― 今回は、石ノ森先生を古くからご存じの方、トキワ荘時代からのお仲間であった鈴木伸一さんにお話をおうかがいしたいと思います。石ノ森先生と最初にお会いしたときのことは覚えていらっしゃいますか。
鈴木:最初はトキワ荘ですね。僕がトキワ荘に入ってしばらくして彼がやってきたんです。そのときは高校を卒業したばかりだったのかな、まだ学生服を着ていましたね。身の回りの物を入れたボストンバッグを持ってやってきて、寺さんや藤子氏も集って紹介しあったりして。僕の隣の部屋が空いていたからそこに入ったんですが、そこは夕日が当る部屋だったものですから、廊下を隔てた前(向かい)の部屋に移ったんですよ。そこは朝日は入って気持ちがいいので、そこがずっと彼の部屋になりました。
― 最初にお会いになったときの印象はいかがでしたか。
鈴木:なんというか、彼はヨン様のような美青年じゃないですからね(笑)。ニキビが多い丸い顔は見るからにエネルギッシュな感じでしたね。……彼が描いているマンガはすごくスマートで、かわいい少女とか、格好いいキャラクターが多いので、作者もそういったタイプの人だと思っていたのですが……思い込みとのギャップはすごくありました(笑)。
― トキワ荘でお会いする前に、作品はご覧になっていたんですか。
鈴木:彼も僕も「漫画少年」の投稿から出発していますから、お互いに存在は知っていましたね。彼は投稿漫画時代からちょっと目立つ存在でしたから。
― 投稿の常連であったというお話ですね。
鈴木:僕が最初に感心したのは、(デビュー作である)「二級天使」からですが、ああいう連載マンガをいきなり始めたりしましたからね。うらやましいと思いました。
― 当時としては大抜擢だったんでしょうか。
鈴木:そうですね。キャラクターとかの描線がディズニーや手塚先生の影響だとは思いますが、柔らかくて流れるようなペンの線で、非常にスマートな感じがしました。
― 今までのマンガとはちょっと違うという感じだったんですか。
鈴木:当時のマンガは手塚先生の影響の多い絵が多かったように思います。藤子氏たちのマンガにもそういった感じはありましたね。ただ石森氏のマンガがほかのマンガと少し違うのは、内容はファンタジーでしたが、キャラクターの誇張が強めで、マンガマンガした感じの作品でしたね。
― その頃トキワ荘にいらっしゃったのは、どなたですか。
鈴木:僕がトキワ荘に入ったときは、もう手塚(治虫)先生は他のアパートの移られた後でいらっしゃらなかったんですが、寺田ヒロオ氏と藤子不二雄(藤子・F・不二雄、藤子不二雄 )氏がいました。僕は三番目の入居者なんです。僕のあと石森氏が入ってきて、赤塚(不二夫)氏、森安(直哉)氏が入ってきて、どんどん増えていきましたけどね。
― トキワ荘での生活というのはいかがだったんでしょう。いろいろな作品でかいま見てはいますけれども……。
鈴木:だいたいご存じだろうと思いますが、ああいった学生寮的な感じでしたね。石森氏は、彼を中心に東日本漫画研究会というのをやっていましたから、そのグループである長谷邦夫氏とか横山孝雄氏とか、そういった人たちが頻繁に出入りしていました。僕はそれまで、そういったグループの人たちとは付き合いがなかったんですが、トキワ荘のおかげで付き合うようになりました。
― 住人の方々だけではなくて、いろいろな方が出入りして交流していたんですね。
鈴木:僕がいたのは初期のころでしたから、まだそれほどではなかったんですが、寺田ヒロオ氏や、藤子不二雄(藤本弘氏、安孫子素雄氏)がいたので、いろんなマンガ家の友だちや編集者の人たちが来ていました。
― トキワ荘の向かいにラーメン屋があったそうですね。
鈴木:「松葉」ですね。トキワ荘を中心にした新漫画党というグループがあって、ときどき“会合”といって集っては雑談なんかしていたんですが、腹が減ってくると、誰か伝令が走って行って近くの松葉にラーメンを頼んでくるんです。当時はまだ誰も電話を持ってなかったので……たいてい安孫子(藤子不二雄 )氏とかが走って行って注文してきました。すると間もなく廊下をぎしぎしならしながら出前がやってくるんです。みんな地方出身だからラーメンというものに出会う機会は少なかったのか大好きでしたね。本当に美味しかったし、当時の僕たちにはごちそうでしたね。(注:鈴木伸一氏は、藤子不二雄氏のマンガ「オバケのQ太郎」に登場するラーメン大好き小池さんのモデルでもある)
― トキワ荘は、それから何年かして出られたんですね。
鈴木:僕は1年ぐらいしかいませんでした。その1年ぐらいが、みんなが集っていていちばん面白い時代でしたね。寺田氏や藤子氏、永田竹丸氏、森安なおや氏、坂本三郎氏といった人たちが新漫画党というグループを作っていて、「漫画少年」を主に活躍の場にしていましたが、それに参加して……つのだじろう氏も加わり、石森氏もトキワ荘に入ると同時に加わり、赤塚不二夫氏も入って、どんどん人数がふえていくわけです。1年ぐらいして、僕は上京した時にお世話になった中村伊助先生の紹介で、フクちゃんのマンガ家横山隆一先生のおとぎプロというスタジオに行ってアニメーションの仕事をすることになりました。トキワ荘を出るのは残念でしたが、もともとアニメが好きだったし、横山先生のファンでもありましたから、大喜びで行ったんです。当時はアニメのことを漫画映画といっていた時代です。
― 「ひょうたんすずめ」などの作品を制作したところですね。
鈴木:そうです。初めてタッチした作品は「ふくすけ」です。毎日、横山先生のそばでアニメの仕事ができるなんて夢のような日々でしたね。石森氏も宮城県にいるときからディズニーのアニメーションが好きで、ディズニーのファンクラブに入っていて投稿なんかしていたほどです。ディズニーの「アート・オブ・アニメーション」という分厚い本を2冊も買って持っていて、1冊を僕に分けてくれました。
― 当時はだいぶ貴重な本だったんじゃないですか?
