息子の突然の死から約1年半、父親の執念が実ったということだろう。
佐賀市の路上で2007年9月、知的障害がある安永健太さん=当時(25)=が警察官5人に取り押さえられた直後に死亡した問題で、佐賀地裁は遺族側から申し立てられていた付審判請求に対し、5人のうち1人を特別公務員暴行陵虐罪で審判に付すことを決定した。
父親は警察官を告訴し、佐賀地検は「適正な保護行為だった」と5人全員を不起訴にした。審判に付す決定は起訴と同じで、それが1人だったとしても警察・検察の主張が覆ったことになる。
付審判請求は、警察官などの職権乱用や暴行といった公務員による公権力の暴走をチェックするのが狙いであり、身内の検察側が不起訴とした処分に被害者側が異を唱えることができる制度だ。審判で「何が起きたのか知りたい」という父親の願いを、ぜひかなえてほしい。
この問題では双方の言い分が食い違っているほか、疑問点も少なくない。
安永さんは車道を自転車で走行中、止まっていたバイクに衝突した。その後、駆けつけた警察官が取り押さえる際に意識を失い、死亡したとされる。
5人が安永さんに殴るけるの暴行を加え、後ろ手に手錠を掛けて死なせた-とするのが遺族側の主張だ。取り押さえる必要はなかった、とも訴えている。
佐賀県警は「安永さんが知的障害者だとは思わなかった」と説明する。挙動が不審だったとして、5人が後ろ手に手錠を掛けたことなどは認めながらも、それは安永さんが激しく抵抗したためで職務上、適正な保護だった-と言う。
告訴を受けた佐賀地検も同様の見方を示し、鑑定などから死因を心臓が急に止まる「心臓性急死」と発表した。停止原因は解明できなかったとしている。
今回、地裁も取り押さえと死亡との因果関係を認めたわけではないが、審判に付すことにした1人は「安永さんの胸などを手で数回殴打した」と認定した。これまで県警が「なかった」としてきた暴行の事実を認めたことは大きい。
警察の「保護」のあり方が、あらためて問われるべきだろう。警察官が障害者の行動を「挙動不審」と判断して保護し、結果的に死に至らしめたことが、障害者やその家族に衝撃を与え、付審判請求の賛同署名は約11万人に上った。「障害者の人権を擁護する視点が県警に欠落していた」と指摘する専門家もいる。
「保護されたのに、なぜ死ななければならないのか」。父親の素朴な不信感は、過剰な取り押さえ行為があったのではないかという疑念につながる。
審判は刑事裁判と同じように進められる。裁判所が指定する弁護士が検察官役を務めるが、この「検察官」に捜査機関への直接指揮権はない。審判は真相究明の場である。県警、検察は行きがかりを捨て立証に協力しなければならない。
=2009/03/08付 西日本新聞朝刊=