ー 今回は、石ノ森章太郎萬画大全集の発刊を記念しまして、SF作家の小松左京さんにお話をうかがいたいと思います。
小松:すごいねえ、500巻というのは、ちょっと信じられない数だなあ。……章さん、最初は石森章太郎と言っていたのが「ノ」を入れて石ノ森になったのは、いつ頃だったかな。
ー マンガ家生活30周年記念の年でしたから、1986年くらいですね。
小松:そうだね。それまでは「石森章太郎」だったんだ。(「ノ」を)入れたほうがいいという話を姓名判断か何かで聞いたって言ってたかな。
ー 小松さんが、「石森章太郎」のマンガを知った最初の頃、印象に残った作品は何でしたか?
小松:僕が非常に鮮明に覚えているのは、「佐武と市(捕物控)」なんだ。「サイボーグ009」も良かったけど、よく覚えてるのはやっぱり「佐武と市」かな。
ー どういう点が印象的だったんでしょうか。
小松:やっぱりあれは大人向けという感じだったんだね。……それから、彼が、僕の「くだんのはは」をマンガ化してくれたんだけど、あれは僕は感動したね。よくここまで描いてくれたと。(注:1970年「別冊少年マガジン」掲載)
ー 「くだんのはは」は、非常に原作に忠実にマンガ化されていますね。
小松:そうなんだ。自分の作品は文字だけれど、そのイメージをうまく、非常にきれいに、奥深く再現してくれたんだよね。それで彼を見直したんだよ。……もっと前には「宇宙人ピピ」というのがあって、僕の最初のテレビアニメというか、アニメと実写の合成だけど。それを絵本にしてくれたんじゃなかったかな。
ー 「宇宙人ピピ」の頃(1965年)は、すでに石ノ森先生とは直接お会いしていたんでしょうか?
小松:うん、会ってましたよ。ただ、やっぱりマンガ家というのは締め切りに追われてて、手塚(治虫)さんもそうだったけど、石ノ森さんもなかなか会えなかったね。手塚さんも、「(鉄腕)アトム」をかたっぽで連載しながら、かたっぽでアニメやってたから、大変だったんだ。日本SF作家クラブの会合に、1時間2時間くらい遅れてくるのは平気でね、「てづかおそむし」とか「てづかうそむし」なんて呼ばれてた(笑)。……それにしても500巻ってのはすごいねえ。やはりそれだけの力があったんだろうね。
ー そうですね。とても早くお描きになりましたし、ジャンルも多岐にわたります。
小松:それに、僕の「くだんのはは」でもそうなんですけど、丁寧に描くとすごくいい絵を描くし、線がきれいなんだ。
ー 「くだんのはは」は、原作だと、おどろおどろしい世界というのが、戦争という背景と相まって、非常に不気味な雰囲気が出ていると思うのですが、石ノ森先生のマンガだと、そういうのもあった上で、どこか愛らしく、哀しげな感じに描かれていますね。
小松:そうそう。そうなんだよね。僕はそこにある意味感動したんだ。マンガというのは子どもに読ませるんだから、ああいう一種のサブリメーションがなきゃいけないな。……石ノ森さんは忙しい人だから、一緒にゆっくり飲むという機会はなかなかなかった。でも、「くだんのはは」のときは、彼をわざわざ呼びだして話をしたね。
ー それは、こういうふうにマンガ化してもらいたいというようなお話だったんですか?
小松:いや、そうじゃなくて、できあがった作品を読んでから、感動してさ。
ー ああ、そうなんですか。
小松:たとえば、最後に出てくる女の子のシーンなんか、小説じゃ、とてもあんな雰囲気は出せない、それで感動したという話をしたね。
ー 石ノ森章太郎萬画大全集の刊行に対して、一言メッセージをお願いします。
小松:読者のメインになる世代は、団塊世代以降だろうから、若い世代になると、石森さんの古い作品は知らないだろうね。絵の紹介だとか、それに対する一種のガイドをいろんな形で出してやってくれないかな。売ろうと思ったら、テレビCMくらい出してほしいよ(笑)。
ー 今回の全集は、角川書店の60周年記念事業の一環として発刊されますが、これを皮切りに、日本のマンガのアーカイブスを残していく作業ができればと思っています。大切な日本の文化ですから。
小松:僕も応援するけどね。これは文部科学省あたりがきちんとやってくれないかな。
ー 来年には、小松左京全集が刊行される予定だそうですね。マンガ界のひとつの頂点といえる石ノ森章太郎全集とSF界のひとつの頂点である小松左京全集が同じ時期に出るというのは、不思議な巡り合わせですね。相乗効果があればうれしいのですが。
小松:そうだね。そうなるといいね。
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