鈴木:とても貴重な本でしたね。ちょうど「眠れる森の美女」という長編が完成した頃で、その作品をもとに、今までのディズニーの歴史とアニメ制作の工程などがのっている豪華本でしたね。当時はまだアニメの参考書などがあまりない時代でしたから、たいへん勉強になりました。
― その頃、石ノ森先生といろいろな話をされたと思うんですが、やっぱりアニメの話、マンガの話が多かったんですか?
鈴木:アニメの話はしたかもしれませんね。ほかの人ともそうですが、マンガの話はあまりした記憶はありません。彼はやはりSFが好きで、あちこち古本屋を回って、早川のSFシリーズとか、ミステリーをどっさり買い込んできて読んでいましたよ。部屋に行くとたくさん積んでありました。押入れにもいっぱい入っていたので、そんなに買っていつ読むんだ?と聞くと、毎晩眠る前に必ず1冊読むんだ、といっていましたから相当な読書家ですよね。すごいなと思いました。
― 永井豪先生にもお話をうかがいましたが、なにか暇があると本を読んでいらっしゃったそうですね。
鈴木:そうですね。当時はやはり本が知識の源でしたからね。後年、彼の家に行って、彼のプライベートルームをみたら、今度は膨大な数のビデオが棚にならんでいました。そのときの話では2万本ぐらいある、と言っていました。やっぱり寸暇を惜しんで観ていたようですね。
― 映画をビデオでコレクションなさっていたそうですね。
鈴木:彼の場合、特に映像作品からいろんなヒントを得ていたと思いますね。それで得たものが作品に反映していたのではないでしょうか。手塚先生もそうですが、石森作品の絵は実に動きのある絵が多いですよね。アングルも映画的で、まあ現在のマンガはみんなそうですが、石森氏や、手塚先生や、藤子氏など、マンガ初期時代から先駆的な仕事をしたマンガ家は映画館が勉強の場でしたね。石森氏も映画が大好きで、そこからの栄養が彼の作品に大きな花を咲かせていると思います。そしていつも何か新しい事をやろう、他と違ったことをやりたいとう非常に意欲的な人で、コマのいろいろな切り方などにもその一端が感じられますよね。その膨大な作品群の中でも僕が意欲作として、いちばん好きなのは「ジュン」です。あれはまさにイメージのおもむくまま、ペンが走るにまかせて描いた傑作で、いちばん石森氏らしい作品だと思います。
― 当時のマンガとしては斬新ですよね。
鈴木:今でも斬新だと思っています。あの作品はマンガというより映像詩ですよね。イメージのすごさ、絵の動き、カット割り、レイアウトの面白さ、そして詩情。石森氏しか描き得なかった作品ではないでしょうか。僕はいつも「ジュン」をアニメーションにしたいと思っていましたが、「佐武と市」のように主人公がいるわけではないのでオモチャとかお菓子など商品化ともつながらないし、今はチョット無理かなと……。
― キャラクター主体ではないですね。
鈴木:作品を通してのキャラクターはなく、ディズニーでいえばシリー・シンフォニー・シリーズのように、作品1本1本の良さで勝負するものなんでしょうね、これは…。ディズニーもシリー・シンフォニーが、幾つもアカデミー短編賞を取ったように、これはこれで映画なら可能性がないわけではない。大分前の話になりますが、テレビで「祭だワッショイ!!」というバラエティ番組があって、その中に歌謡曲をマンガキャラクターを使ってアニメ化するものをスタジオゼロで作っていたことがあるんですが、そこで「ジュン」を手本にしてやったことはあります。
― 今で言う、ビデオクリップみたいなものでしょうか?
鈴木:う〜ん、ちょっと違うと思います。例えば北島三郎とか、都はるみだとか、ちあきなおみだとか、大御所の歌謡曲をギャグなどを交えてハチャメチャにしちゃうアニメだったんです。いま思い返してもあんな面白いコーナーはなかったなと思うくらい、ヘンで面白かったんですが、その中に、「希望」とか、「知らないで愛されて」という歌があって、これは石森氏の「ジュン」の雰囲気でいこうということでやりました。好評でしたよ。(注:岸洋子の「希望」、佐良直美の「知らないで愛されて」の歌謡マンガは、石ノ森章太郎大全集の全巻購入特典DVDに収録予定)
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