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「わたし」たちはどこまで命を救う―特集「新生児医療“声なき声”の実態」番外編・下

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特集の(上)(中)

 国は、NICU(新生児集中治療管理室)の「後方病床」として重症心身障害児施設(重心)や小児科病床の整備を提案している。しかし、重心や小児科病棟、NICUで働くスタッフ、患者の家族が共通して求めているのは、在宅で生活する重症児や家族に対する地域のサービス体制の充実だった。確かに、NICUを出る時に重症の子どもが入る施設やベッドも必要だが、それ以前に、在宅介護など地域の支援ネットワークが充実しなければ、どれだけ“箱物”を整備しても意味がない。
 神奈川県立こども医療センター新生児科の豊島勝昭医師は、「(1000グラム未満の)早産児で重心のサポートを必要とするのは100人に1人もいない。しかし、近年はその子たちの“居場所”に医療者もご家族も悩んでいる。多くのご家族が在宅で子どもを診ているが、その大変さがあまり注目されていない」と語る。

 厚生労働省研究班の調査によると、NICUを必要とする赤ちゃんは約3万6000人と、国が周産期医療整備対策事業を始めた1996年ごろから約1.5倍に増加している。一方で、重心など重症児を受け入れる施設の病床数も、同年と比較して現在は3500床ほど増加しているものの、明らかにNICUが必要な子どもの数の増加幅の方が上回っている。別の厚労省研究班の調査でも、国内188施設にあるNICU病床で長期入院児が4%おり、このうち退院の見通しが「ない」が51%、「ある」が33%。「ある」の内訳は、在宅療養が過半数で、療育施設や他病院への入院を上回っており、NICUを出た子どもの多くが在宅に帰っている様子がうかがえる。
 同センターの重心の井合瑞江医師は、「自分で情報を集めて、レスパイトケアなどのサービスを求められるご家族はまだよい方。育児に悩んでどうしていいか分からず、子どもと閉じこもってしまっている状態の母親も多くいる。本当に大変なのは、自分で動くことができなくて、自らの生活を守ることができない人」と指摘し、地域に潜在しているニーズが多いと話す。虐待などのケースになれば児童相談所などが積極的に関与するが、こうした「問題」が発生しなければ行政とのかかわりが生じないとして、悩みながら生活する家族に対する支援が手薄になっていると指摘する声は多い。
 新生児医療連絡会の梶原眞人会長(愛媛県立中央病院長)は、重症児を支える社会システムとして、▽都道府県や市町村、地域レベルでの重症児の把握▽在宅療養を支える地域社会システムの整備▽療育施設の充実▽医療福祉制度の運用▽施設連携▽急性期医療と慢性期医療の役割分担についての広報▽システムを円滑に機能させるためのコーディネーター―の必要性を挙げている。また、「厚労省雇用均等児童家庭局母子保健課と社会援護局障害保健福祉部の縦割りの解消が必要」と話し、周産期医療と障害者福祉の連携を求めている。



 医療の発展によって社会状況が変化し、生まれてくる新しいニーズに合わせ、こうして医療・福祉などの支援体制の充実を求める声が上がる。
 ただ、その一方で、現場の医師らは今の医学・医療の発達によって、自分はどこまで救命し、支えていくのかと、自問し続けている。

■新生児医療現場のジレンマ
 重心の井合医師は、重症の子どもが増えて、親元で生活しづらい状況になっていることについて、一度立ち止まって振り返るべきではないかと投げ掛ける。「在宅で家族の一員になれるという経験がない子どもたちが、なぜ在宅に帰れないのかという問題点を考えるのも必要では。子どもたちが望んでそうなったのなら、この状況を受け止めていくのだろうと思うが、どのような子どもでも救っていこうという姿勢によってそうなっているのなら、どうだろうか。ずっと家に帰れない状態というのは、わたしから見ると、子どもたちは望んでいない状況のように思う」。

