― マンガというジャンルの中で、SFというのはひとつの大きな潮流だと思うのですが、当時、マンガ側からのSF小説への刺激というものはありましたか。
筒井:そりゃもうありましたよ。あの当時は、マンガもそうなんだけど、特にアニメですね。マンガからアニメになったというのが多いからね。SF作家とマンガ家との交流ももちろんありました。僕はあんまり好きじゃなかったけど、SF作家はみんな、アニメに関わってたり、マンガの原作やったりしていましたから。で、当然、マンガについても一家言持ってる連中ばかりでしたね。
― やはりマンガ家の方々も、日本に限らずSF小説から刺激を受けたという、相互作用的なものがあったんでしょうね。
筒井:それはあると思います。野田宏一郎(野田昌宏)のセリフではないけれども、「SFは絵だねェ」と。もちろん、マンガには絶対ならないようなSFもあります。思弁的なやつとか、めちゃくちゃペダントリックなやつとか、そういうのはダメだけども、ほんとにすごいのは絵ですから、そういういいSFはやはり、マンガ家としては絵にしたくなるでしょうね。
― 筒井作品は、マンガ化しづらいものが多いような印象があるのですが、実際にはけっこうマンガ化された作品も多いですね。
筒井:まあね、これだけ書いてりゃ、マンガにしやすいやつはいくらでもありますよ。まあ、しにくいやつのほうが多いですけど。「パプリカ」なんて、(マンガに)なるのかなと思ったけど、ちゃんとこんな分厚い本になっちゃったね。
― ご自身としては、小説でこそ表現できるものを作っていらっしゃるおつもりだと思うんですが、それがマンガ化されることに対しては、いかがですか?
筒井:楽しみですよ。それはやっぱり、どういう風に料理しているかというのがありますし。それからやっぱり、絵を見ますね。自分のイメージ通りであればうれしいし。
― 何か違う、と思うこともありますか?
筒井:違うなら違うでそれが楽しいんですよ。山上たつひこの「アフリカの爆弾」なんてメチャメチャだけれどもね、あれはもう彼のものになっているから、あれは面白かったですね。……これ(「ベトナム観光公社」)なんかも、もっと崩してもよかったですね。彼(石ノ森)自身のマンガの別のキャラクターを持ってくるとかしても面白かったんじゃないかな。彼自身が出てくるとかね。
― ちょっと思ったんですが、この主人公が途中でギャグっぽいキャラクターに変わるんですけど、これは筒井さんご本人のお顔なんじゃないかという気がするんですよ。前髪がちょっとかぶっていて。
筒井:(マンガを見て)ああ、こりゃそうですね。最初(扉ページ)のこれは僕の顔だしね。やってくれたんだな。
― ストーリー的には原作に忠実になっていますが、そういった遊びの部分、にやりとさせられる部分がありますね。
筒井:そうですね。……以前、実業之日本社から、僕の小説をマンガ化した作品を集めて、全集にしようという話があったんですよ。ちょうどそのとき、彼が日本漫画家協会の常務理事になった。「ベトナム観光公社」を収録させてほしいという話が出たその頃、差別問題がいろいろとあって。この中に黒人の絵が出てくるでしょう。それを出したら当然何か言われるだろうと考えたんでしょうね、彼は、(収録を)断ってきたんです。仕方ないね。彼がそんな騒ぎに巻き込まれたら気の毒だし、マンガ家が差別問題で騒いでいるのを彼自身が調整する役だったから。
― 一時期、黒人の唇を厚く描くというのが問題にされましたね。
筒井:だから、マンガ家を集めたり、会議開いたり、あのときは石ノ森さんも忙しかったみたいですね。……そういう事務にも優れてたですね、彼は。真面目なんですよ。「日本経済入門」とかを描いたじゃないですか。あんなのはやっぱり彼しかできない。
― 後年の代表的作品が、「マンガ日本経済入門」と「HOTEL」ですね。
筒井:彼が経済のほうに興味を持ったのは、印税収入とかあるじゃないですか。経済的な問題に、関わらなければ仕方なかったんじゃないかな。
― 身の回りの興味あることなどをどんどん作品に取り入れたんですね。
筒井:そのへんは貪欲だったね。でも、ああいうタイプの人は、小説家にはいないですね。なんでもかんでもやるという人。それから、自分の身の回りに起こったことなんかをなんでも取り入れる人。そういうタイプの人はあんまりいないな。
― 石ノ森章太郎萬画大全集は全500巻ということで、マンガのアーカイブ、マンガ遺産として残していこうと考えておりますが、マンガ作品の文化的価値をどうお考えになりますか。
筒井:当然のことだけれども、大事なのは埋もれているものや短編ですね。作家でもそうなんだけど、3ページの作品とか、そういうものまで全部含めなければやっぱりダメですよね、全集である限り。それが全集としての値打ちでしょうね。よく、有名なものだけを集めて全集なんて言ってるのがあるけど、あれは全集じゃないです。中上健次だって全集が出たけど、彼が書いたマンガの原作が入ってないんだよ。だからほんとの全集じゃないんだ。それは、僕は読んでないけど、話によると大傑作らしい。
― 「ベトナム観光公社」のマンガ化のときには、石ノ森先生との事前の打ち合わせなどはあったんでしょうか。
筒井:全くありません。描かれた後も、何もありませんでしたね。当時はそんなもんですよ。みんな忙しいからね。
― マンガ化作品に関しては、マンガ家の方とお会いになって打ち合わせをするということはあまりないんですね。
筒井:ないですねえ。また、僕と会ってしまって、僕からいろいろ注文を出されたりしたら、向こうも描きにくいだろうし、自分のやりたいことがちゃんとあるだろうしね。(会ったのは)一度か二度あるかもしれない。最近では、「パプリカ」を描いた萩原(玲二)さん。あ、「NANASE」の山崎さやかがいました。ラフスケッチを持ってきたりして、彼女とは何回か会いましたね。……あれもすごいね。中国・台湾・韓国・タイ・アメリカで訳されてる。すごいね、日本のマンガってのは。
― 最後に、石ノ森章太郎萬画大全集の刊行にあたりまして、読者の方々にメッセージがございましたら、お願いいたします。
筒井:これからマンガを描こうという人は、やっぱりこれを買って読んだほうがいいんじゃないでしょうか。一人の作家のものを読むのであれば、余すところなく読むということが大事ですね。全部読むということ。そうしたら、石ノ森章太郎のバラエティ、いろんな絵がわかるわけですし、絵のうまさということでは、石ノ森章太郎はピカ一ですからね。これはもう安心して模倣してもいい。これだけバラエティに富んでいなければプロにはなれないんだということを思い知ることにもなるかもしれんけれども、勉強にはなると思います。読むとすれば全部読む。パラパラ読むんじゃなくてね。
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