【第2回】 2009年03月10日
「とりあえず」は外科医にはない言葉
「お医者さんより楽になったでしょう」
拠点病院の外科部長から、企業経営に転職した私に対して、おきまりの質問だ。それに対して私は「医者も経営も楽ではないですね」とお答えしてきた。まだまだ企業人一年生である。
しかし、最近、つくづく外科医のほうが楽だったと確信するようになってきた。確かに外科医は、日々人の命を預かり、生死を左右する判断や緊急手術、そして死のお世話など、一つひとつとても大切で、まったくごまかしのきかない職業だ。だが、逆にそれは、今思えば気楽であったとしか思えない。
「I先生が切れば早期胃がんは治る」と名医紹介の雑誌に書かれていた病院で、そのI先生の下、病棟主任として勤務していたころを思い出す。
午前の外来診察が終わると、私は一目散に検査室へ向かう。午後一番に、手術患者の術後の検査結果が、中央検査室から速報として出るからだ。
まるで大学受験の合否判定のように、受け持ち患者さんの検査結果を待つのが、外科医である私の日課だった。順調に治癒に向かっているか。合併症が起こっていないか。結果が予想通りの数字であることを祈りながら。
手術後の血液検査では、各臓器の様子が数字として出てくる。体にメスを入れるだけで血液の中の白血球は増え、筋肉や臓器から酵素が出る。肝臓から出る治癒促進物質が今の病状を数字として示す。手術後3日目の血液検査で、各項目が予測範囲内の検査結果であれば成功、異常値があれば大問題ということになる。
I先生の回診は、すべてにおいて厳重なチェックが行われる。最初に担当医ごとに全患者の術前および術後経過を簡潔にプレゼンテーションし、その後、例の院長回診の大名行列が始まる。
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柴田高
川崎医科大学卒業後、大阪大学論文博士課程修了。日本外科学会指導医。日本消化器外科学会専門医。現在は大幸薬品副社長。著書に『カリスマ外科医入門』『肝癌の熱凝固療法』がある。
現在は製薬会社役員である外科医師による医療エッセイ。患者の知らない医師の世界。病院の内側が覗ける、ここだけの話が満載。