麻生政権が打って出るはずの経済政策で混迷を深めている。定額給付金騒動は、麻生太郎首相が「決着」を強調しても、支給対象などをめぐりなお混乱が続く。「選挙に勝って初めて天命を果たす」。首相がこう宣言して船出した政権は「選挙仕様」。それが最大の使命の衆院選を先送りし、選挙後に取り組むはずの課題に手をつけたことで、矛盾が噴き出し、限界があらわになっている。
「選挙になっても、河村(建夫官房長官)は選挙に強いから東京にいられる。中曽根(弘文外相)は参院議員だから、外交日程を代わりにやってもらえると思って選んだ」
今月に入り、政権の迷走を指摘された首相は側近にこう話した。
麻生政権は、選挙仕様が目立つ。
その一つが、戦後最年少の34歳で初入閣した小渕優子少子化担当相。「選挙で全国を飛び回ればいい。国会答弁なんてする必要ない」(自民党中堅)などと平然と語られる。
佐藤勉国家公安委員長も同様。当選4回。本人も驚く「サプライズ人事」で、組閣時に首相から「選挙も含めて頑張れ」と声を掛けられた。地元・栃木4区で、ねじれ国会を仕切る民主党の山岡賢次国対委員長と競合することが首相の念頭にあったのは明らかだ。
首相は衆院選を「1枚看板」で戦う考えだったため、官房長官も温厚だが地味な河村氏。調整役が務まる人材は用意していなかった。
その河村氏は給付金問題で傍観に終始。「所得制限」派の与謝野馨経済財政担当相らと、「一律支給」派の鳩山邦夫総務相、中川昭一財務・金融担当相らが綱引きを展開しても調整に入らずじまい。
10日の記者会見では、所得制限について「首相がそういう方向を打ち出しており、それに沿って結論を導き出すと思う」と語ったが、約40分後に、その首相から否定される。「河村さんに調整役は荷が重いと思っていたが、スポークスマンとしても疑問符がついた」(自民党中堅)との評価が広がる。
14日の閣僚懇談会も象徴的だった。河村氏は「定額給付金で『閣内不一致』『迷走』と批判を受けている。重要事項は十分連携してほしい」とクギを刺した。だが、野田聖子消費者行政担当相に「何が決まったのか」と問われると、「基本は三つ。全員が原則受け取る……」と、その場を引き取ったのは与謝野氏だった。
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給付金問題は選挙にらみがうかがえるもう一つの人事も影響した。漆間巌氏の事務官房副長官への起用だ。
警察庁出身は32年ぶり。情報収集・分析力が強く、警備・公安畑が長く、北朝鮮問題も詳しい。政権浮揚のため(1)民主党のスキャンダル探し(2)拉致問題進展--を担うとも指摘される。自民党内では「マルチ業者との癒着が問題になった前田雄吉衆院議員(民主党を離党)の件も漆間さんの仕事では」との見方も飛ぶ。
事務副長官は本来、「省庁の調整役」だが、政策調整経験に乏しく、前記のような役割を担っているためか、給付金問題では動きは見られなかった。危機感を強めた財務省などの幹部は園田博之政調会長代理らが陣取る自民党本部6階に頻繁に通った。首相官邸3階の玄関はひっそり静まり返ったままだった。
麻生官邸でもう一つ注目すべき人事は、首相秘書官(事務)だ。財務、外務、経済産業、警察の4省庁態勢を1人増やし、しかも筆頭に総務省から岡本全勝氏(53)をすえた。
岡本氏は麻生総務相時代に官房総務課長などとして支えた間柄。秘書官は財務省が仕切るのが不文律だが、岡本氏は入省年次も財務省出身者より三つ上。「総務省が牛耳る官邸」との見方が広がり、それが首相と霞が関の間にさざ波を立てる。
「うちがグリップを握り調整していたらこんなことはなかった。こんなんで政権がもつはずがない」。財務省幹部は冷ややかに語る。
この幹部の視線の先には、道路特定財源を一般財源化する際に1兆円を地方に移す首相の方針がある。1兆円が従来の地方道路整備臨時交付金(約7000億円)と別枠か、合わせて1兆円か、政府・与党内でいまだに意見がバラバラだ。
麻生首相は14日、次期衆院選について来春以降を示唆した。解散権をしまい込み、選挙仕様で本格的な政策課題にどう挑むのか。
「年明けからの予算審議を通じ、政権はぼろぼろになる。そのころ選挙ができるのか。来春になったら、首相交代の動きが出てくるかもしれない」。自民党内からは、こんなささやきも聞かれる。
毎日新聞 2008年11月16日 東京朝刊