最終更新時刻:2009年3月5日(木) 18時46分

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<地球シミュレータは失敗作>  日本のスパコン戦略はボロボロ(2)

公開日時:
2007/08/29 10:00
著者:
能澤 徹

文科省の「次世代スパコン戦略」がボロボロであることは前回のべた。
なぜこれほどボロボロなのか?

ボロボロの主たる原因は「地球シミュレータ」にあると考えている。

<地球シミュレータ(ES)は失敗作>
 ESに対するわが国での一般的な評価は大成功作ということで、これに対し異を唱えることはご法度のような雰囲気があるが、国外では、こちらの気持ちを慮り、当たり障りの無い表現でやり過ごすような雰囲気がある。先日のNYTimesのNSF?NCSA関連の記事においては、「現在稼動中のmost valuable supercomputerはESである」といった主旨でイヤミたっぷりに記事を結んでいた。
 開発総額600億円、ハードだけで400億といわれているESの性能は35.86TFであるので、TF価格は11億円である。確かに単価的にダントツで「most valuable = expensive」であるが、これは取りも直さず価格性能比的には「least valueable = valueless」ということで、人を小馬鹿にしたような表現である。

 とはいうものの確かに、電力消費は、昔は7MW、近頃は6MWといわれているが、LLNLのBG/Lの280TF、2MWと比較すると、TF当たり23倍くらい多く、年間の電気代は5億円超、年間運営経費は60億前後ではないかといわれている。
 設置面積もESは3,250平米で、BGLの400平米の8倍で、単位性能当たりの設置面積は64倍である。
 ラック数もESは35.8TFで640ノード、320ラックであるのに対し、BGLは280TFで64ラックである。ラック数はラックの大きさにもよるが、0.9mx0.9mx1.8m程度のもので128ラック程度が常識的上限で、256ラックになるとかなり稀である。ESは320ラックであるので、超稀、ある意味ラック数の限界を超えているといっても過言ではない。
 ラック当たりの性能を比べてみると、ESは64パイプ、16CPUで理論性能128GFであるのに対し、BGLはラック当たり2048コア、1024チップで5,700GF(5.7TF)である。ESのラック当たりの性能はBGLの約45分の1で、ラック数は逆に5倍である。
 また、ESのInterconnectは640x640のcrossbar switchで、配線の本数は83,200本、距離2,400Kmである。本数はノード当たり130本で、内訳は128ビット並列のデータ線+2制御線である。この128ビットのデータ線は転送遅延を避けるためであるが、手作業にならざるを得ないラック外ケーブル配線としては異常な数であり、その手間を考えると、前時代的で信じがたい設計である。本数は640ノードx130本=83,200本であり、ケーブル1本当たりの長さは平均28.8mということになる。
 以上をまとめると、ESのCPU単体(NEC-SX-6)の性能は比較的高いが、CPUをラックに高集積化することは難しく、ラック性能は低い。ラック性能の低さをカバーするため、多数のラックが必要となり、設置面積も膨大となる。配線も創意工夫が無く、信じがたいほど長い距離となっており、しかもラック外配線は手仕事にならざるを得ないため、量産性、変更、拡張性、維持管理等々の観点で極めてまずい設計になっているのである。

 2002年稼動のESと2004年稼動のBGLを同一平面で捕らえることには若干無理があるが、それでも、こうした一連のデータは、ESの異常性を示しているように思えるのである。異常に電力消費が大きく、異常に設置面積も大きく、異常に総配線距離が長いのである。
 これらはESというシステムが、その心臓部であるSX-6というCPUの演算性能、消費電力、発熱、集積性等々の固有パラメータから導き出せる妥当な設計限界を超えた、無理な設計になっていることの証左であり、システムとして弾力性、拡張性を失った失敗システムといって良いのではないかと思っている。
 金に糸目を付けず、消費電力もジャブジャブ、建物も代替のきかない巨大な特殊専用体育館に目一杯ラックを並べ、配線は東京・福岡間を往復するより遥かに長く、総体として動きが取れなくなっているのである。
 
 結果として、ESは戦後の日本が育んできた「ものづくりの哲学」からはかなりずれた機械となってしまっているのである。ソニーにしろトヨタにしろ、日本のもの作りは「小さく・省エネ・高性能・高品質な量産品」で世界を席巻したのであり、PCでもToshibaのT3100(最初のノートPC)はこの延長線上に生まれた製品であった。どうしてESのような発想になったのかは定かではないが、バブルの後遺症か、「日本のものづくり哲学」のタガが緩んでしまったのであろう。

