私は高機能自閉症

高機能自閉症とは、対人関係の障害・コミュニケーションの障害・こだわりなどの自閉症の特徴の内、知的障害がないものです。

心理、診察、外科、トリプル

2008-12-19 11:47:56 | 病院
昨日はトリプルだった。
しかも風邪がどんどん悪化しているところだった。
移してはいけない、更にもらってはいけないと思い、マスクをしていった。
マスクをしていると、自分の息がマスク内にこもり、息苦しくなる。
あったかいけどね。

まず心理。
15分前に心理室に着き、心理室内に入るように促されるが、「まだ時間になってないから」と言い張って、部屋の外のベンチで待っていた。
時間になり、中へ。
S先生は、他の人とのカウンセリングと違って、私の横に来て面接をする。
普通は真向かいで面接する。
でもそれは圧倒的になるので、隣りに座るのだ。
風邪を引いている、と言ったら、移されないようにと、S先生もマスクをした。
「今日は読んでもらいたい物が沢山ある」と予告した。
朝起きてから、このブログを抜粋してコピーして持って行ったのだ。
きっと話しきれないようなことも、ブログには明確に書いてあるから。
宿題はノークリアー。
でも前回休みで、その分頑張れてたので、飴は1個だけゲットできた。
大根飴とかいうのがお勧めだと言うのでそれにした。
それにしても、心理室には不思議な飴がいっぱいある。
O里やケアKの連絡帳を見せて、これにコメントしてもらうように頼んだ。
「余り書かないよ」と言っていたけど、お願いした。
来週までに。
私は目の前のものしか見えていない、注意された時、フリーズとかしてしまうのでどうしたら良いか?あと、先週の木曜日にずっと病院に残って携帯の蓋を探していたことについて、他の人は「そんなのなくたって、大丈夫だよ」と言うけど、私にとっては重大事件であること、その時、携帯の蓋は買うことが出来るんだよ、買えば元に戻るんだよ、という具体的なアドバイスがあれば、あんなにこだわらなかったのではないか、という話になった。
心理が終わって、会計表を作っている間、飴が心理室に置き去りになっていた。
食べていいのかな?と思い、袋のなかのもの、ほとんど食べてしまった。
それも一気に。
S先生が入ってきて「あらら、もしかして、全部食べちゃった?」と言われて、しょうがないわねぇ、という感じだった。

次に診察。
K先生は、鬱っぽいのから脱出していた。
元の元気さを取り戻していた。
診察室に入るなり「ゆこたんに謝らなくてはならないことがあります」と言われたので、怖くなって「なに?なに?」と後ずさりしていたら「そんな大したことじゃないですよ。市役所の人とまだ連絡がついてません」と言われた。
なんだ、そんなこと。
私はいかに短期入所が長いほうがお互いに安心していられるか、短いとあっという間でお互いのことが分からないままで終わってしまうことを必死に述べた後「だから1月は2泊がいいです」と言ったら、あっさり「ダメです、1泊です。向こうの人が長いほうがいいというのなら、理由を述べるので電話してくるように言ってください」と言うので「いつになったら2泊になるんですか?」と聞いたら「ゆこたんがこだわるから、言いません」と言われた。
「先週の話、聞いたよ。当直のB先生から。あの状態だったら、僕だって両親に迎えに来てもらうよ」と言われた。
O里のことも「単語しか話せなかった」と言ったら、意外にも「いいんじゃないの?」と言われた。
ビーズを食べたことは「前から食べ物以外は口に含んではいけないって言ってるよね。ゆこたんは、都合のいいことしか覚えてないんだから」とまた言われた。
「でも分からないことを分からないままにして、投げやりになってしまうのは、ゆこたんのわがままです。分からないことはちゃんと聞いてください」と言われて「信号機が分からないことを教わったよ」と言ったら「いいんじゃないの?それで」と言われた。
私が勝手に立てた1月のプランは、短期入所の1泊になってしまうの以外は全部OKだった。
ケアKのグループ活動のお好み焼会も、あっさりOK。
つまり、K先生は、連続して予定を組まなければOKなんだ。
そして一番言いたかった、「診察と心理を同じ木曜日にしてください。待たされても大丈夫なように、色々アイテムを持ってくるし、どれくらい待つか言ってくれれば待てます。どうしても不穏になったときは、処置室で休ませてもらいますから」と言ったら「処置室で休むことが前提になるのだったらダメだなぁ。今、外科があるでしょ。外科が1月前に終わったら考えてあげる。とりあえず、来週は僕の診察は木曜日ね」と言われた。
どうやら3つ連続だと、私自身が疲れてしまうことと、外科は予測のつかない待たされ方をするのが心配らしい。
ほお、1泊にされた以外、私の意見を尊重してくれた。
ケアKは移動支援で、O里は短期入所で、という区切りをつけることの意見は、すごく賛成してくれた。
Kセンターは、3月までは月1でいくそうだ。
Kセンターの受け入れ自体が、4月からなので、それまでの様子を見て判定するみたい。
だからKセンターでは、頑張らないと。
もしかしたら、4月からは、毎日のようにKセンターに通うようになるかもしれないから。

外科までの空き時間に、病棟のほうへ行った。
Tさんに会った。
手紙を書いて行ってた。
Tさんは私と会えると思っていなかったから、Kさんに伝言(1月のアスペの会に4人で参加すること)を頼んでいたそうだ。
それにTさんともう一人で、昨日、こどもの生活研究所に見学に行って来たそうだ。
「幼児グループや、成人の部門の見学もさせてもらったよ」と言ってた。
Tさんがよく言葉にしていた「ゆこたんは、病院で生活する人ではありません。病院を利用して地域で生活していく人です」の言葉に沿っていることを話した。
手紙はその場で開封してくれて、とても喜んでいる様子だった。
そこには病院でパニックになっているバトルや、池袋事件も書いてあったんだけど、それでも「バトリながら、頑張ってるんだね。これからゆこたんのことを分かって行ってもらう所だから、大切にしなきゃね。生活研究所の案内をしてくれた人も、発達障害は、一目見てその人全てのことが分かるわけではない。ここにも幼児の頃から成人まで通っている人がいる。何年もかけて、やっとその人の傾向や対策が分かってくるものなんだって話してた」と言ってた。
私も「あれが出来るからこれも出来るだろうって与えられることが多くて、ギャップにお互いについていけないみたいです」と話した。
「精神と知的の支援者は全然違ってて、今私はお姉さん的立場にいるんだよ」と話したら「たまにはこういうのもいいんじゃない?」と喜んでた。
「でも心配なのは、1月のアスペの会に4人で行って、ゆこたんが舞い上がってしまうのではないかと言うことなんだけど」と言われて「Kさんにも平常心で、って言われた。私服姿楽しみにしてるね」と言ったら「じゃあ、派手なの着込でこうかしら」とか言ってた。

病棟で時間を費やしてしまったので、すでに外科は呼ばれていた。
すぐに外科に向かった。
左足は、もうかさぶたになっているので、治療はおしまい。
かさぶたをはがさないように、だけ。
問題は右足。
私の携帯のストラップに目をつけ「あ!リラックマだ!!」と言ってくれる。
「先生、知ってるの?」「そりゃ、知ってるさ」とか自慢げ。
「相当派手に転んだんだね」と言われた。
まだ膿が出ている。
今回の治療は、ちゃんと前もって「ブクブクするお薬つけるよ」とか「ガーゼはるよ」とか予告してくれたので、パニックにならなかった。
今回で外科の治療が終了しないと、診察日が木曜日にならないので「外科終わり?」とずっと繰り返してた。
でもまだ治療が必要らしい。
それとお尻のおむつかぶれの薬の塗り方は、薄くのばして、と言われていたから守ってたけど、膝はかなり分厚く薬を塗っていた。
それで着いて来てくれた精神科の看護師さんが、ガーゼと薬を1回分無駄にしながらも、どうやって塗るか実演してくれた。
良く分かった。
来週までにかさぶたになっていなかったら、治療方針を替えるらしい。
今のままでは、傷跡が残ってしまう。
転んだくらいで、こんなに長く外科に通うと思っていなかった。
それにこんなに完治するのが遅いと思わなかった。
ガーゼをつけたままで入浴するのはいけないそうだ。
そして、シャワーで傷口をよく洗い流すこと。
処置をしてもらってから、「痔の方はもう完治ね。なにもしなくて大丈夫。あれ?でもこの血は、どこから出てるんだ?」とひそひそ話している。
「ここに当たってるから、痔じゃないのは確かだよね。これは婦人科の範囲だよ。僕には無理だ」とパットを当てたりはがしたりしながら見ている。
痔が終わったら、不正出血ですか!!
しかも風邪も引いているのに。
「不正出血は、何度も起こしてるからいい」と言っても「大事なことだから」と看護師さんが神妙になっている。
K先生に連絡がいき、本当は入院でしか見ていない婦人科の先生と連絡を取ったが、不在だった。
看護師さんに「ゆこたんくらいの年齢だと、ホルモンのバランスや、心の変化や体調で生理も不正出血があることもあるよ」と教えてくれた。

