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【私説・論説室から】

負の歴史から学べ

2009年3月8日

 終戦直前の一九四五年五月から六月にかけ、九州大学で、いわゆる「生体解剖事件」が起きた。

 当時、医学生として手術の手伝いや後片付けなどを命じられ、事件を目撃した産婦人科医の東野利夫さん(83)=福岡市在住=が、先に九大で開催の日本生命倫理学会の特別講演で、事件の顛末(てんまつ)を明らかにした。東野さんは事件現場に居合わせた最後の証言者である。

 この事件では、日本の戦闘機の体当たりで墜落した米軍のB29爆撃機の乗員八人が犠牲になった。本土決戦で不足する輸血の代用として海水を使うことを考え、そのための医学実験や本土空襲への報復などを兼ねて手術が行われ、戦後、軍と九大関係者合わせて二十八人が戦犯訴追された。

 東野さんによると「生体解剖事件」と猟奇的な表現でいわれるようになったのは、陸軍の命令でたまたま空いていた解剖学実習室が使われたためで、事件の本質は、人命を尊重すべき医師までが、軍の強要とはいえ戦争犯罪に加担したことにあると強調する。「戦争は悲惨と愚劣でしかない。現憲法を守り、戦争絶対反対の教訓を生かしてこそ事件の実行者、犠牲者の魂が浮かばれる」と結んだ。

 生命倫理学会が「戦争と医学倫理」を正面から取り上げたのは初めてである。

 「最先端医療と倫理」の論議も大切だが、わが国医学界の負の歴史から教訓を学ぶことも忘れてはならないだろう。(日比野守男)

 

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