福岡大学病院救命救急センターが、回復の見込みがなく死期が差し迫った患者の延命治療を日本救急医学会の「終末期医療に関する提言(指針)」の手順に基づいて中止したことを先週、日本集中治療医学会で報告した。
1年半前に延命治療中止の基準や手続きを示した救急医学会の指針が策定されて、医療現場で実際に適用された初めての実例公表である。
延命治療中止については、本人や家族の希望があれば応じるべきだとする容認論の一方で、命の安易な切り捨てにつながる恐れがあるとの慎重論も根強い。
そんな中での勇気ある実例報告だ。医療現場からの問題提起と受け止め、延命治療の在り方を医療界だけでなく社会全体で考えるきっかけにしたい。
救急医学会の指針は、2006年に医師が殺人容疑で書類送検(不起訴)された富山県・射水市民病院の呼吸器取り外し問題などを受けて策定された。
指針は「終末期」を「脳死状態と診断」され「生命を人工的な装置に依存」し「移植などの代替手段もなく」治療を継続しても「数日以内の死亡」が予測される状態と定義し、患者の事前意思や家族の同意があれば延命治療を中止できるとして、その手続きを示している。
その際、医師の独断やトラブルを防ぐため、主治医だけでなく複数の医師や看護師による医療チームで対応し、経緯を診療録に記載するよう提言している。
福岡大病院の場合、救命救急センター長を含む医師、看護師ら二十数人のチームで中止の是非を検討し、家族全員に検討結果を説明して同意書を書いてもらった。詳細な記録も残している。指針に沿った妥当な対応といえる。
ただ、学会で経緯を報告した担当医師は「指針の存在」を評価する一方で、解決しなければならない課題として「法的な問題」を挙げた。
指針に沿って延命治療を中止しても、現在の法体系では医師が殺人罪などに問われる可能性は残る。どんな条件を満たせば刑事責任を問われないのか。医療現場が最も不安を感じている問題であり、法整備を求める理由でもある。
だからといって、法を整備すれば問題が解決するものではなかろう。人間の尊厳にかかわる「死の迎え方」だ。一人一人の死生観が絡む。法で一律に線引きされることに拒否感を持つ人は多い。
とはいえ、国民の多くが納得できるルールづくりは必要だ。救急医学会の指針はその議論の土台になるものだろう。そのためにも今回、福岡大病院が報告したように、医療現場が指針に基づいた事例を積極的に公表することを求めたい。
そこでは患者や家族の意思は尊重されていたか、医療側の判断や対応は適切だったか。そうした検証を積み重ねたい。それが終末期医療に対する国民的な合意の形成に少しでも近づく道だろう。
=2009/03/05付 西日本新聞朝刊=