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「一緒にリセットボタンを押しましょう」。クリントン米国務長官は、ロシアのラブロフ外相に「リセット」と書かれたボタンを贈呈した。米ロ両国はこのボタンを使って、核兵器の発射ボタンを廃棄してほしい。
オバマ米政権になって初めての外相会談は、新たな核軍縮条約について、年内の締結を目指すことで一致した。4月には初の首脳会談を開催する。オバマ、メドベージェフ両大統領という新指導者が、冷え切っていた米ロ関係を前に進めることを期待する。
突出した核大国である両国には、核軍縮を率先して進める義務がある。交渉が始まる新条約は、今年12月に期限が切れる第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継となる。
冷戦末期の91年に調印されたSTART1は、保有できる核弾頭を6千発以下としてミサイルなどの削減も決めた。両国は01年に「削減目標を達成した」と発表した。
しかし、後継となるはずだったSTART2は3000〜3500発に削減することを目指したものの、発効しないままになってしまった。ブッシュ政権時代のモスクワ条約(02年)は、配備された核弾頭だけが削減の対象で、保管された核弾頭やミサイルの廃棄は義務づけていない。
いまだに両国は、合わせて9千発以上の核弾頭を保有しているという。何のためにこれほどの核兵器が必要なのか。キッシンジャー元国務長官やペリー元国防長官らも「核のない世界」は可能だと論じているのだ。
オバマ大統領が、核廃絶を目標に掲げて、核不拡散条約(NPT)体制を強化しようとしていることは心強い。来春にはNPT再検討会議がニューヨークの国連本部で予定されている。核廃絶への決意を再確認する絶好の機会だ。米ロによる新たな核軍縮条約の締結は、大きな弾みになるだろう。
忘れてならないのは、NPTは誠実に核軍縮交渉を行う義務を課していることだ。4月の首脳会談では、踏み込んだ核削減を決めてほしい。両国が先頭に立ってこそ、英仏や中国も説得できるし、他国の核保有への動きを絶つことができるのだ。
米ロ間には、難題も多い。ブッシュ政権がミサイル防衛(MD)システムの東欧への配備を進めようとしたのに対し、ロシアは激しく反発してきた。オバマ大統領は、イランの核問題の解決にロシアが協力すれば、東欧へのMD配備も見なおすことを示唆した、と報じられている。この案を土台に歩み寄ってほしい。
欧州情勢だけでなく、北朝鮮の核問題やテロ対策、アフガニスタン情勢でも、米ロの協力が求められている。
超大国が共有している責任を自覚して、協調路線へリセットする時だ。
土曜日、京都市内に12人の男性が集まった。61歳から96歳。それぞれ自宅で妻や親を介護している。
「夜中に何度も起きて家内をトイレに連れて行く。体がもたへん」「おむつにしてもらいなはれ。あんたが倒れたら、だれが奥さんをみるんや」
「女房は一日、黙りこくっている。会話がないのが寂しい」「ぼくは妻と花や野菜を作ってます。一緒になにかをすることが大事やと思うで」
ひとしきりしゃべると笑顔になって帰っていく。京都に本部を置く「認知症の人と家族の会」が、2カ月に1度の集いを支援している。
厚生労働省の調査では、いまや家族を介護している人の約3割が男性だ。男性介護研究会の代表をつとめる津止(つどめ)正敏・立命館大学教授は06年、介護をしている男性295人を対象に実態を調査した。平均年齢69歳。近隣とのかかわりが薄いなかで、介護の負担と炊事や裁縫などの家事に苦労している孤独な姿が浮き彫りになった。
「男性は介護を仕事のように考える傾向がある」。津止教授は心配する。律義に目標を設定して努力し、思うような結果が出ないと落ち込んだり、介護されている人を責めたりする。
07年に厚労省が行った家庭内の高齢者虐待の調査では、加害者のなかで息子の割合が41%と突出して多く、次いで夫が16%を占めた。
働き盛りの男性が仕事を失うケースもある。総務省の就業構造基本調査によると、06年10月からの1年間に介護や看病のために離職や転職をした男性は2万5600人にのぼる。
介護休暇は取りづらい。仕事を辞めて生活に困窮し、追いつめられて殺人や心中に至る悲劇も起きている。男女を問わず、介護しながら仕事をつづけられるような職場環境を整えたい。
8日、「認知症の人と家族の会」や男性介護研究会が呼びかけ、各地のグループ10ほどが京都に集まって「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」が発足する。情報交換を重ねて、いずれは政策提言などもするという。
介護する男性の集まりが地域ごとにできるといい。悩みを打ち明け、情報や経験を伝え合うだけで、どれほど励まされることだろう。まずはそんな「ケア友」をつくることだ。
行政やNPOは、場所を提供し、料理教室など家事の技術を身につける機会を設けて後押ししてほしい。
介護保険制度を見直すことも必要だ。家族が同居していれば調理や掃除などの生活援助が受けられない。しかし、高齢の夫婦の老老介護は増える一方だ。各家庭の実態に応じたきめの細かい援助が必要だ。
家族の負担を減らして社会全体で介護を支え合う。それが介護保険の原点ではなかったか。