 また、井合医師は自身がNICUで働いていたころを振り返りながら、新生児医療についての思いを語る。「『救う』というのが基本的なところで、『救うな』などとは言えない。一度呼吸器を付けた子どもの呼吸器を取るということは、今の日本では公になると問題になることが多い。最重度の状態で、これからいろいろなことを獲得していくことが難しく、呼吸器を一度付けたら外せなくなるような子どもに対する医療について、どう考えていくのかなと思う。コンセンサスは難しいが、少しずつ皆で議論されているので、今よりもちょっとずつよくなっていくのではないか」。

 新生児科の豊島医師は、最重度の新生児の集中治療について、現場で感じるジレンマを語る。「ご家族に『治療するということは、後遺症なく救命、または死亡という結果以外にも、在宅で呼吸器を付けたまま生きていくことになる可能性もあります』と話して、一緒に治療方針を考えるようにしている。集中治療は、子どもがいつかはおうちでご家族と一緒に過ごせるという希望があるからこそ、いたいけな子どもに針を刺し、さまざまなチューブを入れて治療を続けるが、集中治療をやり過ぎると、弱っている赤ちゃんに“暴力”を振るっているのではないか、ご家族と過ごせる時間を奪っているのではないかと感じてしまうこともある。“やらなさ過ぎの怠慢”の医療は許されないと思うが、“やり過ぎの医療”についてもどうだろうかと感じることがある。ただ、『どこからが“やり過ぎ”だろうか』『本当に救命をあきらめていいのか』と、悩み続けている」。

■「救う」ことを規制するのか、支えるのか
 東京都内に住む赤石恵理子さん(仮名、33)は、妊娠25週の早産で周産期母子医療センターに運ばれ、約570グラムの未熟児を出産したシングルマザーだ。赤石さんの子どもには後遺症による障害があるため、赤石さんは仕事を辞めて、在宅で両親と共に育てている。赤石さん自身が家族とのコミュニケーションがうまくいっていないこともあり、複雑な気持ちを抱えて日々を過ごしている。
 赤石さんは、「『もしもこの子がいなければ』と考えないことがない、と言うとうそになると思う。子どもが助からない方がよかったのかもしれないと、言ってはいけないとは分かっているけど、やっぱり思うことはある。でも、そんなことを言えば、自分は地獄に落ちると思うし、何よりも生まれてきてくれたこの子に申し訳がなさ過ぎる。『子どもは神様からの授かりもの』という言葉を聞くたびに、そう思えない自分が嫌いになる。『産んでしまって、ごめんなさい』と思う。こういう気持ちをどうすればいいのか、本当に分からなくて、助けてほしいと思う」と語る。

 15年以上にわたり新生児医療にかかわってきた、青森県立中央病院総合周産期母子医療センター新生児集中治療管理部門部長の網塚貴介医師は、「高度集中治療を行うということは、新生児に限らず成人でも、救命はできたものの後遺症を残してしまう可能性があるということ」と主張する。「どこまで救命するかということは、その国の経済状態によって、それぞれある程度規定されてくるだろう。しかし、国民に対して高度集中治療を行うとその国家が決めたのであれば、後遺症を残した人たちへのケアも一緒に行っていかなければならない。高度医療のための体制整備と、重症心身障害児医療や在宅支援はセットで整備されていくべきもの。まともな先進国であると自認したいなら、その義務がある。後遺症が残ったお子さんたちやそのご家族へのケアが十分になされていない現状は、言ってみれば、高級外車を乗り回し、海外旅行にも行っているのに、医療費や税金を払わないでいる人たちと本質的には同じようなもの。先進国として恥ずべき状態と言えるだろう。医療は決して『助けっ放し』になってはいけない」。

 国立成育医療センター周産期診療部産科の久保隆彦医長は、「歴史的経緯から見ると、NICUによる重症児の受け入れが多くなったためにこうなったとも言える。社会の中での重症心身障害患者へのかかわりが必要。簡単に在宅と言うが、重症心身障害児を支える母親など家族の負担は膨大で、やはり社会が支えるべき。その点から言っても、今回の産科医療の無過失補償制度はひどいもので、脳性まひの子どもや家族を無視したシステム」と語る。

