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社説

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中国全人代―世界に重い今年の「保八」

 世界的な経済危機のなか、中国は今年も「8%成長」を目指す。第11期全国人民代表大会(全人代)第2回会議の初日、温家宝首相が宣言した。

 成長率目標を8%前後に定めるのは5年連続。これまで実際には2けたに達することが多く、景気の過熱を抑えるための目標だったが、今年は違う。不況の大津波が押し寄せるなか、「保八(8%を保つ)」は容易ではない。

 温首相も政府活動報告で「新しい世紀において、我が国の経済発展にとって最も困難な1年となる」と、危機感を率直に語った。

 しかし、雇用の確保や社会の安定のためには、「保八」の達成は欠かせない。日米欧の先進諸国も中国の潜在的な成長力に注目し、世界経済を下支えするよう期待している。

 中国政府はすでに4兆元(約58兆円)を超える内需拡大策を発表したり、鉄鋼や自動車などを対象に「10大産業振興計画」を打ち出したりしている。金融面でも利下げを繰り返し、財政・金融政策は総動員の状態だ。

 温首相の報告によれば、内需拡大を本格化させるため、今年の財政赤字は昨年の1800億元(約2兆6千億円)から過去最大規模の9500億元(約13兆8千億円)まで拡大する。一方で5千億元(約7兆円)の大型減税も進めるなど、中国政府の意気込みは評価できる。

 ただ、内需拡大策の重点が鉄道や道路といったインフラ整備に置かれていることには批判もある。確かに鉄鋼やセメントなどの需要は増えるだろう。だが、当面必要のない整備計画が少なくないとされる。建設をめぐり汚職や浪費を心配する声も絶えない。

 中国社会が長期に安定して発展するためには、国民の生活水準を上げ消費を促すことが必要だ。政府活動報告が消費拡大を強調しているのも当然だ。

 国は豊かになったといっても、国民の収入はまだまだ少ない。昨年の都市住民1人あたりの可処分所得は約1万6千元(約23万円)。しかも医療、福祉制度が整っていないことから、老後の暮らしや不意の出費などに備えて多くを貯蓄に回す人が少なくない。

 中国政府は、低所得者や農民への補助金を増やしたり、医療保険制度充実をはかったりするとしているが、十分ではない。全人代での議論を踏まえて追加策もいずれ必要になるだろう。

 低賃金を生かして欧米や日本にものを輸出して経済を拡大させる。そんなモデルが万能ではなくなったことは中国政府も承知している。暮らし重視へかじが切れるかどうかが問われる。

 一方で、国防予算は21年連続2けたの伸びとなった。「聖域」扱いということだろうが、内容は不透明なままだ。これだけが相変わらず一本調子の拡大では、世界は落ち着かない。

WBC開幕―野球地図を塗り替えたい

 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開幕した。3年ぶりとなるこの大会が、今年の球春到来を告げる。

 大リーガーが本格的に参加する国・地域別対抗戦として創設されたのは06年のことだった。日本の劇的なドラマは、まだ記憶に新しい。

 2次リーグでの敗退目前からよみがえり、決勝でキューバを下し「初代世界一」へ。太平洋をまたぐテレビ中継の視聴率は関東で43.4%に達した。

 「ノモ」や「イチロー」の成功で、日本選手の存在は米国でもすでに認められていた。とはいえ、日本野球の優勝が本家に顔色を失わせたことは間違いない。

 日本だけではない。昨年の北京五輪では韓国が金メダルを獲得。台湾を含めアジアの台頭は目覚ましい。

 加えて中米ドミニカ共和国は今回、米国と並ぶ優勝候補の2強にあげられている。米国の1強時代から群雄割拠へ、野球地図は一歩一歩、しかし着実に塗り替えられつつある。

 野球は2012年のロンドン五輪から外れる。こうした野球の国際化と進化は、五輪復帰への少なからぬ後押しになるだろう。

 今回の日本はどうだろうか。

 ケミストリーという英語がある。化学や化学反応を意味する言葉だ。チームスポーツでは選手同士の相性や組み合わせを分析する時に使われる。

 メンバーには投手、野手とも日米で活躍する選手がずらりと並ぶ。いずれ劣らぬ個性派だ。とくに米国組は大リーグの安打製造機になったイチローを筆頭にリスクを背負って海を渡り、自らの地歩を築いた。集団主義で育ったかつての選手たちとは違う世代だ。

 むき出しの個性が短期間で呼吸を合わせ、プラスアルファを出せるか。そのケミストリーは日本社会の組織論からも興味深い実験例になるだろう。

 この集団を率いるのは原辰徳監督。前回の王貞治監督のようなカリスマ性はない。北京五輪で、星野仙一監督が期待に応えられなかった後でもある。かつての「若大将監督」も今や中堅指導者。巨人という看板から離れて彼がどんな采配を振るうのかも、ファンの関心の的になるに違いない。

 世界的な経済危機の中での大会だ。歴史を振り返れば、1929年に米ウォール街の株価暴落で世界恐慌が始まった後、米国ではどん底の30年代前半でも大リーグの公式戦が続き、ワールドシリーズさえ開催された。

 先行きの見えない不況で、世の中には閉塞(へい・そく)感が広がる。だからこそ、ちょっとした息抜きや気分転換はかけがえのないものになる。スポーツが社会に存在する意義の一つでもある。

 見る者を元気づけ、勇気づけるような好ゲームをWBCに期待したい。

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