地球シミュレータ ユニット1
計算ノード筐体
地球シミュレータ ユニット2
結合ネットワーク筐体
地球シミュレータ用
ベクトルプロセッサ
地球シミュレータ ユニット3
磁気ディスク装置等
BRAVE
バーチャルリアリティシステムBRAVEの外観
地球シミュレータセンター
センター長 佐藤哲也氏
日本の気象庁に、数値予測用のコンピュータが初めて導入されたのは1959年、今からたった半世紀前のことだった。
今や、気象予測のためのスーパーコンピュータは世界中で活躍しているが、後に「地球シミュレータ」として世界に名を馳せる事になる、次世代スーパーコンピュータの提言がなされたのは1996年のことだった。
地球温暖化など地球環境変動予測研究の推進のためのスーパーコンピュータの開発。それは半導体技術にとっても新たなる挑戦であった。
気象現象は複雑な要因に左右されるが、地球の約70%を占める海が大きな役割を担っている。
産業革命以降の化石燃料活用にはじまる、大気中の二酸化炭素の人為的増加は、地球温暖化現象の原因のひとつとされ、海水面の上昇で国土消失の危機にある国や、地球全体において1年で九州を飲み込む規模での砂漠化が進行しているという統計もある。
このような変化は地球全体の生態系に及ぼす影響も大きく、気象災害、食糧事情、衛生事情などこれまでの常識では想定できない幅広い影響が予想される。
こうした地球規模の環境変動への対策は、地球全体を網羅する規模で、より速く、より正確なシミュレーションによる予測が必要となる。
地球シミュレータは、その役割を担えるスーパーコンピュータとして誕生したのだ。
計算ノード/ベクトルプロセッサ
温暖化現象の予測や、地殻変動などの大規模シミュレーションにおいて発生する膨大なデータ処理を行う計算ノード筐体。8GFlopsのベクトルプロセッサが8つ配されたこの筐体が、地球シミュレータ全体で640基あり、つまり5120個ものベクトルプロセッサがそのシミュレーションの中核を担っているのだ。
これら計算ノードが並列に処理を行うことによって、地球シミュレータのシステム全体で40TFlopsという驚異的な処理速度を実現し、それにより、今まで不可能だった精緻なシミュレーションを可能とした。我々の生きる地球の今、そして未来の姿を捉えるための試みは、半導体技術の粋から生まれた、20mm四方の小さな巨人たち5120個によって支えられているのだ。
まるで体育館のようなハイテク構造体
スーパーコンピュータが設置されている地球シミュレータ棟は、地震対策のためになんと21層の耐震用ゴムの層の上に乗っている。周辺に避雷針を設置し落雷に対処。さらにシミュレータ棟の構造体も絶縁のために金属ではなくアラミド樹脂が使用されている。
地球シミュレータの使用電力もピーク時は6MW(メガワット)にも至るため、近隣の火力発電所から直接、電力の供給を受けている。
ほか、半導体の天敵ともいえる熱対策も重要だった。640台のコンピュータが放出する熱は何も対策しなければ室温を70℃まで上昇させる。これを1階にある24台の空調機から毎時300万立法メートルの空気を網状の床越しに3階のマシン室へ吹きつける仕組みでシミュレータ棟内はつねに20℃程度に保たれている。そして、640台のコンピュータをつなぐために、床下のケーブル配線の層の厚みはなんと70cm。
この配線にもひとかたならぬ苦労がある。技術者たちは事前に4ヶ月間掛けて市の体育館で訓練を積んだのち、5ヶ月間を要して実際に配線するほど慎重な作業となり誤配線は一切許されなかった。そのネットワークに使用されるケーブルの総本数は640×130=83,200本であり総延長は約2,400kmにもなる。これは日本の全長(約3,600km)の3分の2という驚くべき長さだ。
2002年3月、地球シミュレータの誕生が、世界のスーパーコンピュータ関係者を驚かせた。世界最速だったスカラ型スーパーコンピュータの5倍の計算速度を持つベクトル型スーパーコンピュータが日本に誕生したからだ。
ベクトルプロセッサが得意とする気象シミュレーションなどの複雑な計算も、「汎用スカラプロセッサで十分な結果を出せる」との考えが多数を占め、多くのスーパーコンピュータはスカラ型となっているが、地球シミュレータは、地球規模でリアリティのあるシミュレーションを可能にするために、あえて独自のベクトルプロセッサを開発し、合計5,120個ものプロセッサを並列につなぐことでピーク性能が40TFlops(40テラフロップス:1秒間に40兆回の計算スピード)総主記憶容量:10Tbyte(10テラバイト)という、当時の米国の科学者や技術者にとって驚異的で信じられない性能を実現したのだ。
