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シリーズ「感染症」

カンゾー先生を目指して

市田隆文・順天堂大静岡病院教授

2009年2月23日

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 ある日の診察室での私と患者とのやりとり。

 「よしよし、始めてから4週間目でC型肝炎ウイルスが消えたよ」

 「やったー。もう止めていいの」

 「このマイナスがずーっと続かないと意味がないの。継続は力なり!」

 「市田先生、打った場所が腫れてかゆいよ」

 「皮膚科に尋ねて、塗り薬をもらおう」

 「食欲がなく、やせてきてしまったよ」

 「もちろん、予想通りだよ。少し胃の薬を出しましょう。それで調子良くなると、ウイルスは消えて、体重も減って、究極のダイエットになると考えよう。なんとかダイエットよりもよっぽど効果的だな」

 こんなふうに励ますこともある。

 「頑張れ、頑張れ、ウイルスが消えているよ。48週間持続することが大切なんだ。量を下げるから続けようよ」

 「インターフェロンという薬でこんな副作用が出ているんだ。決して我慢したり、無理しないこと。どんどん症状を言って下さい。注射して、薬を飲んでいる期間中だけだから、どんどん他の薬で治しましょう。そうそう予想通りの症状ばかりなので、それこそドーピングでその症状を取ろうよ」

 「がんばれベアーズ」の調子であたかも「がんばれ外来、ドーピング外来」の様相を呈しているのが私の外来。

 医師と患者の出会いは特別な出会いでない。普通の人と人との出会いである。医療がサービス業に区分されるように、医師と患者の関係は一般社会における人間対人間の関係そのものです。

 好きな人もいれば嫌いな人も居るように、診療という空間で人との出会いは大変大切なものです。こちらがまじめに話をし、理解していただければ、そこで信頼関係ができる。もちろん、しゃくし定規に難しい話をしても意味がありません。こちらは長年生きてきて、いろいろな経験を積んでいるので、話題は豊富です。それらをちりばめながら初対面同士の医師と患者が接するわけで、どちらが上とか下とかといった議論にならないでしょう。

 もちろん病を持ってくる人ですから、医師の私よりも弱い面をお持ちですが、人格に病はありません。初めて会った人として尊敬して話をするつもりですから、一度信頼関係ができると、診療に余計な負担はかかりません。

 患者さんもリラックスして、話でもする気持ちで外来に来て下されば一番うれしい。気の置けない仲間と一緒に居ると時間がすぐにたつでしょう。そんな仲間と思った人との語らいと考えると、それが朝の8時半から夕方の5時過ぎまで続こうが、楽しいと感じるものです。

 ■ときに公私混同も

 人付き合いの下手な医者は外来をするな。

 人間関係にいつも問題を抱える医者は外来をするな。

 患者さんは弱者であるから、慈悲の心を医師が常に持つことが重要だ。

 私たちは、そう教えられてきた。

 ただ、適切な薬を処方したのに、その薬を飲まない患者など、こちらの信頼を裏切る人とは付き合わなくてよい。原因であるアルコールをほんの少しの期間も止められない。また、うその摂取量を平気な顔で申告する人とは信頼関係を築くことが出来ない。

 診察は公な場であるから、公私混同してはならないと言われているが、どうだろうか。公私混同して笑い声が聞こえるような診療が楽しい。そんな雰囲気だと、患者さんは垣根を越えてすべてを出してくれる。そうすると問題点が明らかになってくることもある。

 看護師さんが「先生、先ほど診た患者さんがこんなことをおっしゃっていますが」

 「さっき診たとき何も言わなかったけど」と私。

 「先生にはちょっと言いにくかったようです」

 これはつらい会話。それこそ胸襟を開いてもらいたい。

 こんな人との信頼関係を基本に考えて診療を行っている。単に、機械的に患者さんの訴えと血液検査成績だけで診断が付いて、処方できるのであれば、ロボットにさせればよい。そんな外来をしているつもりは少しもない。こんな、昔風の「あかひげ」にあこがれて診療を行っている。それは、いろいろな人に出会える、新しい出会いが心をときめかせるからだ。

 もともと「忙しいうちが華」と「好きなことをやっていると疲れない」が信条だから、週に二、三回、こんな一日があっても苦にならない。

 ■サイレントキラー

 さて、本題に戻りましょう。今は、C型慢性肝炎に対するインターフェロンとリバビリン併用療法が標準治療です。C型肝炎にかかってからの感染経過をみると、極端に言うと、多くの人々は最終的に肝細胞がんになるといえる。その肝細胞がんになるリスクがどの程度かというと、慢性肝炎からでは年率1〜2%の割合といわれる。言葉を換えると、50年から100年ぐらいで肝細胞がんになるぐらいのリスクといえます。

 しかし、肝硬変から肝細胞がんに移行する頻度が年率7〜9%と説明すると、すなわち13年から15年程度で肝細胞がんになってしまいますと説明すると、「ぎょ!」とされることが多のです。

