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●「龍神沼」は、祭りマンガの最高峰
― 結局、絵柄的には石ノ森先生の影響はあまりないと……(笑)。

みうら:やっぱり、手塚さんと石森さんってキング・オブ・マンガ家だから、おそれ多くもって感じだったからね。クラスでとてもマンガの上手い人は、すごくタッチを真似して描いてたけど、そっくりだったそれは。だから逆に言えば、模写ができなかった分良かったかもなとは思った。小学校の時やたらマンガ上手い奴って、結局マンガ家にはなってなかったりするから。模写が上手い人って、学校の絵のコンクールとかで入選したりする人だったけど、俺は一度もそんなことはないし、学校のアカデミックな美術教育では全然成績も悪かったんで、でもそれゆえになんか独創的なことはできたかもなとは思うんですけどね。こんなすごい人の影響の下にいると身動きとれないというか、もう完成形の人だから、ここから入る人はなかなか厳しいですよね。僕はのちに「ガロ」で、湯村(輝彦)さんと糸井(重里)さんがやってた「(情熱の)ペンギンごはん」っていうのを見た時に、俺でもできるかもって思ったんですよ。でも結局ヘタウマの人も上手くて描いてて、ヘタウマのウマはセンスの上手い人だったっていうことがなかなかわからなくて。下手に描けばいいんだと思って描いてたけど、単なる下手だったですよね、それは。

― そうやって、石ノ森先生とは別の道を歩んだわけですね。

みうら:まあ、マンガ家は2種類いるなあって思うんですよ。「マンガ家入門」を読んで、のちに偉い先生のアシスタントに入る人と、入らなくて「ガロ」とかに行く人っていうのは、やっぱり分かれたんじゃないかなと思うんですけどね。アシスタントに行って成功する人もいるだろうけども、先生の影響が強いから結局自分の個性を出せずにやめちゃった人もたくさんいると思うから、この「マンガ家入門」は、“少年のための”って堂々と書いてあるけど、確実にけもの道のことを少年に教えた1冊だと思うんですよね。いちばん大切な、食えるか食えないかということは、小さい頃にはわからなかったから。マンガ家の健康のことまでは書いてあったけども、食えない人もいますっていうことは書いてなかったような気がする。やっぱり“少年のための”だから、夢があるということだったんでしょう。そこは隠し味としてわざと書かなかったのかもしれないしね。まあ才能とか感受性とかっていう言葉はすごく書いてあったけどね。あとは、いい編集者の人に出会うっていうことも書いてなかった。俺が書こうかな、そういうのは(笑)。いい編集者の人に出会うのは運だからね、これは。そういう人が育ててくれたりするということは、自分がマンガ家で食おうと思った時にわかったことだったけど、それも、“大人のための”だったら書いてあったかもしれないね。いろんな人が、この1冊さえ持てばマンガ家になれるって思ってたし、僕もこれ読む段階ではすごくいい調子で行ってたのにね(笑)。でもこの本、人生のベストテンには入るし、秋田書店けっこう入ってるっていうことがわかった(笑)。「怪獣画報」と「マンガ家入門」の2冊は確実に、自分の人生を変えてくれた本だったと思います。

― みうらさんが石ノ森先生に対して持つ印象というのは、どんな感じですか?

みうら:「仮面ライダー」以降の「(がんばれ!)ロボコン」とかあのへんは、これも石森さんかこれも石森さんかとびっくりしたけどね。幅の広さがすごいですよね。なかなか出ない人だよね、こういう王道な人。

― 王道でありつつ、幅広いジャンルをお描きになりましたからね。

みうら:その王道があってこそ、王道じゃないマンガも出るからね。王道の人がいるっていうのは大きいですよね。常識があって非常識があるみたいなもんですから(笑)。自分は結局非常識なほうに行ったけど、それは常識というか王道のマンガ家の人を見たから行けたんだと思うけどね。

― 非常識なものばっかりになってもつまらないですからね。

みうら:王道な人がいる時代っていうのはいいですよね。そういう人がたくさんいる時代に育ったから、自分は幸せだったけどね。円谷英二さんもいたし、石森さんもいたし、梶原一騎さんもいたし。今と違うのは、今は王道がいないことですよね。王道の年齢に達してる俺らが王道じゃなかったということが(笑)、とても若い人にはかわいそうだと思うね。