 筆者は、確かにESは性能的に世界の頂点に立ったし、その開発努力は評価するのにやぶさかではないが、それ以外のパラメータで評価する限り、完全にバランスを欠いた失敗作であり、日本の「ものつくり哲学」からは異質な機械であると判断している。

 さらに、まずいことは、この「いびつな」成功体験が、自由闊達で創造的な発想を阻害し、日本のスパコン戦略に暗い影をおとしていることなのである。

<文科省のスパコン戦略過誤の原点>

国として戦略的に推進すべき基幹技術に関する委員会(第6回)配布資料
http://211.120.54.153/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/shiryo/005/04121701.htm
 これは2004年12月15日に行われた文科省の「科学技術・学術審議会」の「研究計画・評価分科会」の中の「国として戦略的に推進すべき基幹技術に関する委員会」(第6回)の配布資料である。この1ヶ月前の同年11月には地球シミュレータ(ES)はLLNLのBGLとNASAのItanium2によるColumbiaに世界1の座を明け渡していたことは周知の事実である。
 第1回が同年7月5日であるので、国家技術戦略を決めるにしては拙速の感がしないではないが、ザーッと見たところでは第5回までは特に問題は感じなかった。問題はこの第6回の「プロジェクト候補に係る戦略性の検証例(資料2-2)」である。
http://211.120.54.153/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/shiryo/005/04121701/003.htm
この検証例でスーパーコンピュータプロジェクトが取り上げられ、以下のように記述されている。

◎2. 日本ならではの視点があるか、他国では成り立たない戦略かどうか、他国との差別化がなされているかどうか。
・   我が国の高度な半導体・デバイス技術、及びそのシステムインテグレーション技術や優れた人材の活用により世界をリードできる。また、地震、気象等の地球環境分野にスパコンを活用するのは我が国独自の視点と言える。世界がスカラー型へと移行する中、ベクトル型を推進していることも極めて戦略的。

 国家技術戦略というハイレベルな戦略検討の中で、「日本ならではの視点があるか、他国では成り立たない戦略かどうか、他国との差別化」との観点から、何の技術的検証・精査も無いまま、突然、「ベクタ型の推進が戦略的」と断定・例示されているのである。
 この流れは、資料3の「プロジェクトシステム抽出の方法論:スーパーコンピューターを例に」に受け継がれ、再度、「ベクタ型推進」が推奨例として示されているのである。(この「抽出の方法論」は、戦略プロジェクト立案の観点からは、あまりに稚拙、浅薄なもので、問題の多いものであるが、本論の論旨から逸脱するので、ここでは論評を行わない)
http://211.120.54.153/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/shiryo/005/04121701/005.htm

 こうして、国家の技術戦略というハイレベルな戦略立案の中で、スーパーコンピュータ・プロジェクトでの「ベクター型推進」は、「検証例」「抽出例」という例示の形を取りながら、既成事実化されてしまっていたのである。
 これは、明らかに「ベクタ型の地球シミュレータは成功である」という暗黙の前提に立ち、「ベクタ型は他国がマネを出来ない日本固有の技術で未来永劫世界に通用する技術」であってほしいという幻想を、そのまま国家技術戦略に組み込んでしまった最悪のケースなのである。技術動向の検証もなく、他の選択肢の検討も無く、突然、国家技術戦略としてベクタ型を推奨しているのである。

 国家技術戦略といったハイレベルな戦略立案で、一つのCPUアーキテクチャを推奨するなどということはレベル違いも甚だしく、また、国家戦略として一つのCPUアーキテクチャだけを推奨するなどということは、リスク管理の観点からも、最悪である。堅固な国家戦略立案を考えるなら、最低でもリスク管理の立場から、代替案は必要である。
 「世界がスカラー型へと移行する中、ベクトル型を推進していることも極めて戦略的」であるなどと寝ぼけたことを言っているが、現実には「なぜ世界はスカラ型に移行し、ベクトル型を捨てたのか」ということや、「世界から置き去りにされる」リスクを考えたのかということの方が、遥かに戦略立案上の重大関心事である。こうした戦略立案の常識から考えても、日本のスパコン戦略は「戦略では無く」、「思いつき」に過ぎないことが判るのである。

