏社会との関係」を報じられていた。このため「川端は消されのでは・・」という不穏な推測まで飛び交った。しかし、川端を知る不動産会社幹部はこう言う。

「アーバンの転換社債発行については、スワップ契約という〝密約〟を開示しなかったため、金融庁が調査に乗り出している。川端は、ほとぼりが醒めるまで、香港かシンガポールあたりに身を隠してるんでしょう。逃げ切れば、巨額のボーナスが手に入る。株式市場が崩壊しても、投資銀行やメガバンクの連中だけは、上手く儲けてますよ」

サブプライムローン危機に端を発した米国発の金融恐慌は、世界各国の資本市場を底なしの暴落に落とし入れた。相場の混乱に乗じて、かつてエリートと持て囃されたバンカーが〝暴走〟している。

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「昨年秋から、金融庁は不動産関連の投融資の指導を急に厳しくした」(邦銀の審査担当者)

2004年から2006年にかけて、首都圏の不動産価格はバブル期並の急上昇を続けた。日本の金融機関は、不動産の証券化商品を買い漁り、新興の不動産デベロッパーが、次々と株式公開を果たしていた。

「金融庁は、サブプラ問題で米系ファンドの不動産投資が減り、邦銀に焦げ付きが発生することを恐れたんでしょう。次第に『反社会的勢力との関与が疑われる問題企業』として具体的な実名をあげて『融資を慎重に・・・』という指導も出始めた」(前出・審査担当者)

こうした「問題企業」の中に、スルガコーポレーション、グッドウィル・グループ、そしてアーバンコーポレイションなどがあったという。裏付けるように、アーバンの関係者が証言する。

「昨年11月から、みずほ銀行が回収に乗り出した。有担保で利払いも滞ってないのに、明確な理由も明かさない。今年に入ると、ほぼ全ての邦銀から借り換えも新規融資もストップしました。毎月の資金繰りが苦しくなり、止むを得ず保有物件を売却した。今年3月期に616億円の過去最高益になったのは、物件を手放したからです。結局、みずほからの昨年3月末の融資残高約90億円は、今年3月末にはキッチリ0円になりました」

みずほ銀行で、融資回収を指揮したのが、副頭取の小崎哲資だという。旧興銀出身の小崎は、2003年の「一兆円増資」の立役者で、予定通りに金を集められなかったメリルリンチの担当者に灰皿を投げつけた武勇伝でも知られる次期頭取の筆頭候補である。

そして、みずほの融資回収が完了した後、「アーバン潰し」は、金融界全体の動きに発展する。


初出:金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名『週刊朝日』2008年10月31日号


金融恐慌下で荒稼ぎするモラルなき金融マンの手口と実名 『週刊朝日』Part1
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