■重症心身障害児を救命するということ
 井合医師は、重心でも同様に救命について考える場面があると語る。「重症心身障害児医療としてできることが増えたが、重症児が急変したときに、気管切開したり、人工呼吸器を付けたりするようにするのだろうかと思う。人工呼吸器が必要な状態になるようなことを、子どもたちは望んでいないのではないか」と語り、重心にかかわる医療者の中でも議論はあると指摘する。
 重心では家族とスタッフとで話し合い、気管挿管や人工呼吸など、子どもの急変時の治療方針について考えている。入所が長いケースが多いため、家族とスタッフ間で信頼関係を構築しながら話し合っていく。「長く入所されている方のご家族だと、『あまり痛いことはしないで、この子の持っている力を全うさせたい』と言われる方が多い。ただ、それは長年のかかわりによって親子関係ができているから。新生児医療の場合は子どもたちが難しい状況にいて、『救わなければ』と始まり、親も大変な状況。自分の子どもと生活して『かわいい』と思うようになれていない時から始まるので、難しいと思う」と語る。

■医療の発達、どこまで求める
 その一方で、医療の発達によって後遺症なく元気に育っていく子どもも増えているとの指摘もある。
 福岡医療福祉大の竹下研三教授(当時、鳥取大医学部教授)の1989年の研究報告によると、鳥取県内で周産期死亡率が低下するとともに、脳性まひの子どもの発生率が、50年代後半は1000出生当たり2.5だったが、75年には0.6にまで下がっていた。
 しかし、75年以降は徐々に上昇し、81年には1.0にまで増えた。竹下氏は報告の中で、人工換気医療の導入によって以前なら亡くなっていたようなハイリスクの子どもが助かるようになったために、脳性まひの子どもが増えたと指摘している。75年以降、早期新生児死亡率の低下幅が脳性まひの発症率の増加幅を上回っていたために、結果的に脳性まひとならない子どもの数は増加していた。
 加えて、この研究では、県内の周産期死亡の状況が全国の平均値とほぼ一致していることなどから試算し、55年から84年までに約3万3000人が脳性まひになるのを免れたとしている。





 高度に発展した現在の医療を受けて増えている、重症の子どもと元気な子ども。わたしたちは、こうした数字をどうとらえ、医療にどこまで求めていくのだろうか。

 豊島医師は、「NICU医療は、例えば戦争中だったら後回しにされてしまう医療かもしれない」とし、経済的な支援がなければ新生児医療は成り立たないと指摘。さらに、日本は外国と比べて、医療に対するコスト感覚が欠けているとし、「医療を追求するにはお金が掛かっているという意識が少ないと感じる。医療界にも患者さんにも、医療は無尽蔵に提供されるかのような錯覚があるかもしれないが、『理想的な医療』をすべての医療分野で追求できるほど医療費は確保されていないと、現場で感じる」と語る。
 また、医療側の姿勢として、「患者さんに『医療への理解』を求めていくならば、われわれも変わる必要があると思う。今の医療がどういう状態か、患者さんや国民に率直に話して、共に見直していくべき時ではないだろうか」と指摘する。

■「社会=自分」として、ともに医療を考える
 さらに、こうした複雑な問題について、医療者と患者を含む国民が共に自身の問題として考えていくべきと投げ掛ける。「現在の『限りある医療資源』の中で、必要な医療が何なのか、何から大事にしていくべきなのか、皆で一緒に見詰め直す必要があると感じる。よく『医療は社会が何とかすべき』といわれるが、その『社会』とは国民一人ひとりにも置き換えられることだと思う。国民それぞれが限られた医療資源を大切に共有し、それぞれが医療にできることを実行する必要がある。『医療』を皆の共有財産と考えて、皆がそれぞれにできることを考えていってもらえればと願っている」。

 よりよい生活の質を求め、悩みや苦しみを味わい、また喜びを享受する患者と家族。彼らに寄り添い、現場で患者や家族のために最善を尽くそうと、瞬時に判断しながら、それでよかったのかと問い続ける医療者。わたしたち自身が、いったいどこまで救い、救われていくのだろうか。どこまでそれを求めることが、許されるのだろうか―。(終わり)



【今回の特集】
医療にどこまで求めるのか―特集「新生児医療“声なき声”の実態」番外編・上
「不安はあるけど、この子と一緒にいたい」=小児科病床―特集、番外編・中

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更新:2009/03/04 18:35   キャリアブレイン


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