コラム:ベクトル型とスカラ型
ベクトルは「大きさと向きを有する2次元量」、スカラは「大きさだけを持つ1次元量」という意味がある。
ベクトル型スーパーコンピュータは、専用のベクトルプロセッサを搭載し、一括処理方式によってシミュレーションなど複雑で大規模な計算を得意とする。
スカラ型スーパーコンピュータは民生用のサーバ・ワークステーション用の汎用スカラプロセッサを多数並列接続することでベクトルプロセッサに匹敵する高速処理をする。
しかし一方でプロセッサの数が増えるとプロセッサ間のデータ通信時間がプロセッサ数の二乗で増大していくというマイナス面もあるが、プロセッサ開発コストを軽減できるという優位性もあり米国のスーパーコンピュータの主流となっている
地球シミュレータの完成前には米国のスーパーコンピュータ技術者からはその驚異的な性能を疑問視された。しかし、稼働を始めるや否や、スーパーコンピュータ先進国/米国に「スプートニク以来の衝撃」の意味で「コンピュートニク」として受けとめられた。
そして、米国の科学者たちも地球シミュレータの性能が、新しい分野の科学技術開発の救世主となる可能性を予感し、米国大統領にハイエンドコンピューティング再生タスクフォース(HECRTF)報告書を提出。米国における次世代スーパーコンピュータ開発へ動き出すきっかけとなった。
その後、2004年11月に米IBM社製のスーパーコンピュータBlue Gene/Lがピーク性能1位として公認されるまでの約3年間、地球シミュレータは世界最速スーパーコンピュータの座を守ったのだ。
コラム:コンピュートニク・ショック
当時の世界最速スーパーコンピュータを圧倒する性能をもつ地球シミュレータは、米国に「Computonic」として衝撃的に受け止められた。コンピュートニクの語源となったスプートニクとは、ロシア(旧ソ連)が人類で初めて打ち上げに成功した人工衛星の名称で、米国は宇宙開発競争で先を越されたショックになぞらえた。
2006年11月現在、世界最速のスーパーコンピュータは2005年11月にピーク性能:280.6Tflopsを公認された米ローレンス・リバモア国立研究所のBlue Gene/Lだ。Blue Gene/Lは現在も開発がすすみ131,072個のスカラプロセッサを超並列接続し最速記録を更新中である。
日本でも2010年完成を目指した「京速計算システム」と呼ばれる次世代スーパーコンピュータの開発プロジェクトがスタートしている。そのピーク性能は10PFlops(10ペタフロップス)を目標にしている。1ペタとは10の15乗という数値である。
東京ドームに幅1mmの線を敷き詰める芸術的技術
地球シミュレータの開発には、計算ユニットの性能・ネットワーク性能・入力・小型化・冷却方法など、多方面での技術革新が必要だった。
開発を担当したNECは延べ人数1,000人の技術者を投入した。最難関だったのは、計算ユニットの開発である。省スペース・省電力の実現のために、従来ならば32個のLSIで構成されていたものを1つのプロセッサに集積する必要があった。
半導体の集積率で有名なムーアの法則(半導体の集積度は1.5年で2倍に向上する)に則れば4年間で5.3倍の集積度向上で、本来、その集積密度の倍数自体がすごい技術革新であるのに、地球シミュレータ用ベクトルプロセッサの開発者たちは4年間で32倍という集積密度向上を達成したことになる。
開発されたプロセッサで算出された配線の幅は、0.15ミクロン。縮尺で例えるならば、東京ドームのグラウンドに幅1mmの線を敷き詰める事に匹敵し、当時としては最先端の技術であった。
地球シミュレータは各8個のベクトルプロセッサを備えたコンピュータ640台をネットワークに繋いで、膨大な計算を分業して連続的かつ同時に処理することで地球規模のシミュレーションを可能にした。
これまでのスーパーコンピュータでは100km単位の格子で地球表面を細分化したシミュレーションが限界だった。それでは誤差ひとつで100kmの差が出てしまう。惑星としての地球をまるごと再現する地球シミュレータは、台風の進路予測においては、地球全体を10km単位の格子で細分化し、さらに日本の領域は1kmの間隔まで非常に細かく分割している。そして、台風上陸120時間前の進路予測シミュレーションを、わずか1.5時間で処理できるのだ。気候変動の予測には、地球規模のスケールで自然摂理に基づく多くの変化をもとに計算する。