風邪でフラフラしていたので、薬局に処方箋を出して、処置室で30分間休ませてもらった。
30分後「来る時は髪の毛整ってるのに、いつも帰る時はひどいことになってるよね」と看護師さんに笑われた。
「心理室に寄ってく!!」と言ったら、心理室に前もって電話をかけてくれた。
S先生は不在だったけど、他の心理士さんが対応してくれた。
ブログのコピーを渡してしまおうと思ったのだ。
出てきたHさんに、覗き窓からアイコンタクトを取ったら、出て来てくれた。
看護師さんが「ちゃんとトントンしたほうがいいですよね」と言い、「でもHさん、出てきたよ。あーーーーー!!オラウータンがいる!!!」と叫んだら、検査中の他の部屋から、目でガン付けられた。
心理室の入り口に、大き目のオラウータンのぬいぐるみがいたのだ。


そして、今日。
風邪は悪化をたどる一方。
明日はアスペの会のクリスマス会なのに、なんでこんな大事な時に。
だからこれを書き終わったら、静かに寝てます。
K先生が、総合感冒薬と咳止めを出してくれた。
咳が痰が絡むようになった。
熱は微熱で、微妙。
でもダルさはいつもの倍。
今日は早く寝よう。
不整脈も、1分間に8回ある。
ちょっと怖いけど、入院中もあり、死ぬことは無かったから、見過ごそう。

彼に「勉強しよう」とメールしたら、大人しくなってしまった。
あぁ、また、凸\(◇^\) セッセ・・・セッセ (/^◇)/凸←地雷を踏んでしまったか。
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移動支援でショッピング

