― 今回は、35年前に「仮面ライダー」の主人公・本郷猛を演じられた俳優の藤岡弘、さんに、「仮面ライダー」の思い出を含めて、石ノ森章太郎先生の人と作品についておうかがいしたいと思います。藤岡さんは、1971年の撮影時から、マンガ版の「仮面ライダー」はお読みになっていたんでしょうか。
藤岡:本郷猛役をいただいたときに読ませていただきました。当時としては斬新な内容に、衝撃を受けた記憶があります。動きのある絵のタッチにすごいパワーを感じましたし、今までにないドキドキするようなマンガで、想像がふくらみましたね。ただ、当時はCGもない時代ですから、どのように映像化するのかがわからなくて、果たして自分が演じられるのかという不安もありましたが、これが映像化されたら面白いだろうなという期待がありました。
― 環境破壊などがテーマとして取り上げられ、それが科学を悪用するショッカーと自然との共存を象徴するライダーとの戦いに置き換えられるという、時代性を反映したところに共感を覚えたのでしょうか。
藤岡:僕は、当時から社会情勢や国際情勢というものに興味がありました。当時の日本はまだ発展途上で、戦後の混乱期を越えて、すさまじい勢いで工業力や科学力を駆使して頑張っていた頃です。徹夜で働いてフル稼働しているような状況で、カギっ子といわれる子どもたちがいっぱいいた時代でした。東京にも、ビルが建ち、造成地がどんどん作られているという社会の変化の渦中にあって、公害が大きな問題となって登場した。工場排水の垂れ流しとか、光化学スモッグとか、生産工程の負の部分がいろいろ出てきて、それが絶えず新聞をにぎわしていた時代でもありました。人々はエネルギーに満ちていて夢や希望を持っていましたが、同時に社会不安が背中合わせにある状況の中で、「仮面ライダー」はひとつの大きな象徴的な存在としてとらえられていたわけです。私は、仮面ライダーがバッタの改造人間であるということに感動したんです。環境破壊のバロメーターといわれるほど、昆虫類、特にバッタは非常に環境の変化に敏感です。環境破壊の被害者ともいうべきバッタを主役に持ってくる石ノ森先生の考えの深さ、未来に対する思いや世の中に対するメッセージを、まだ若かった自分にもキャッチすることができました。これはやりがいがあるなと思いましたね。
― その頃20代で、役者としても上り調子の時に、いわゆる子ども番組ということで抵抗を感じることはなかったのでしょうか。
藤岡:僕自身は全く抵抗はありませんでした。僕は、松竹という老舗の映画会社にいて、映画界が斜陽になっていった最後のほうのスター候補生、研究生だったわけですが、松竹というのは文芸路線が主流で、女優王国と言われていました。ですから、僕はアクションものなどを通じて、男の生き様を見せるような方向性を探っていたのですが、なかなかそれを見せる場がなかった。そういう中でこの作品と出会い、内容の深さに引きつけられて、なにか魂をくすぐられるような感じがしましたね。主人公が自分の思いや強固な意志によって、意義と大義を持って戦うという、その目的と動機が非常にわかりやすく伝わったんですよ。また、この中に善と悪が非常にわかりやすく描写されていて、感じ入るものがありました。僕にとっては、ただのマンガじゃなかったんです。
― 有名なエピソードですが、藤岡さんは「仮面ライダー」の撮影中にケガをされて、降板の危機にさらされました。しかしそこで、プロデューサーに復帰したいという強い意志を見せたというお話ですが、やはり思い入れがそれだけ強かったのでしょうか。
藤岡:そうですね。どうしてもこれだけは自分がやり遂げたい、だからなんとしても復帰したいという意志がありました。それはやっぱり、この役を自分が演じ始めて、すごくやりがいを感じていたからです。自分も子どもの頃に、ヒーローに耽溺していました。僕にとってのヒーローは鞍馬天狗だったんですが、非常に感化されましたね。あわや、すべて悪によって支配されてしまうんじゃないかというところで、鞍馬天狗が現れ、悪党をばったばったとなぎ倒して人々の窮地を救う。いつもぎりぎりの、最後にしか出てこないんですよね(笑)。その鞍馬天狗の勇姿に感動した少年の頃の思い出は、僕の魂に燃えて残っていたんです。それが、仮面ライダーを演じることにオーバーラップしていたんだと思います。時代が変わっても、共通なものがあるじゃないですか。鞍馬天狗は黒い覆面を被り白馬にまたがって戦うわけですが、仮面ライダーは仮面を被り二輪に乗って戦う。内容は時代性で違ってきますが、そこには共通するものがありますね。
― 自分が憧れたヒーローを、時代に合わせて新たに生み出すことに意欲的だったわけですね。
藤岡:まさに新しいチャレンジでした。初めてのことですから、どんなふうに描かれるのか、自分が仮面を被って演じるのかどうかなどいろんなことを考え、不安もありましたが、すべてが新鮮な挑戦でしたね。僕は、映像の世界でたくさんの感動をいただいたんです。鞍馬天狗しかり、宮本武蔵しかり。当時、映像三昧といってもいいくらい、東映や日活がさかんに映画を作り、アメリカ、フランスなどから国際的映画もどんどんと輸入されていました。そこからものすごい刺激を受けた自分としては、その世界で自分の気持ちを叩きつける、自分が感じたものを俳優として表現できるということに魅力を感じていました。特に僕は、父が武道家でもあって、小さい頃から武士道精神を叩き込まれていたし、そういう映像ばかり見ていたから、正義に対する思いというのがどこか僕の中に眠っていて、共感するものがあったんだろうなと思います。
― 本郷猛は、ショッカーによって改造人間にされてしまうという、非常に特殊な運命に翻弄されるわけですが、演じるに当たってはどうお感じになりましたか?
藤岡:肉体を改造されてしまって、しかし脳は改造されなかった。あり得るなと思いましたよ。面白いし、俳優としてはとてもやりがいのある芝居だと思いました。自分が改造されていることを人に話せないし、相談するわけにもいかない、孤独な戦士なわけです。そこに感動があったので、その葛藤を特に大事にしたいと思いました。痛みを背負ってひとりで戦う、それは人類共通の痛みではないかと僕は感じて、誰しもあり得るなと思ったわけです。そしてまた、ショッカーの怪人も元々人間である、つまり、実は自分だということです。自分も脳を改造されてしまったらショッカーと同じになっていたわけです。その、自分と同じ立場の人間と戦って、倒さなければいけないという哀しみ、そこを僕はどうしても表現したかった。僕の演じたものが、憂いを含んで暗すぎるんじゃないかとも言われましたが、そのことをいつも頭に入れて演じていたからです。ショッカーを倒しても喜びがなく、呆然と立ち、哀しみに満ちた顔でたたずんでいたというのは、そういうことだったんです。
― もしかしたら、「倒した敵は、自分自身なのかもしれない」ということですね。
藤岡:そういうことです。自分と同じ仲間、同類を倒しているわけですから。たまたま自分は脳を改造される前に緑川博士に助けられ、九死に一生を得た。だけど二度と人間には戻れない、一生自分の痛みと苦しみを背負い、ひとりで戦う。俳優としては、そこにすごく感じ入るものがあったんです。
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