気象の変化は海水温の変化、海流の動きが相互に干渉しあっているため膨大な観測データの入力による複雑な計算が必要になる。例えば100kmから10kmの格子の細分化による情報量の変化は単純に10倍になるということではなく、大気層や海水ブロックの立体的なスケールもふくめると何百倍の情報量を処理しなくてはならない。そのためには驚異的な計算速度が必要になる。計算結果がでるまでに時間がかかりすぎるとシミュレータとしての役割をなさないからだ。
そのため地球シミュレータの計算速度は1秒間に40兆回、計算処理に比例して出力される膨大なデータを処理し、ネットワークの転送能力は約8TB/秒を誇る。
コラム:BRAVE (Booth for Resolving Aspects of Virtual Earth)
地球シミュレータは、地球規模で様々な現象を丸ごと扱える性能をもっている。解析処理による数値データのほとんどは3次元の数値として得られる。そのデータの分析の第一歩が可視化、つまり数値データを画像処理することだ。
データの規模が大きくなる程データの意味する現象も複雑になるため、モニタなど平面で画像データを見るだけではデータが示す意味を十分に理解できないのだ。そのため地球シミュレータセンターには、バーチャルリアリティシステムBRAVEがある。
左右、正面、床の4面の巨大スクリーン(3m×3m)上に、地球シミュレータで計算したシミュレーションデータをそれぞれ異なった角度から画像データを投影し、シミュレーション結果を立体的に体験させる装置だ。
このBRAVEは、ユーザが掛ける特殊な3D眼鏡に仕込まれたセンサとリモコン操作によって、ユーザの視線を感知しその動きにあわせて連続的に画像データを4面に投影する。
つまり頭の位置や角度を変えることで宇宙からの展望から地表からの展望へとあっという間に視点移動が可能なのだ。
このようにシミュレーションをBRAVEで立体的に分析したのち、詳細なデータ解析はその後じっくりと行われる。
これまで実験が困難であった分子レベル(ミクロ)や惑星規模の実験(マクロ)を、地球シミュレータは、バーチャルではあるが可能にした。それにより理論の裏づけや転換に大きく貢献している。地球シミュレータはエルニーニョによる冷夏/暖冬といった中短期の気候予測、地球温暖化による長期の気候予測、地球内部の仕組みや地殻/マントル、地震発生のメカニズムの解明にも活躍している。
全地球規模の正確な気象予報や災害予測によって災害対策が講じられるとするならば、被害を最小限にとどめることも可能になるのではないか。その背景には最先端半導体技術をもとにしたハードウェア開発とソフト面での地球シミュレータセンターと研究機関の絶え間ない革新がある。
コラム:連結階層シミュレーション
現在、さらに革新的なシミュレーションを実現するために、草野完也氏がリーダーとなって「連結階層シミュレーション研究開発プログラム」がすすめられている。
連結階層(マクロ−ミクロ掛け算)シミュレーションは、自然や社会に現れる複数の階層間を効果的に計算し接続する「連結階層アルゴリズム」と、自然の摂理としての階層性をそのままに地球シミュレータのハードウェアに応用する「連結階層結合アーキテクチャー」によって、従来では不可能だった地球レベルのマクロ世界と分子レベルのミクロ世界の働きを同時解析する先進的な方法論として期待されている。
人類の未来と科学に貢献するスーパーコンピュータ
「地球シミュレータは、日本のためだけでなく世界の科学の進歩のために役立てられるべき」と地球シミュレータセンター長の佐藤哲也氏は語っていた。
正確な予測結果を得ることは科学の分野のみならず様々な分野にも大きな影響を与えることが予想される。そのため地球シミュレータセンターは、研究内容の公益性と研究結果の公開を前提に利用申請し、審査を通過すれば世界中の科学者や研究機関が地球シミュレータを利用することができる。
現在、スペック的には地球シミュレータよりもハイ・パフォーマンスなスーパーコンピュータも登場しているが、地球規模の気象予測など複雑なシミュレーションを可能とし、あくまでも平和目的に利用されているスーパーコンピュータは地球シミュレータしかない。
その利用にあたって地球シミュレータは、研究用のプログラムを入力する場合、コンピュータの共通語とも言えるプログラム言語FortranやCが使用できるように汎用的に設計されている。
最先端技術によって誕生した地球シミュレータは、人類の未来と科学の進歩に貢献するスーパーコンピュータとして日々活躍しているのだ。