2008-12-17 22:04:16 | 発達障害支援
昨日、バスで行ける範囲の所まで、ケアKのMさんと出かけた。
ママは留守していたので、置手紙をしていった。
それを連絡帳に貼って、私の心や体の調子も書いて渡した。
前もって、どこのお店に行きたいか、調べておいた。
Mさんは、バイクで家までやってきた。
10時ピッタリに。
すごい正確さ。
すぐにバス停へ行って、その日のルートの確認をした。
ママからのメモには「17時までには帰れるようにしてください。膝を怪我しているので、痛がるかもしれませんがよろしくお願いします」のようなことが書いてあった。
Mさんは「痛がったら、たたいちゃおうかな」なんて言ってた。
バスの中で、私の書いたプランが、15時までに収まりきれるか不安だったらしい。
が、本屋さん、ユニクロ、百均、ロフトとどんどん順調に進んでしまったので、全てのルートが終わったときには、まだお昼前だった。
ただ一つ、私がお菓子屋さんで暴走しただけが、不安に陥ったらしい。
あれもこれも、とカゴいっぱいにしたので、Mさんは「そんなに持って歩けないよ」と言って、ジュース4本のところを2本にしぼった。
それでもお菓子だけで1500円くらいいった。
他の荷物より、でかい袋にいっぱいのお菓子。
でも自分で買ったのだから、自分で持たなければならない。
トイレは、駅に着いてすぐに、身障者トイレに入って済ませてあった。
滞りなく済んだ。
お昼は、利用者さんのお母さんのお勧めであるイタリアンのお店に入った。
さすが利用者さんが勧めるだけあって、レトロな所にあり、こんな所絶対に見付からないよ!!っていうお店だった。
サンドイッチとパスタとピザの中から選べた。
私はサンドイッチとアイスティー。
ランチタイムでサラダもついてきた。
「飲み物はいつお持ちいたしましょう」と言われて、凍りつく私。
すかさずMさんが「じゃあ、食前に」と言ってくれる。
この辺までは、いたっておりこうさんな私。
「こんなに落ち着いて利用者さんと食べられるなんて」ってMさんが感激してた。
他の子と来る時は、食べこぼしが激しかったり、うろついたり、自分で食べれなかったり、そういう利用者さんが7割だそうだ。
私はどっちに振り分けられたのだろう?
「お腹いっぱいになったねぇ。食べたら運動しなきゃ」と近くの大きな公園に行った。
いつもはバルーンアートをやっているのだけど、その日はやっていなかった。
ちょっとした川辺があった。
カモが泳いでいた。
Mさんが「ねぇねぇ見て、あそこに川があるよ」と言った途端、川まで直行する私。
崖を降りて行った。
降りたら最後、自力で登れなくなった。
「ダメ!!降りちゃダメ!!」と叫んでいるMさん。
でも降りてしまった。
Mさんはそのまま、私が川の中にボッチャンするかと思ったらしい。
その予想は、外れてはいないのだけど、川の中に入る前に救出された。
お陰で手袋は真っ黒になった。
ベンチに座ってお話した。
何年前だろう?
屋根から飛び降りて、両足骨折し、腰椎圧迫骨折もした影響で排尿コントロールが難しくなっていると言うこと。
知らなかったらしい・・・。
H学園の2階から飛び降りたけど、骨折はしなかったんだって、というメチャクチャな情報がいってたらしい。
様々な精神病院での体験談を話した。
知的に境界線上にいる人は、判定員や診断書の書かれ方によって、愛の手帳がもらえる人ともらえない人に分かれるらしい。
Mさんが言うには「ゆこたんは、4度はもらえるよね」と言うんだけど、私は学歴が立派にあって(中身はない)、精神病院の入退院を繰り返していること、あと知的の人は出来ないことは本当にずっと出来ないけど、私のようにその日の気分や体調で出来たり出来なかったりするのは精神病である、と判定されたのだ。
心理検査では、余裕で4度だったのに、医師面接で覆された。
Mさんが「境界線上の人が一番難しい。でも、ゆこたんは、年金をもらえてる分だけいい」と言ってくれた。
今私は、年金のお陰で、色んな支援が受けられている。
年金が無かったら、親を全面的に頼りにしなければならない。
それも60過ぎた両親を。
帰る前に喫茶店に寄った。
それはトイレに行くためだったのだけど、疲れが出ていたのと、喫茶店が混んでいて、しかも高級な喫茶店に舞い上がってしまって、さぁ、ここからが大変です。
トイレ目的に入った丸井の中の喫茶店。
まずはケーキを選んで、と言われた。
お腹いっぱいなんだけどなぁ〜、と思いながら、しかも全部600円以上してて、2人分だよね・・・と思いながら、ショーウインドウで中間の辺りの値段のバナナケーキを選んだ。
混んでいる席に座り、今度は飲み物を選ばされた。
これもまた、全部すごいお値段。
なんでこんな高級喫茶店に入るの?と思いながら「カフェオレ」を差した。
「ホットにしよう」と言われたけど「アイス」と主張する。
「お腹冷えちゃうよ」と言われたけど「アイス」と頑固に。
飲み物を選ぶと、トレイに沢山ケーキが乗せられて運ばれてきた。
えー!!!全部食べていいんですか?とばかりに、グワシッと手を差し出したら、Mさんが慌てて制止した。
「これは見本です。手で触ってはいけません」
それでも気になってしょうがない。
「すいません。さげてもらえますか?」とMさん。
「ゆこたんは、バナナケーキ。あれは見本です。食べてはいけません」と言われる。
制止されたことでスイッチが入った。
今度は、周りの人たちの飲んでいるボール状の器が気になる。
ほとんどの人がボール状なのに、Mさんも私も普通のコップ。
目の前の人の水やボールに手を出す。
その間にMさんは、仕事先から連絡が入り、私を止めながら携帯で話している。
「今ゆこたんといるので、〜〜さんは断ってください」と言っている。
その間にも、今度は店員さんのたるんだお腹に目が行き、触ろうと近付いていく。
店員さんが「何か気になりますか?」と言うのでMさんが「何か分からないけど、気になってるみたいなんですよ。ごめんなさい」と言っている。
トイレどころではなくなり、お勘定をしている間に今度は、クリスマスツリーのキラキラに目が釘付けに。
ツリーは外にあり、出口からではないところにある。
「そっちから出ちゃダメ」と言われて、コートを着せられ、大回りしてツリーへ。
しばし鑑賞。
店員さんも来てくれて「ツリーに見とれてるんですね」と言っている。
「きれいだね」と言い合っていたけど、すでに16:30。
無理矢理引きずられて、バス停へ行く。
そんな感じの喫茶店だったけど、平常心の時もあった。
「S先生と電話で盛り上がっちゃってね。一方的に私がしゃべっちゃった」とMさん。
池袋事件のことを中心に話したらしい。
S先生はそんな行動に出るのはお見通しとばかりに頷いていたそうで、「分かってたら、池袋なんて行かなかったよ!!」と憤慨している。
そのわりには、情報不足だったよね、と反省している。
初めてMさんと会って、ケアKの説明を受けた時、メニューが運ばれて、ママが「ゆこたん、何にする?」と聞いた時、とっさに「ケーキセット!!」と指差したのを見て「あぁ、主調はするんだな、女の子だからケーキなんだな」と思ったらしい。
でもその時全然しゃべらなかった私と、池袋事件で暴走する私がつながらなくて、悩んだらしい。
その日、交通ルールも教わった。
私は信号機があちこちにあって、どれを見ていいのか分からない。
「今、青じゃん」と見ている信号機は、車用のだったり、「対面上の信号機を見てください」と言われても「対面上ってどういう意味?」から始まって、斜め渡りなんかしようものなら「前じゃない!!」と怒る。
Mさんも悩んでしまった。
どう教えたらいいのだろう?
っていうか、よく今まで生きてこれたね、と言われた。
バス停でも、イスの上に上ってしまって、何度も下ろされた。
「登ってはいけません」と。
でもバスが来るかどうか見たくて、つい登ってしまう。
登るのをやめると今度は「足が痛いよ〜〜」と泣きべそ。
「お家帰ってから、消毒しようね」とその場しのぎの会話をしながら、バスを待ち、乗った。
バスの中でMさんは連絡帳を書いていた。
17時までには帰るように、とメモ書きされていたけど、自宅近くの停留所で降りたとき「おしっこ!!」と叫ぶ。
「漏れちゃうよ〜〜」と言って、勝手にセブンイレブンに暴走。
Mさんも「すいません、お手洗い貸して下さい」と言いながら「コンビニは狭いから二人入れないよ〜〜」と言いつつ入ってみたら、案外広かった。
「漏れる!!」と繰り返していると「分かったから!!」とMさんも急いで脱がしてくれる。
間に合った・・・。
「ゆこたんが、おしっこ教えてくれたから間に合ったんだよ。良かったね」と言ってくれた。
Mさんに「店員さんに、ありがとう、言いなさい」と言われたけど、黙ってうつむいてしまう私。
「言えないかぁ、ありがとうございました!!」と代わりに言ってくれた。
家に帰ると、ママが心配して待っていた。
でも私は「お菓子たーくさん買って来た」と自慢げに教えると「こんなに買って来たの!!お母さんに預けなさい!!」と怒られた。
それを見てMさんも「今度からは1つだけってしますね」と言っていた。
「欲しいものが沢山あると、選べないみたいで、許してしまいました、すいません」と謝っている。
家には携帯の蓋があった。
ママが取りに行ってくれた。
それに夢中になっている間、ママとMさんで密談していた。
Mさんのバイクのところに行くと「もっとお母さんとお話しようと思ってます。ゆこたんのいないところでね!」と言われた。
「ちゃんとお母さんに、携帯の御礼言いなさい」と言われて「ありがとうございました」と言うと「お母さんを大切にしなきゃダメだよ」と言われた。
何を密談してたんだ?
「今日は楽しかった。買い物もぜーんぶ出来たし、公園も行ったし、ケーキも食べた!!楽しかった!!」と言うと「ジプレキサも飲まなかったもんね」と言ってくれた。
私に対応できる職員は、選りすぐられた3人だけらしい。
パートの人では任せられないらしい。
ちゃんとした職員で、私の暴走を止められる人じゃないとダメらしい。
でも前は2人って言ってたよね?
1人増えてるぞ。
1月は沢山の予定を自分自身で組んでいる。
O里の短期入所やケアKのグループ活動にKセンター。
全部明日、K先生の了承を得なければいけない。
でもその前に、ケアKとO里の連絡帳を見せたら、却下されそうな文章が書いてあるけど。
でも私一人でワクワクしてるんですけど。
11月のケアKの請求書が来た。
食事を抜かして1万円。
食事を入れたら、結構な額。
パパは「助けてやるぞ」と言ってるけど、私は年金の範囲で遣り繰りする覚悟を決めて支援を受けているから、きっぱり「大丈夫」と言った。
明日は、心理、診察、外科。
でも私・・・人ごみに入ったせいか、風邪を引いてしまいましたの・・・。
咳、くしゃみ、鼻水と一通りの症状をクリアーして、立派な風邪引きさんです。
明日K先生に風邪薬もらおう。
人ごみに入っただけで、すぐに風邪を引くなんて・・・。
そしてよく振り返ってみると、心理のトイレの宿題、全部ノークリアー。
初めての全部ボツ。
まぁ短期入所とかあったし、S先生も1週お休みだったし。
変化に弱いんです、私。
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おもらし

2008-12-15 22:10:32 | 発達障害支援
私はO里で、全くトイレのコントロールが出来なかった。
しかもパットの取替えで、支援者がパットを取りに行こうとトイレから離れようとするだけで、怖くてズボンを脱いだ状態で追いかけていった。
お風呂場でも、着替える場所にトイレは設置されてて、いつでも駆け込めるようになっているのだけど、幾分狭いそのトイレに入れられるのは怖くて、入らなかった。
そしてお風呂での水流が、おしっこを催し、残っている人は2人だったし、浴槽でしてしまうよりはいいだろうと、洗い場で密かにおしっこしてしまった。
密かに・・・のつもりがバレバレだった。
「あ!!」という声と、さり気なく私の周りにシャワーをかけてくれるスタッフ。
何も言われなかった。
けど妙に恥ずかしかった。
「間に合わなかったの・・・」とか一言言ってくれたほうが、まだマシだった。
無言の対処は、すごく恥ずかしかった。
2日目、ミニストップから帰ってきたときも、水分を沢山摂った上に寒さもあり、事前にトイレを済ませなかったので、当然のごとくやってきた尿意。
玄関先でフリーズしている私に、スタッフは「行くよ」と言って、手を引っ張る。
でも踏ん張っていると「あぁ、今しているのね」と納得。
生活フロアーに戻って、スタッフは「多分、出ちゃってると思います」と報告して、オムツを予め持って一緒にトイレに入った。
一人にはさせておけないから。
O里には、オムツ替え用のイスというのがあった。
王様イスみたいなの。
そこに座って、テープ式のオムツを当てられる。
大きな王様イスを部屋に持ってきたとき、何をされるんだろう?と思った。
でもオムツを当てたらすぐに、イスは撤去された。
そういえば、布団も横シーツを持って行かなくても、布団の内部にビニール加工がしてあった。
でも利用者さんは、日中はパンツの人の方が多かった。
そして今日、家でのこと。
夕食時に、私は自分のお茶を引っくり返した。
勿論わざとではない。
下半身がビショビショになった。
ビックリしている私に、パパは「早くふいてやれ」と言っているけど、ママは「脱ぎなさい」と言う。
家族の前で、オムツ姿になるのは嫌だ。
「やだ」と言ってると「濡れてるから、脱ぎなさい」としつこい。
後始末は全部、パパとママがやってくれた。
私は自分の部屋に行って、着替えた。
食事の終わりの頃で良かった。
田舎から電話が来た。
私が出ると、もう何年も会っていないし、声も聞いていないので、向こうも戸惑って「ゆこたんかな?」とヒソヒソ言ってる。
「こんばんは、ゆこたんです」と言ってるのに、疑われるって、そんなに私、前と変わってますか?
ちょっと傷付きました。
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O里、スタッフからの連絡帳