 慢性肝炎に留めておいて、肝硬変に進展しなければ、まあまあ天寿を全うできると考えるわけです。その慢性肝炎から肝硬変への進展には、壊死(えし)、炎症、修復の繰り返しで促進されるとされています。突然、壊死、炎症、修復といってもピンときません。

 ■炎症と線維化

 一度の鉄棒で、どうなりますか。手は真っ赤に腫れあがります。そうです、発赤、痛みが炎症の大原則です。ところが一度だけの鉄棒ではその手はすぐに普通の色の手に戻るでしょう。これが人間の修復作用です。ところが、毎日鉄棒を行うと手のひらはどうなりますか。腫れた部分を修復しようと人の体の中でいろいろな作用が行われることになります。壊死、炎症とそれに対する修復作用の結果、手のひらに「たこ」が出来ることになります。この「たこ」が線維化に当たります。

 肝臓で壊死、炎症が生じるのを肝炎と呼び、その血液検査値ではAST(GOT)、ALT(GPT)などのトランスアミナーゼ値の上昇として表現されます。そして、炎症が繰り返されると、線維化が生じます。これが慢性肝炎で、長く壊死、炎症と修復が繰り返されれば、線維化がますます増加します。ところが肝細胞は非常に再生能力が高いので、線維に囲まれた肝細胞集団は再生しようとして肥大します。これが再生結節と呼ばれるもので、肝臓全体は肝硬変ということになります。

 サケの子の「筋子」が肝硬変に陥った肝臓としますと、筋が線維で、「いくら」が再生結節といったあんばいです。

 お分かり頂けたでしょうか。C型肝炎ウイルスに対する免疫反応として、自分のリンパ球が自分の肝細胞を攻撃して壊死、炎症を引き起こし、それを自己防衛的に修復するために線維化が起こり、進行して肝硬変となることが。

 そして、一般に、C型肝炎の人が肝細胞がんになるリスクは、健康な人の1000倍、肝硬変で4000倍と言われています。

 ■今ある武器を最大限

 そのために、インターフェロンとリバビリンという最強の武器でC型肝炎ウイルスを排除することは、まぎれもなく、発がん予防、肝細胞がんにならないようにするためであります。

 このインターフェロン、リバビリン併用療法が唯一、C型肝炎ウイルスを身体から排除する治療法であります。もともとC型慢性肝炎はほとんど症状がありません。そんな慢性肝炎の患者さんに、ウイルスを消すためとはいえ、インターフェロン併用療法で症状を作っているわけです。まったく症状のない方に、治療とはいえ症状が出るわけです。これは大変なことです。そのために、起こりうる副作用、合併症を説明しても、実際起こると人間辛いものです。

 この状況を知っているからこそ、経験しているからこそ、患者さんを励まし、優しくする「頑張れベアーズ外来」が必要なのです。そのために、今までのすべての人脈、経験を最大限に出してウイルスに立ち向かうわけです。医者が立ち向かうのでなく、患者さんが立ち向かうのであるから、それを最大限にアシストするのがわれわれ肝臓専門医の役目なわけです。

 ■カンゾー先生を目指そう

 新潟から静岡に舞い降りて4年半たちました。出会ったC型肝炎ウイルス陽性の方々は約650人、B型肝炎ウイルス陽性の方々は250人、その他肝細胞がん、原発性胆汁性肝硬変、アルコール性肝疾患などなど、ゆっくり温泉に入っている余裕のない期間でしたが、開業している先生方のサポートで専門診療が出来る喜びを頂いています。

 最近では薬害肝炎、肝炎助成金、肝炎拠点病院などなど、肝炎真っ盛りですが、人と人との、尊敬し合える、そして楽しい診療を目指している肝臓馬鹿が一人ぐらい居ても、世の中、損はしないだろうと思う。いまさら、他の専門分野に首を突っ込むわけにはいかない。そんな年齢にも到達しつつある。

 それでも、少し背伸びしてでも「カンゾー先生」を目指して、最高の医療を提供しようと思っています。事実、坂口安吾の小説や今村昌平の映画「カンゾー先生」は伊豆半島の伊東市在住の医師をモデルにしたそうな。そんな因縁もまたおもしろい。

     ◇

 市田隆文(いちだ・たかふみ)1975年、新潟大医学部卒。富山医科薬科大医学部助手などを経て、87年に新潟大医学部講師。ピッツバーグ大外科学留学などの後、2004年から順天堂大医学部付属静岡病院教授(消化器内科)。日本移植学会理事など移植医療にも深くかかわる。著書に「肝臓よ、甦れ!」(悠飛社)など。日本ペンクラブ会員。

ご意見・ご感想を

 病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
 このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。原則として毎週月曜に新しいエッセーを掲載します。第二シリーズのテーマは「感染症」。だれもが襲われうるウイルスや細菌に医療者や患者が一緒にどう立ち向かうべきか考えます。ご意見、ご感想をお待ちしています。

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