宮司職をめぐり、神社本庁や県神社庁側と、代々世襲してきた到津家や責任役員の一部が対立する事態となっている宇佐神宮
全国八幡宮の総本社・宇佐神宮(宇佐市南宇佐)の宮司職をめぐり、神社本庁(東京都)や県神社庁、同神宮の神職らと、代々宮司を世襲してきた到津(いとうづ)家や責任役員の一部が対立する状態になっている。昨年八月に死去した池永公比古前宮司の後任として、二月二十六日付で県神社庁長の穴井伸久氏(60)=玖珠町瀧神社宮司=が就任。これに対し、到津家の長女克子(よしこ)権宮司(40)の就任を求める到津家などの側が「本庁側に人事を支配する権限はなく認められない」と反発。本庁に脱退届を提出する事態に発展している。
穴井氏によると、神社本庁からの宮司職の辞令は、通例で任期が三年程度の「特任」。克子さんは異例のスピードで権宮司まで昇進したため、「勅祭社(ちょくさいしゃ)の宮司を継ぐには早すぎ、本庁から『経験が浅いのでもう少し待つように』と指摘があった。調整した結果、庁長のわたしが入るのが問題ないと判断した」と説明。「いずれ、しかるべき人に継いでもらうつもり」と話している。
一方、到津家側の同神宮責任役員賀来昌義さん(70)は「本来なら宮司は氏子や責任役員が認めないとなれず、政教分離の原則に反する」と主張。さらに、「本庁が『(穴井氏の)任期は無期限と言っている』という話もあり、神宮を乗っ取ろうとしているのは明らか」と不信感を募らせる。新たに責任役員や氏子総代とした七人を含む九人で、本庁からの脱退を二月二十四日に決議し、二十七日に脱退届を提出。本庁からの離脱を求めて法廷闘争に入ろうとしている。
皇室第二の宗廟(びょう)で起きたお家騒動。地元住民の一人は「大変残念。イメージダウンにつながるので一刻も早く正常化してほしいのだが…」と気をもんでいる。
宇佐神宮の宮司 南北朝時代から到津、宮成両家が務め、戦後は到津家が単独で世襲。1973年から宮司の到津公斉氏(今年1月に死去)が体調を崩していたことから、2005年4月に一人娘の克子さんが禰宜(ねぎ)に就任(07年10月から権宮司)。06年5月に「克子さんが十分な経験を積むまでの間」として薦(こも)神社(中津市)宮司の池永氏が宮司を引き継ぎ、死去後は空席となっていた。
※無断転載を禁じます。 当ホームページに掲載の記事、写真等の著作権は大分合同新聞社または、情報提供した各新聞社に帰属します。
Copyright (c) 2008 OITA GODO SHIMBUNSHA