2008-12-14 21:48:03 | 発達障害支援
12/14(日)
初めてのショートステイで緊張されたことと思います。
昨日は家族連絡会があったため、午前中のみ作業があり、その影響か14:00頃発作が見られ、しばらくリビングにて座られていました。
震え、ボーっとなる、よだれが垂れるという行為が見られ、看護師に診てもらい、ジプレキサを服薬して頂き、徐々に落ち着かれました。
その後、14日朝までの間に発作は見られませんでした。
一緒にトイレへ入り、スタッフが少し離れただけでもゆこたんもトイレから出てきてしまうということがありました。
入浴は、洗髪、洗体は介助、洗顔のみご本人に洗っていただきました。
1時間おきにトイレ誘導をさせて頂きましたが、すでに多量失禁されている時もあれば、全く出ない時もありました。
13日中に排便はなく、14日の朝食後に下痢便がありました。
昨晩は、夜の余暇の時間にフィギュアスケートを見て「真央ちゃん優勝」と教えて下さったり、クリスマスの飾り付けを手伝って頂きました。
スタッフと筆談にてお話されることもありました。
夜間は22:00に就寝され、7:30に起床の声かけをするまで、良眠されました。
食事は残さず召し上がりました。
食事中、味付け海苔を他利用者に取られてしまい怒る行為がありましたが、スタッフと過ごすとすぐに落ち着き、食事を再開されました。

またのご利用お待ちしています。
ありがとうございました。
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O里初、ショートステイ

2008-12-14 21:24:10 | 発達障害支援
1泊2日でしたが、ショートステイに行って来ました。
ケアKのショートステイと同じ日数なのに、時間数が全然違います。
今回は長い1泊でした。
12/13の9:00に入り。
施設の説明は、利用判断の時にあったせいか、全く無かった。
でも生活棟の説明はされてなかったから、どこがスタッフルームか、どこがトイレか洗面所か、自分で探らなければならなかった。
入ってすぐに、荷物チェック。
名前が記載されていないことは何も言われなかった。
きっとショートだから。
でも本当に細かくチェックされる。
着ている物から、持ってきたもの鉛筆1本も記載される。
文句は言われないけど、無くなった時に困るからだそうだ。
土日は作業がないと聞いていたのに「ゆこたん、作業があるんだけど、行って見ない?」と誘われ、付いて行った。
15〜16人の人が2部屋にいた。
1部屋に固まってて、もう1部屋は仕切りがあって、重度の人がいた。
私はその重度の人に判定され、入れられた。
仕切りのある机で「塗り絵やってみようか」と言われて、渡された色鉛筆が4本。
クリスマスの絵だったけど、全部同じ色で塗りつぶした。
塗り終わると、又、紙を渡される。
又、塗る。
なにやら話し合っていて「ビーズやってみようか」とビーズの沢山入ったケースと、板を渡された。
私はビーズは糸で繋ぐものと思ってたから、板はやり方が分からない。
でも聞くことも出来なかったので、ビーズを机にジャラジャラ開けて、手にいっぱいにしてビーズの感触を楽しんでいたら「うわ〜〜〜!!こぼしてる〜〜〜!!塗り絵が案外出来てたから、ビーズも大丈夫だと思って渡したけど、こういう遊びに発展しちゃったか。こういうやり方は初めてだな。あれって俺たちが片づけるんだよ・・・な??」と言っている。
その内「ビーズはおしまいです。片づけます。塗り絵をやります」と言われた。
又、同じ絵の塗り絵を渡された。
つまらなくなってきた。
塗り絵の紙に「おでかけしない?」と書いた。
すると「この人、字が書けるみたいだよ!!」と言われた。
フラフラと部屋を出て行く。
1時間置きにトイレ誘導されていたけど、漏らしていたのでトイレで女性スタッフが一緒に入っている時、おむつを取りに出て行こうとしたけど、初めての場所で一人にされるのは恐怖で、ちょっとでもトイレから離れようとすると、パニックになった。
その女性スタッフは、作業室で唯一の女性なので、応援が頼めない。
3階(生活フロアー)に応援の電話をかけても、忙しいのか繋がらない。
かなり困っていた。
でも長時間待たされるのも無理な私なので、声を上げてパニクッた。
抱きしめてもらいながら、結局男性スタッフが応援に来た。
トイレが終わったら「やっぱりお部屋にいれませんかねぇ」と言われてた。
すぐに3階に生活フロアーに移された。
昼食だった。
部屋でくつろぐ間もなく、みんな(と言っても8〜9人位)で食事。
目の前の人は、よだれかけをして、手づかみで食べていて、隣でスタッフが自分のご飯も食べながら介助していた。
よだれがダラダラ垂れていて、よだれかけをかじっていた。
中には、片手を全部口の中に入れてしまい、手の甲にタコが出来ている人もいたり、キャー!!と奇声を発しながら走り回っている人、訳の分からない単語を繰り返している人、様々だった。
初めて見る光景だった。
まず、ビックリした。
でもスタッフの人は慣れていて、その現場を一人で食事介助をしながら、自分も食べていた。
時々歩き回っては、口の中に食べ物を入れたあげてた。
私は箸は使えなくても、一人で食べられる楽な人。
でも食事の最中に薬を飲まされた。
その時だけだったけど、食事と薬が一緒になって、噛むことも出来ず、なんとか飲み込んだ。
(薬は口の中に入れられる)
その後、作業がない日なので、のんびりしていた。
ソファーに座っていたら、あるスタッフに「あなたは自閉ちゃんでちゅかぁー」とこちょこちょされた。
無視して嫌がった。
でもそのこちょこちょは、他の人には受けているようだった。
私は急に奇怪な行動に出た。
ある人がビーズをやっていて(そこで初めて、そのビーズの使い方が分かった。板の突起の部分にビーズをはめていくというやり方)、そのビーズのケースに手を突っ込んで、最初は手の平で転がしていたけど、食べた、というか、口に含んだ。
そしてポロポロと吐き出した。
他の人の「あーーーー!!」という声にスタッフは「失禁かな?」と寄って来たけど、すぐに状況が分かり「ペーして、出して」と言われた。
でも床に転がっているビーズを食べてしまう。
「ビーズは食べてはいけません」と取り上げられた時、フリーズした。
10分経っても、20分経っても、よだれを垂らして固まったままの私に、最初は「わざとじゃない?」とか「発作だったらやばくない?」とスタッフが騒ぎ出した。
その内、痙攣が始まった。
「ちょっとやばくない?」と言って、私の個人情報記録が持ち出され、看護師も呼ばれた。
「短大出てるとか書いてあるよ!!見た目普通で、髪があぁだから、固まってると怖いよね。高機能自閉症って分からないんだけど!!情報不足だよ。私、ゆこたんのこと、全然知らないもん。どうする?」とか言い合ってて、看護師が「ヒステリーなので、危ない場所とかでは絶対に倒れたりしません。本人は意識がないけど、安全な場所で倒れるし、呼吸も止まらないので安心して下さい。発作です」と言って、ジプレキサを舌の下に入れられた。
「夜勤の人、これは怖いよ〜〜。やばいよねぇ。初めてだし。こわーい!!」とか平気で言ってる。
他の人は分からない会話かもしれないけど、私には通じてますから。
5分位で収まった。
お絵描きをしている人の隣りに行って、一枚欲しいポーズをした。
「書くの?何か書きたいの?」と言われて、一枚もらった。
そこに自分の気持ちや、緊張していることを書くと、スタッフも文字で返事をしてくるので「話しかけてください」と書いたら「はい・・・」と言われた。
「ちょっと、トイレのこと聞いてみて?」と他のスタッフが言っている。
「神経因性膀胱なので、よく分かりません」と書いたら、スタッフ一同「ほう・・・」と。
「字、うまくない?私よりうまいんだけど」とスタッフが言っている。
その紙をみんなで回し読みして、メンバーの人が写し書きしていた。
「緊張」とか「膀胱」とか難しい漢字は、絵のようになっていた。
でも何枚も写していた。
そこに「もう少ししたら、お話も出来るようになると思います」と書いた。
でも結局、ショートステイの間で話したのは、単語のみ。
会話ではない。
トイレは、最初は要望通り、1時間置きだったけど、なかなか出ない。
それに、スタッフがちょっとでも離れると、下半身丸出しで追いかけていく。
それからは「ゆこたんは、必ずトイレは付き添うこと」となった。
お風呂の時がすごかった。
夕方、お風呂なんだけど、「〜〜さん、お風呂行くよ」と声かけすると「ぎゃーーーーー!!!」とものすごい力でソファーから離れない。
イヤイヤをしている。
それがほとんどの人が。
私みたいに「はーい」と入る人のほうが珍しい。
みんなが抵抗するので、お風呂場にソファーごと運ばれる。
そうなると諦めるらしいが、今度はお風呂から出ようとしない。
お風呂の水を抜いても、まだ入っている。
私はその姿に圧倒されて、自分で服も脱げなかった。
ボタンに手をかけるとか、きっかけを作ってくれると、スルスルといくのだが、始めの一歩が踏み出せない。
だからいつまでもボーっとしていて、最後になってしまった。
体を洗うのも、シャンプーも全部介助。
でも洗顔だけは自分でやった。
ドライヤーも「ゆこたん、お願いします!!」と当然のごとく、やってくれる。
長い髪の人は、全然いない。
夕食後は、部屋にこもって、フィギュアスケートを見ていた。
夜のお茶は何がいいか聞かれた。
写真で、ココアとかミルクティーとか色々あった。
それぞれの種類の所に、写真が貼られていた。
私はココアの所に「ショート」の文字で貼られた。
持ってきたココアは、火傷しないように冷めていたけど、丁度、浅田真央ちゃんが優勝した所だったので「真央ちゃん、優勝、真央ちゃん、優勝」と繰り返すと「そうなの??すごいねぇ」と二人で映像を見ていたら、他のスタッフに「ゆこたんが、真央ちゃん優勝って教えてくれた」と話していた。
私はメンバーから歓迎されたようだ。
でもよだれの手で触られるのはイヤなので逃げまくっていた。
抱きついてくる人や、「ミルクティーください」と盛んに言ってくる人もいた。
スタッフから「絶対にスタッフと間違えてるよね」と笑われていた。
「ゆこたん、〜〜ちゃんと仲良しになったの〜〜。よろしくね」と言われた。
最後までくっついてたと思うと、いきなり突き放す態度をする人。
言葉はない。
2日目は、3階のメンバーから2名選出されて、車でお出掛けした。
最初、ファミレスに行く、と言われていたので「お散歩行く、お散歩行く」を繰り返していた。
待ちきれなくて、クルクル回ったり、クレヨンで壁に落書きをしたときは怒られた。
2階の男性メンバーとスタッフも含み、7名位で本当にご近所さんのドライブ。
「ファミレス行きます」を繰り返していたけど、どうやら変更になったらしく「今日はファミレスに行きません。コンビニです」と紙に書かれた。
でも「チョコパフェ、チョコパフェ」と繰り返していたら、ミニストップの角の席で、パフェもどきを買ってくれて(私のお金だが)「飲み物も選んで下さい」と言われて、豆乳を選んだ。
余り満足はしないけど、散歩は散歩。
がっちりスタッフが隣りについて、ベルトも締められ「昨日、発作があったので、一応薬を持っていきましょう」と言って、スッタフが同行したのだ。
でも帰ってきてすぐにおやつ。
しかも、どらやきと牛乳。
でも「お腹いっぱい」と言えず食べたら、案の定、お腹が痛くなった。
床に転がると、主任の人が「下手に騒がない方がいいから」と言っている。
「ゆこたん、お迎えまで1時間だからね」と声かけされた。
私はトイレの合図、つまりもう漏れている合図を、ズボンを脱ぐような仕草で表した。
ズボンを脱ぎだすと「あ、トイレね!!」と言って、パットを持って、一緒に入って交換してくれる。
ママが迎えに来て、スタッフが報告している。
「お風呂とかトイレとか、ご家庭ではどうされてるんですか?」と聞かれてた。
「まぁ、完全ではないです」と答えてた。
断られると思ったけど「又来てね」と言われた。
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携帯、そして足

