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社説:幹細胞研究 多様な戦略で国際競争力保て

 暗いニュースが多い中で、この言葉を聞くとなんだか元気になる。京都大の山中伸弥教授が開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、日本人にとって、そんな「呪文」のひとつではないだろうか。

 ヤマナカの名前は世界に浸透し、iPSは日本発の技術として定着した。だが、スタートダッシュの勝利は、多様な戦略なしには守れない。

 米国のオバマ大統領は今週、ブッシュ政権が制限していた連邦資金によるヒト胚(はい)性幹細胞(ES細胞)研究への助成を解禁する大統領令に署名した。これで米国の幹細胞研究には、さらにはずみがつくだろう。署名式に招待された山中さんが述べたように、日本は頑張らないと取り残される恐れがある。

 実際、iPS細胞の研究に欠かせないES細胞の論文で、日本は米英に大きく水をあけられている。iPS関連研究でも、日本は「1勝10敗」と、昨年の会議で山中さんが述べている。

 科学者の間では、日本のヒトES細胞の規制が厳し過ぎ、研究を阻害したとの声が強い。ES細胞で経験を積んでいない分、iPS研究のすそ野が広がりにくかったとの指摘だ。

 確かに、ヒトES細胞は受精卵を壊して作るため、通常の細胞にはない厳しい規定がある。しかし、ES細胞の持つ倫理問題を回避しようとしたからこそ、受精卵を使わないiPS細胞が生まれたともいえる。

 ただ、これまでの実績を踏まえ、できるところは審査手続きを簡略化する必要はある。文部科学省は近く、簡略化の議論を始めるが、倫理と研究支援のバランスが取れたものにしたい。

 もちろん、論文の数だけが大事なわけではない。患者にとって重要なのは、研究をいかに医療に結びつけられるかだ。

 患者のiPS細胞から神経などの細胞を作り、再び患者に移植する再生医療への期待は高いが、安全性確保などハードルが多い。iPS細胞を利用して病気の原因を解明したり、創薬につなげる研究の方が実用化は早いと考えられ、両方をにらんだ戦略がいる。

 米国では、ヒトES細胞を用いた脊髄(せきずい)損傷治療の臨床研究を国の機関が承認した。日本では、幹細胞の基礎研究を臨床に結びつける道筋が整っていない。これを整備するには、基礎研究は文科省、医療は厚生労働省、産業は経済産業省といった縦割りを廃する必要もある。

 日本は知財戦略が弱く、この分野の人材が少ないとの指摘もある。日本と海外の特許制度の違いをよく理解した上で、人材の効率的な活用や育成にも力を入れたい。

 iPS細胞を育てる一方で、これに匹敵する日本発の成果を生み出すことも忘れないようにしたい。それには、基礎研究を大事に育成する体制が肝心だ。

毎日新聞 2009年3月11日 東京朝刊

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