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天声人語

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2009年3月11日(水)付

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 埼玉に住む不法滞在のフィリピン人一家が国外退去を命じられている問題に、蕪村の句を思い起こす。〈斧(おの)入れて香におどろくや冬木立〉。倒そうと斧を入れた木から生々しい香が立ちのぼった。生命力に打たれて詠んだ一句とされている▼一家の件では、親子という「生木」に入管当局の斧が入った。在留特別許可は認められず、父親は身柄を収容された。一人娘のカルデロン・のり子さん(13)を、両親と帰国するか、日本に残るかのつらい選択が待つ。立ちのぼるのは悲しみの香だろうか▼のり子さんは父母の国へ行ったことはない。日本語しか話せない。「母国は日本、心も日本人」と言う中学1年生だ。両親はまじめに働いて職場や地域になじみ、偽造旅券での入国ではあったが、この国に根を下ろしてきた▼13歳という年齢は、なかなか難しい。異国で一から出直すには日本に根を張りすぎている。だが親と離れて暮らすには、その根も幹もまだ弱い。いわば人生の早春である。両親と日本、どちらを選ぶにせよ、生木を裂かれる思いだろう▼いつも一定の基準にものごとを当てはめる、杓子定規(しゃくしじょうぎ)という言い方は江戸の昔からあった。庶民が大岡裁きの政談に喝采したのには、そうした背景もあっただろう。法は法として貴い。だが運用の妙があってもいい▼13日までに両親が帰国の意思を示さなければ、強制送還されるという。「家族3人で日本にいたい」とのり子さんは涙ぐむ。何とか手はないものか。彼女以外にも、同じ境遇で育ち、学ぶ子らが、日本には大勢いる。

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