2008-12-12 21:08:05 | 自分のこと
昨日、病院で携帯のふたを探し回っている間、彼も裏で協力してくれていた。
私の携帯の裏の部分は、部品としてドコモショップで取り寄せることが出来るそうだ。
その情報を見た時、その内容にも感動したけど、何よりもバカなことして病院で暗がりの中探している私を思って、彼も調べてくれていることに涙が出そうだった。
今思えば、バカじゃない?と思うようなことも、その当時は真剣なんだから、否定できない。
そこを「バカじゃん?」で済ませないで、ちゃんと説得してくれた上に、協力もしてくれた。
結果は寝てしまったけど「ゆこたんが家に帰るまで起きて待ってるから」と言ってくれた。
それでもまだ探していたのだけど。
その携帯の裏、本当は昨日のことで疲れているはずなのに、彼からの情報や、ケアKへの連絡など、そしてスカートの洗濯で、8時には起きてやるべきことをやり始めた。
ふてくさって、寝ている場合ではなかった。
ドコモショップに電話したら、近くのショップには、在庫がなかった。
でも取り寄せれば、火曜日には届くと言う。
本当は、明日の短期入所にちゃんと間に合わせたかったのだけど、ここは潔く諦めて、部品が420円で買えるのだからいいではないか、と自分を戒めた。
携帯がなくなってしまったわけではない。
部品が届けば、元の立派な携帯に戻る。
一部デコレーションが欠けてたけど・・・。
自分が悪いのだから、仕方がない。
電池パックまで落としてしまわないように、しっかりテープで貼り付けた。
携帯の件は、なんとかなりそう。

足です。(写真)
こっちは、比較的良い方の左足の膝。
右足は映像に手を加えないと見せられないえぐいものとなっています。
左足は、怪我よりも打ち身がひどいのか、腫れ上がっている。
だから数日経った今、大きなあざになってしまった。
でも化膿してしまう危険性があるようなので、しばらくは傷の所にもゲンタシン軟膏。
飲み薬だけでも複雑なのに、この膝の塗り薬と、痔の薬、お尻のかゆみ止め、軟膏だけで3種類。
塗る時間も違う。
大勢の入所者を見ている看護師が、私のこの薬の複雑さについていけるか?