 言葉は悪いが忌憚なく言わせてもらえば、要するに、日本のスパコン戦略とは、戦略立案能力の無い人達が、訳もわからずに、たまたま世界1になった地球シミュレータの幻想成功体験を根拠に、十分な技術分析、競合他国分析、リスクマネジメント等の検討も無く、寝言を書き連ねたもの、ということになるのであろう。
 従って、これ以降、日本のスパコン戦略は、寝言と現実の技術の壁の狭間でメロメロになってしまっているのである。

 

 国民の税金の有効投資に関する重要案件なので、内閣府、文科省、理研の担当者の方々からのコメント欄を利用した反論を期待します。コメント欄の使用要請は論議の散逸を防ぐためです。

 なお、筆者の誤解、思い違い、転記ミス、計算違い、あるいは不適切な表現等がございましたら、ぜひ、コメント欄にてご指摘いただけますと幸いです。
 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。

このエントリーへのコメント

9

日本のスパコン政策は、能澤氏の溜飲を下げるためにあるわけでも、
能澤氏の自尊心を満足させるためにあるのでもない。

能澤氏の論理には詭弁、欺瞞が少なくとも二点ある。

一つめは「ESとBG/Lとの比較」で語っていること。

能澤氏の論理は、平たく言えば
「ESはBG/Lよりも劣っている。よってESは失敗作である」という論理に過ぎない。
ESをPentium3、BG/LをPentiumMあたりに置き換えてみると、能澤氏の論理や主張が
如何にに的外れでばかげた詭弁か分かる。ESがBG/Lに性能数値で劣っている「現在の」事実を、
「ESプロジェクトは失敗である」と「過去の時間軸に対して」結論付ける論法に
正当性などあるだろうか。

そして、もう一つは、
「ESの製造コンセプト」を歪曲している、
またはそれを一切無視して無理にBG/LとESを
同一平面で騙っているということだ。
「何のために作られたか」、能沢氏はそれを一切合財視野に入れてないのだ。

ES計画のコンセプトは
「地球の海洋流・大気流の全球循環シミュレーション」。
ES計画は、これを可能にするために計画され、性能目標が定められ、
それを達するためにアーキテクチャ設計され、製造され、稼動している。
「ベンチマークテストで高得点を取るた

  WIND on 2007/09/05

8

科学の成果がどうのと、抽象的概念で具体的成果のないものを誤魔化す。
全く関係のない物理学者と、脈略のない例による議論の摩り替え。
建設的でないとして、検証もせず議論を終了させる。

根拠もなく「正しい」と言い続けるお役所と同じ発想です。
少なくとも、客観的な検証と議論をしないと同じことの繰り返しでは。
こういう積み重ねが、借金大国ニッポンを形作っているのですね。

  Ogawa.T on 2007/08/31

7

「○○は失敗」と声高に主張するよりも、「これは成功だ」と胸を張れるものを作るほうが建設的だと思います。

  T.Sakurai on 2007/08/31

6

スパコンの性能向上なんて日進月歩。
完成当時圧倒的な性能を誇っていたESに触発されて、各国のスパコンの性能向上の速度が速まったのも事実。
今ではそうでもなくなってしまったからといって、失敗作であったと断じるのはあまりにも近視眼的。
量子論との統合が果たせなかったからと言ってEinsteinの研究が失敗だと言えるのか?
科学の成果はすべて過去の成果の延長線上にある。

  げっきょ on 2007/08/31

5

訂正:
話されていく×
離されていく○

  AGGY on 2007/08/31

4

こんなことでは世界から話されていく一方ですね。
世界中で売れるスパコンを作ること=TOP001
だと普通に思うんですがねぇ。

  AGGY on 2007/08/31

3

スパコン?
税金の使い方は、まるでゼネコンですね。

  uetam on 2007/08/29

2

ウヒャー きびしいネ- でも ホントの事だよなー

メーカの担当者もバカじゃないから こんな事は100も承知なんだろうけど 国が金くれるから やってるんでしょうか?  でも NECもこんな事に 技術者を投入するより 売れるスパコン開発した方が儲かるんじゃないの?  

所詮 国には買ってくれない スパコン開発では いくら分捕っても 掛けた人件費や部品費の倍ぐらい しかも1回しか 売れないのでは しょうがい気がしますが 

  doc on 2007/08/29

1

ゼロ戦の誤解?
大和魂シュミレータ。
//

  ルート134 on 2007/08/29

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