「おくりびと」の人気が衰えない。米アカデミー賞受賞後初の週末には興業成績ランキングが一位になり、累計収入は三十八億円を超えたという。
作家・立松和平さんは、映画化のきっかけとなった「納棺夫日記」(青木新門著)と引き比べながら「死を正面から見据えた、感覚的であり宗教的にも深遠な文章をよく映画にしたものだ」と感心する(三日付本紙)。「生も死も分け隔てしない全肯定の世界」とも。
こうした生と死のとらえ方は、とりわけ日本独特のものなのだろう。文化人類学者の波平恵美子さんが、こう語ったことがある。「わが国では、死は死にゆく個人の問題であると同時に、家族や血縁者、さらに地域社会、職場を含めた周りの人々の問題としてとらえられる」。
それは日本人が自分自身を、周りの人との人間関係で成立させていることでもあるだろう。この話は、脳死と臓器移植をめぐる取材の中でうかがったものだ。
今年は、法に基づく初の脳死移植が行われてからちょうど十年。国内の脳死移植はようやく八十件を超えたが、年間約二万件が実施される米国とは大きな隔たりがある。
納棺という死者儀礼を通して、社会の通念や偏見、人と人のきずな、そして命の尊厳を描いた映画は、日本人とは何かの問いを語りかけてくる。