私に関わる人は、どんどん病気になってしまう。
心理のI先生も、そしてあんなに元気だったK先生までも。
そして開業とはいえ去っていったY先生。
そんなに振り回してるんでしょうかねぇ?
(はい、と聞こえた)
どこの病院に行っても、誰か関わる人が病気になってやめたりする。
でも反対に「やりがいがある人だ」とか「勉強になりました」ともよく言われる。
看護師のTさんなんて、私のせいで、やる気満々になってしまった。

よくよく考えてみれば、病院であんなに具合が悪くなったのはSちゃんのせいだ。
Sちゃんとはもう連絡を取り合わない、と言ったのに、こんなメールが来た。
「来年遊ぶ時は、おごるの特別に5千円にするよ。人は悪い所も良い所もあるだから。わかってあげないといけないよ。私はゆこたんに文句言ったことないよね。私だから良いけど」というメールが来たのだ。
あれほど、もう連絡は取らないと言ったのに、自分からも”私のせいで具合悪くなるんだったらやめようか”と言ったのに、ダメだ。
Sちゃんとやり取りしていると、どんどん具合が悪くなる。
着信拒否しよう。
でもやり方が分からない・・・。
今までの着信拒否も全部、Sちゃんにやってもらってたから・・・。
どんなメールを送っても、利かない。
どんなにきつい言葉で言っても、もしくは優しく言っても、ダメ・・・。
「仲良くしよう」と言ってくる。
だからけんかじゃないって言ってるのに・・・。
アクターズの方、これを読んでたら、指導してあげてください。
私には手におえません。
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もうすぐママの誕生日♪

2008-12-12 20:46:37 | その他
もうすぐママの誕生日だ。
何かとイベントが続く12月〜3月。
忙しいけど、プレゼントを選ぶのは楽しい。
相手の顔を思い浮かべて、喜んでくれるかなぁ・・・と思いにふける。
今日は、12/13〜14に行く短期入所があるため、ママの誕生会が出来ないから、早めに誕生日ケーキを作ってみた。
小さめに作ったつもりが、中に入れるフルーツの分量が多かったのか、でかいケーキになってしまった(写真)。
でもママは喜んで食べてくれた。
それまで私もなんとなく素直になれずに不機嫌でいたのに、ママと和解した。
ママには、洋服も買ってあげてた。
今日はパパが忘年会で遅くなるからと言って、いつも彼とよく食べに行くパスタのお店へ行った。
ディナーの後のコーヒーは私のおごりで。
カプチーノとカフェオレの違いを飲み比べてみようと二つ頼んだ。
カプチーノは、シナモンの味が効き過ぎていて、私には飲めなかった。
二人で「苦いねぇ」と言いながら「やっぱイタリアだから」とか訳の分からない理由をつけながら砂糖を沢山入れて飲んだ。
ケーキを甘さ少なめにしたのに意味ないじゃん!!

明日から短期入所です。
そこは、知的障害の人の入所施設の一角にある短期部門です。
短期入所の受け入れは、男女共に2室ずつ。
女性の方は明日、来るのかな。
普段入所している人は、週末家に帰る人が多いみたいだから、短期の人は目立つ。
しかも初利用。
なのに、やたら薬が多くて複雑。
塗り薬がやっかいだ。
でもそこは入所施設だから、看護師さんがしっかりいる。
うまく説明出きるかな?
ママは私の体のこと、ノータッチだからな。
明日は、体温測定をして、体調や機嫌などについても細かく記載して提出しなければいけない。
本当は洋服全部に、名前を書かなければいけないのだけど、それは絶対にやりたくないので、もうなくなってもいいようなどうでもいい服ばかりカバンに詰めた。
本1冊にしても、所持品として、記載しなければいけない。
なんだか入院するみたい。
1泊なのに。
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昨日の外来

2008-12-12 17:33:23 | 
診察が間が開いたせいか、鬱状態の期間があったせいか、ひざが痛いせいか、大きなパニックが3回もあった。
行く時から、バスの道が混んでて、全然バスが動かない。
確実に遅刻だ、と思った時には、なんかの糸が切れた状態になっていた。
やっぱりどんなに走っても、どんなに電車に飛び乗っても、20分遅刻した。
遅刻と言うとんでもない私にとってのハプニングは、病院側もビックリで「どうしたの?」とまず言われた。
とにかくオムツを交換してもらい、ひざの様子を見てもらおうとしていたら、K先生が待ち構えていて、手招きしていた。

「どうでしたか?」と言われて「先生はどうでしたか?」と聞くと「僕は・・・あんまりです・・・」とすごく元気がない。
前にも増して元気がない。
本当に鬱状態なんじゃないですか?
いつもの勢いはなく、16日にケアKの移動支援を入れたいから、診察は18日にしてもいいですか?と聞いても「いいですよ。その考え(S先生が考えた)を自分で提案出来るようになるといいですね」と言われた。
K先生が休みに入る頃、ひどい鬱状態になった話をすると「風の便りに聞きました」と言われた。
でもどう脱出できたのかも話した。
ひざはすでに情報が行っていて「見せて」と言われたので、処置室に行って診てもらった。
看護師さんと二人で、じゅくじゅくした傷を見ながら「汚いですね」と言い合っている。
いくら自分の怪我だとは言え、私の膝を見て「汚いですね」は傷付いた。
「これは外科でしょう」とすぐに連絡を取ってくれた。