― 石ノ森章太郎萬画大全集の読者に向けて、お薦めの言葉がありましたらお願いします。

みうら:(若い読者は)どう受け取るんですかね。でも、また時代は一回りするだろうから、そういう王道なマンガというのが新鮮だと思うけどね。今はもう、けもの道のマンガが多いから、そういうところにこういう正統マンガを読むと新鮮さがあると思います。俺なんかの時に、講談社で復刻版の「のらくろ漫画全集」というのが出て買ったんですよ。(のらくろは)もう自分の時代ではなかったんだけど、構図とかキャラクターの作り方とかがその時はすごく新鮮に思ったんですよね。映画でも、中学の時に「ビバ!チャップリン」というシリーズでチャップリンの映画がリバイバルされました。スティーブ・マックイーンの「ゲッタウェイ」とかああいうのをやっていた頃だったけど、逆にすごい新鮮でしたよ。そういうかつての王道なものって、すごい新鮮に見えて影響を受けましたね。だから時期的には、また来るかもしれないですよね。どんなことも時代性があるし、マンガって特に時代を反映してるから、昔のギャグマンガを今笑えるかっていったら確実に笑えないけど、王道のマンガに対しては、時代がまた来れば、とても新鮮に受け止める目が育ってるような気はするけどね。石森章太郎さん・手塚治虫さん・ディズニーみたいな王道の人って、パロディになりえたけど、今のマンガのパロディってなりえないんだよね、王道じゃないから。やっぱりどっかいろんな影響を受けてたりするから。

― 気がつかない間に影響を受けていることもありますよね。

みうら:「龍神沼」が「マンガ家入門」に載っていて、子どもからしたらしぶい話だなあと思ってたけど、4年くらい前かな、「とんまつり」っていう企画で毎月いろんな各地の祭り、変な祭りばっかり見に行ったけど、やっぱりいつも思い出すのは「龍神沼」なんだよね。文章書いてても、いつもたとえが「龍神沼のようだった」って書いてあるんだ(笑)。この「龍神沼」っていう作品は、なんか匂いがするんだよね。なんていうか不思議な、祭りの最中の火を燃やしてる匂いとか、祭りの終わった感じの匂いとかがしたんですよ。いい年こいてお祭りに行っても、同じ匂いがする。だから、祭りマンガとしては最高峰だね、「龍神沼」っていうのは。

― 同世代の方々にはそれはわかってもらえるでしょうね。

みうら:「それって龍神沼じゃん」って飲み屋で言って通じるのは俺らの世代だけだよね(笑)。それも「マンガ家入門」で読んでるでしょうっていうことなんだけどね。俺は、東京に出てきた時にこれ(「マンガ家入門」)持ってきたんですよ。これと「横尾忠則大全集」というのを持ってきてて、やっぱり(目指す)道はイラストレーターかマンガ家だったんですよね。

― それは何か象徴的ですよね。

みうら:表紙にこういうキャラがいっぱいいるっていうの、俺、きっとやりたかったんだ。全然気がつかなかったけど、これ、「マンガ家入門」だったんだな。
(注:みうら氏、ふと思いついて書棚から自身の著書「はんすう」を取り出す。みうら氏のキャラクターが整然と並んでいるカバーで、「マンガ家入門」の初版の箱絵となんとなく似ている)
とりあえずキャラクターを増やすっていうのは、石森さんから学んだんだね、きっと。手塚治虫さんも、ランプとかああいうキャラクターが出てくるし、まずキャラありきっていうのは、ここから学んでたんだね。

― でもこのカバーは、この初版の箱を持っていたからこそできたことですよね。

みうら:そうですね。この初版の箱じゃないとこれは出ないですね。

― こっちの(本体の表紙絵の、キャラクターに囲まれた)絵じゃなかったんですね。

みうら:自分のキャラクターに囲まれてるやつは、ほかの本でやりましたね(笑)。当時、僕らが小学生の頃のマンガ家のイメージはこれですよ。自分のキャラクターに囲まれてマンガを描いているみたいなイメージ。それがこの表紙で刷り込まれてるんだよね。気がつかなくても刷り込まれてやっていることって多いですよね。

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