でも外科が4人待ちだと言うので、私は入院していた病棟に遊びに行った。
ピンポーン。
鳴らして出てきた看護師さんの第一声「出た!ゆこたん!!!」
その看護師Mさんは「僕もADHD代表として、アスペの会の見学に行きたかったんだけどねぇ・・・」と言っていた。
そんなに看護師中で話は広まっているのか??
でもTさんがいなかったので、仕事も忙しいだろうし「また、手紙を書いてきます」と言って、去った。
外科に呼ばれた。
足は、やっぱり処置が必要だったらしく「ひざをつかないように」と言われた。
大丈夫だろうと思っていた左足も、腫れていて良くないそうだ。
消毒されて、抗生物質を塗られ、ガーゼでしっかりとめられた。
何故か、痔の診察はスルーされた。
覚悟を決めていたのに、こういう時に限って肛門鏡を入れられない。
外科には「一人で来たの?」と驚かれ、自慢げだった。
でも軟膏の塗り方は説明が分からず、紙に書いてもらった。
外科からの帰り、トイレ!やばい!と思った。
看護師さんを捕まえていたら間に合わないと思ったので、なるべく目立たない所で漏らしてしまった。
でもイスから床に滴り、通りすがる人の目線が怖い。
どうしよう・・・。
動けずにいると、誰かから通報を受けたのか、看護師さんが来た。
「ゆこたん、どこか近くのお部屋に入ろうか」と優しく説得されたけど、フリーズしていて、ガクガクしだした。
その内、パニックになった。
うわーーーーー!!!!という叫び声で、人が集まってきた。
男性患者さんは、私のプチ裸体に釘付けである。
どこをどう通ったのか、処置室へ運ばれた。
髪パンツを半分はいた状態で寝かされ、うつぶせに寝ていたら、今度は痙攣が来た。
痙攣が来ると、自然に失禁する。
きっとその時に失禁したんだろうけど、覚醒して気付いた時、タオルケットもスカートもビショビショなのがショックで、タオルケットを頭から被り、そろそろと処置室を出て行こうとすると、また連行された。
その時は、ものすごく暴れて、手が付けられず、K先生が呼ばれた。
「おしっこが・・・」とか説明している。
師長もいた。
遠くの方から「ゆこたん、大丈夫だよ。力抜こうね」という声が聞こえた。
きっとK先生。
白衣が見えたから。
ジプレキサを私のカバンの中から探している。
いつも定位置に入れていたのだけど、最近余り飲まないから、探しても分からないような場所に入れていた。
でもみんなで探している。
「ちょっと僕に探させて」と僕は知っている、とばかりにあさっている。
そこじゃない、っていうことを言い表したいから、手を伸ばすと「力入れないで。また痙攣になっちゃうから」と言われて、手を押さえられる。
やっとポーチが出てきたとき、チャックを指差して、一斉に「ここかぁ」と安堵のため息。
そして飲まされる。
後からIさんい聞いた話だと「K先生はいいポジションにいただけよ。みんなで一斉に抑えてるのに、”ゆこたん、ゆこたん”とポンポン叩いてるだけなんだから」と不満そうに言っていた。
でもK先生、やつれてたから。
どうも、2週間休んだ分の穴埋めが、この1〜2日に集中して、かえって疲れてしまったそうだ。
もう17時近くなっていて、自分から起きて会計に行った。
今度は信頼しているIさんも一緒に。
でも濡れているスカートが気になって、まくりあげてはタオルでふいていたら「それじゃあ、私、心配で帰れないよ。電車やバスの中で、それやっちゃダメだからね」と言われた。
薬局で呼ばれた。
長い説明をタラタラとされているうちに、眩暈がしてぼーっとしてきた。
何十分もその姿だったらしく、薬局からK先生に連絡を入れたらしい。
K先生は「自分の世界に入ってしまっているから、出てくるのを待っていて下さい」と言い残したそうで、来てもくれない!と怒っていた。
その内、薬局から飛び出し、正門前のクリスマスツリーのピカピカに釘付けになった。
だけどそこは駐車場入り口。
ダメだと言われたから、どこうと思って走り出すと、車に体当たりしそうになり、とても危ない状態と言われた。
でもずーっとピカピカに見入っていた。
看護師さんたちが帰るところだった。
時々、座り込んでる私を見て「ゆこたんじゃない?」と言われるけど、その声は届かない。
いつまでも座っていたら、18時になってしまった。
さすがに移動させられるが、体を張っての抵抗。
それでも何人もに引きずられ、まゆちゃんサンダルはボロボロになり、夜間救急に連れて行かれるが、当直のB先生の声は聞こえず、抑えようとする力に全身で逆らって、すごい暴れた。
私はシャツから汗がしぼりだせるくらいになっていた。
「薬を飲んで」と言われてもイヤ。
「一人で帰れそうもないから、親を呼ぶよ」と言われてもイヤ。
とにかく「帰る!!」と言って、自分の意志を通した。
少しパニックが収まったので、帰してもらえたけど、今度は携帯の裏のカバーが外れて無くなっていることに気付いた。
大声で泣きながら病院に戻ると、当直のB先生と看護師さんと警備のおじさんが、歩いた所をライトを照らしながら探してくれた。
それでも無くて、B先生に「こういう時はどうしてるの?」と聞かれて「見付かるまで探す」と言った。
諦めることが出来ない。
もはやこだわりになっていた。
20時まで一人で探した。
病院の玄関は、夜間のほうも閉まってしまった。
ずっと外で一人で探し続けること3時間。
駐車場の入り口を探していたら、パパとママが車で来た!!
「なんで来るんだよ!!!一人で探すんだよ!!」と大声で喚いて、逃げた。
隠れながら、彼と電話で話した。
「ママの所へ戻りなさい。風邪引くよ」と促され、一番利いた言葉が「そんなに僕を心配させたいの?」だった。
「戻る・・・」と言って、一緒に探してくれていた両親の元へ行き、車に入った。
脱力感。
もうないよ・・・。
なくなっちゃった・・・。
それに親にも迎えに来てもらっちゃった・・・。
病院にも迷惑かけた・・・。
苦しくて、寒くて、しばらく動けなかった。
「家に着くまで待ってるよ」と言っていた彼も寝てしまった。
家に着いたのは、23時を回っていた。
それからパパとママは夕食を食べていた。
私はとても食べる気分になれなかった。
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どうしてクリスマスは・・・

2008-12-10 14:48:15 | 
毎年、どうしてクリスマスの時期になると、彼と波長が合わなくなるのか不思議なくらいだった。
お互いに楽しいクリスマスの計画を立てても、大抵私が何かをやらかして彼を不機嫌にさせる。
今年はそんなことがないように!!
そう祈りながら書いた昨日のブログ。
そして彼は家に来た。
でも家に来る前に本屋さんに寄った。
また突然の予定変更にドギマギしてしまう。
本屋さんに行きたいのなら、来る前に予告しておいて欲しかった。
本屋さんでも早く家に行きたくて、どうしても不満気な顔をしてしまう。
彼は時々、突然「郵便局寄っていい?」とかもよく言う。
行くこと事態に文句はない。
一緒に行くのは全然問題ない。
ただ「予告」をちゃんとしておいて欲しい。
まず自信のなかった私の手料理から始める。
お菓子作りは時々やるけど、料理は余りしないんだよな〜。
お菓子作りは分量がきっちりしている。
だけど料理は匙加減。
この匙加減が私には分からない。
だから焼そば作りでも、水80ccとかあると、きっちり80cc測る。
彼は「そこまでしなくてもいいんじゃない?」と不思議がる。
ここが困るところなのだ。
塩こしょう少々、なんて言葉は「少々って、何グラムだよ!!」って思う。
まぁ出来上がった焼そばは、普通に食べれるようには出来ていた。
彼は我が家の新聞を読んでいた。
あの〜、おやじなんですけど・・・。
3人前を2人で分けたから、どうしても彼のほうがてんこ盛りになる。
「これ、何人前だよ!!」と言いつつも、完食してました。
私の部屋に行くと、こたつが中央にある。
彼はこたつにまっしぐら。
そしてどんどん埋もれていった。
顔だけ出している。
なんかの動物みたい。
顔だけ出している彼と向き合っているのはつまらないので、隣りに座椅子を持って行って座る。
そこでマンガを読んだり、DVDを見たり、非常にまったりした時間を過ごすことが出来た。
ママが「雨が降っているから、駐車場(公園に止めていた)まで送ってくよ」と言った。
雨だし、彼はひざが痛いと言っているから、じゃあ送ってもらおうかな、と思った。
「18:10に降りてきて」と言われた。
彼は我が家の恐ろしいルールを知らない。
今まで生きてきて、1分遅れただけで、その日の動物園行きや遊園地行き、もしくは初詣行きまでパパが怒りまくって中止になったことは数知れず。
そんなパパに怯えて暮らしてきたから、18:10と言われて、のんびり支度をしている彼が、ハラハラして見ていられなかった。
18:10と言われれば、18:05には降りて行ってて当たり前の世界で生きてきた。
私は焦って、下に降りて行って、ちょっと待ってて、と言おうと思ったけど、もうママは車の中でスタンバッていた。
ママもじれったくしていたそうだ。
18:10って言ったのに、何してるの?と。
車に乗り込んだのは、18:13。
この3分は、悪魔の3分だった。
すぐに発車したママ。
部屋の点検とか、忘れ物の確認どころではない。
ママが「雨降ってるから、このカサを持って行きなさい」と渡した。
そのカサが〜〜〜!!
ママはパパを待たせているから、気が気でない。
しかも遅れて発車している。
急いでカサを持って降りた。
「ありがとうございました」と彼。
「カサさそう」と開きかけた瞬間、夜道でしかも雨が降っていて見えなかった、車道と歩道の間にある段差に気付かず、思い切り転んだ。
しかも転んだ瞬間、彼の首に私が持っていたカサが突撃した。
二人でうめく。
ママは完全に二人のことなど頭にない。
私は自分がどうなっているかより、彼が痛がっているほうが気になって「大丈夫?ごめんね」を繰り返した。
心からごめんなさい、の気持ちだった。
わざとじゃない、それはわかってくれてると思う。
でも痛いものは痛いだろう。
盛んに首を触って気にしている様子。
どうしよう??私・・・。
でも、やばいことになっていたのは、彼だけじゃなかった。
私も派手に転んでいたため、すぐに手をついたから、手袋のお陰で手は何も負傷してなかったけど、両膝から血が流れていた。
それでも彼を心配させないように「やだー!!小学生じゃあるまいし!!」と笑ってみせる。
実際、流れる血の割には、痛くはなかった。
ティッシュで抑えても、なかなか血は止まらず、どんどんティッシュが血で染まっていく。
血に弱い彼には「見ないほうがいいよ」と言って、とにかく止血。
本当は流水で流した方がいいのだけど、雨だし暗くて無理。
「マキロン買いに行くか」とか「家に一端帰ろう」の言葉が最も辛くて、申し訳なくて、そんな事態でも彼の首のほうが気になって。
「私は大丈夫だよ!!」と強がってみせても、膝からは流血。
結局、送ってもらった意味はなく、家に一端戻って、消毒液と、絆創膏を取りに行った。
車の中で応急手当をして、こんなケガより、彼に心配かけること、迷惑かけることのほうが辛いので「大丈夫だから、お寿司食べに行こう!!」と元気よく言った。
運悪く、昨日は、生理2日目。
体内からどんどん血が流れ出る。
お寿司で「血液摂取しなきゃ」とか言って、マグロを食べた。
ドヨーンとした雰囲気にはなりたくなかったので、私はいつもに増してはしゃいだ。
でも彼は明らかに、沈んでいたようだった。
家に帰って、「送ってもらわなければ良かったなぁ」と言ったら、案の定「ママの責任なの?」と悲しがってたので「冗談、冗談!!」と言いながら、彼を串刺しにした女!とかはしゃいでみせた。
部屋に戻っても、まだ血が止まっていない。
貼った絆創膏の上から血があふれ出してしまうのだ。
ママに「どうしよう・・・」と相談すると「包帯巻きなさい」と言われたので、家中の包帯をかき集めたけど、いつもリスカの時に使うくらいだから、ひざに巻くほどの太いものがない。
でもとりあえず、ガーゼをあてて、包帯を巻いて寝た。
寝る時になって、ひざがジンジン痛んできた。
朝(ではないな、12時過ぎてたから)起きてみると、パジャマまで血まみれになっていた。
これはさすがにやばいだろう・・・と通院先の病院に電話した。
「精神のことではないんでけど・・・」と。
「熱はない?腫れてない?」など聞かれたけど、よく分からず、「大丈夫だと思う」と言うと「本当はすぐに外科に行って欲しいんだけど、どうしても明日の診察まで待つと言うのなら、清潔なガーゼをあてて、何度か交換すること。絶対に守って欲しいのが、熱が出たり腫れたりしたら、夜間救急でもいいから、近くの病院で診てもらうこと。これだけは約束して」と言われた。
「カルテには記載しておきます」と。
痔が治りかけてるのに、今度はひざの治療ですか?
しかもこんなの大丈夫、と甘く考えすぎたらしく、破傷風まで疑われた。
ガーゼをはがすと、透明の液が垂れてくる。
しかも頭が痛くなってきた。
これで熱でも出たら、大惨事だ。
大人になってからのケガって、あなどれないです・・・。
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私にとっての彼

2008-12-09 10:01:17 | 
昨日ベットに就いてからモンモンと考えた。
夜にSちゃんに、再度絶縁状をメールで出した。
今度はうやむやにしないではっきりと。
そのきっかけになったメールが「いなくなるのも障害の一つなんだよ」というもの。
私がどれだけ探し回ったか。
そんなことは全く考えずに障害のせいにする彼女が許せなかった。
カッチーンときた私は「そんなに障害のせいにしたいんだったら、一生障害者として支援を受けて生きていけば。私は支援者じゃない。Sちゃんといると具合が悪くなります。入院する確率も高くなります。きっとSちゃんはこれをケンカだと思うんだろうけど、違います。それから精神の病気のことを、分かりもしないのに、胸を指して”ここだけでしょ”と言うのはやめてください。主治医の言う通り、会うのはもうやめましょう。メールもどうしてもの時以外はやめてください。くれぐれもケンカではないので。それから私の精神の病気が悪くなったわけではないので」みたいな内容を書いて送った。
後悔はなかった。
でもあれほど返事はいらないです、と書いたのに、昨日も今日もメールをしてくる。
しつこいというか、分かってないんだよね。
いくら私が説明しても無理なんだよね。
虚しくなってきた。
でも私は気付いている。
私とSちゃんは似ているから、ぶつかり合うんだ。
自分と似ているSちゃんが嫌な人物に見えてしまうんだ。

彼はそういう相談にも乗ってくれる。
結構淡白だけど。
情熱的では決してない。
私からだって彼に言いたいことはある。
前にぶじこれきにんさんに、男と女は話し合いが必要、どちらかが妥協するのはお互いの心身に良くない、と書いていながら、自分ははっきり彼に物が言えてるかと言うとそうではない。
なんでも程ほどに無難にやってしまう彼を見ていてハラハラする。
でも・・・基本的に私は彼に対して、大きなことは言わないようにした。
彼は自分でも分かっているはずだし、自分が納得しないと人から何を言われようが実行しない人だから。
私が何か言って、イライラさせてしまうくらいだったら、今を乗り越えればきっとお互いに分かり合えるはずと決め込んでいる。
彼は言う。
「先を読め」と。
そういう彼も、人の子だから、普通の人と同じ、先が読めないときがある。
それは前から言っている、持続力のなさだったり、大きな夢を見すぎだったり。
そういう時は、できるゆこたんがストップをかけます。
「そんなん、できるわけがない!!却下!!」
私はK先生じゃないけど、3年前彼と出会ってから、随分変わった。
出会った当初は、すぐに痙攣を起こしたり、パニックを起こしたり、彼を困らせた。
わざとやっているわけではないから、仕方ないのだけど。
でも最近は、そういうの減ってきた。
彼といると安心する。
でもその安心が「なんでもしていいんだ」という甘い感覚ではない。
彼といるのだから、彼女らしく、と思う。
だから「奥様」と言われた時は嬉しかったのだ。
彼がいけないことをいけないと、ものすごく叱ってくれたから、私はいけないことが分かってきた。
走っている車から飛び降りようとしたのは、どんな理由があるにせよいけないこと。
自傷も抑えている。
やればコントロール出来る。
どうしても出来ない時もあるけど。
障害があるから、恋愛は出来ない、普通に生活できない、それは間違っている。
工夫すればいいのだ。
障害は消せない。
だけど、その障害をどう活用するか。
時間も忘れて物に没頭する、ならば彼の帽子を編んであげよう。
すぐに突発的行動に走る、ならば彼と手を繋いじゃおう。
言葉でうまく伝えられない、ならばブログやメールを使って伝えよう。
いくらでも方法はある。
それを嘆いて終わらせるか、楽しく過ごすかの違い。
これから彼が家に来る。
私は彼の家に一人で行けるようになるため、電車やバス(特に使ったことのないもの)に一人で乗れるようになるため、ヘルパーさんを利用して訓練している。
でも自分で出来そうなことは精一杯やる。
今日も苦手な早起きをして、シャワーを浴びて、規則正しく朝食を食べ、彼のために作れるかもしれない焼そばの作り方の手順を研究した。
部屋も掃除をした。
まだ私に出来ることはそれくらい。
私はこんなに長い間、男性とお付き合いをしたことがない。
しかも今までは、こんなにラブラブではなかった。
相手が一方的に迫ってくるだけで、苦痛だった。
この恋愛を大切にしたい。
自分も向上してる分、彼にも負担にならないようにしてあげたい。
彼が私と付き合っていて、本当にこれは辛い、ということがあったら、絶対に教えて欲しい。
「迎えに来てもらったら、ありがとうを言うものだ」みたいなこと。
大抵私は、知らずにいるから。
多少の我慢は必要。
彼だって働いているから、たまの休みは必要だし、会社の人との付き合いだってある。
でも昔の私は、そういうの分からなかった。
なんで電話くれないの?
なんでメールくれないの?
私のことが嫌いなの?
責めた。
違う。
彼はそんな甘い考えではない。
しっかりした人間だ。
私にうんざりしてたら、3年以上も付き合えない。
それは私も同じこと。
彼のために綺麗になること。
美容院が苦痛でも、綺麗に見せたいから頑張れる。
お互いの両親の年齢も、おじいちゃん、おばあちゃんになってきましたね。
私たちが付き合っているということは、お互いの家族も巻き込んでいることです。
お互いの人生も振り回していることです。
私は彼を信じています。
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