先週金曜日(2009年2月27日)、合衆国大統領バラク・オバマは、かつての公約だったイラク撤退についての方針を明らかにした。それによれば、イラク駐留米軍の「戦闘部隊」については2010年8月末までに撤退させるが、「非戦闘部隊」については3万5,000から5万人ほどの兵力を引き続き残留させるという。
2008年12月、大統領選直後のオバマは「大統領就任式から16ヶ月間でイラクから撤退する」との選挙公約を表向きは堅持
し、イラクのマリキ首相も、「オバマ候補の16ヶ月米軍撤退プランは正しい」と、オバマの公約を支持していた。
つまりまあ、バラク・オバマ大統領は、その数少ない具体的な選挙公約のうち最も重要なポイントについて、有権者だけでなくイラク首相にも背いたことになる。もちろん真相としては、2008年12月の時点でニューヨークタイムズ紙が鋭く指摘したとおり、16ヶ月間で“一部兵士を撤退させ”残りの兵力は残留して軍事訓練を続けるという具合にオバマは公約をコロッと変えていたわけだが、ほとんどの支持者は完全撤退と思い込んでいたのではないか。なにしろオバマは、“最初からイラク侵攻に反対”だったし、ブッシュ政権のイラク増派にも強く反対していたのだから。
反ブッシュリベラル系シンクタンク改め、今やすっかりオバマ政権擁護団体と化したアメリカ進歩財団(Center for American Progress)は「マリキ首相だって新撤退案を支持してる」と公約破り批判の火消しに躍起だが、実際のところ、一体誰がオバマの新撤退案を決めたのか?軍部の言い分を聞いて計画を修正するという大統領は、軍上層部にはウケが良いだろうが、一般国民から見ればリーダーシップに欠ける。合衆国最高司令官というより、ホワイトハウス相談員という感じだ。
ブッシュ前政権の意向が強く反映されたことで、共和党支持層はオバマの新提案に概ね賛成のようだ。(撤退案発表直前、オバマがブッシュ前大統領へご丁寧に電話連絡したのも印象を良くしたのだろうか)。しかし当然ながら、イラクからの完全撤退を期待していた米国内反戦派は、オバマの新撤退案に反発している。反戦女性団体コード・ピンクは「ブッシュ政権よりマシ」としながらもオバマの撤退案を公約破りであると批判。反戦退役軍人会(Veterans for Peace)はオバマの提案について「撤退とはいえない」と批判し、「ベトナム戦争の継続がジョンソン政権にもたらした結果を考えろ」とオバマに再考を促している。
イラク侵攻から6周年となる今月19日には、全米各地で大規模な抗議集会が行われる予定であるという。以下に、ジャーナリストのクリス・ヘッジズが、それら抗議集会のために書いた演説予定原稿を翻訳。
今やオバマの戦争である(It’s Obama’s War Now)
by クリス・ヘッジズ:2009年3月2日Truthdig掲載
バラク・オバマは、イラク戦争の終結を宣言する際、他の政治家と同様に二枚舌を使えることを見せつけた。戦闘員は2010年8月までにイラクから撤兵させるが、およそ5万の占領軍兵士は残留するというのだ。その違いを誰かがイラク国民に知らせるべきだ。19ヶ月後に、兵士と海兵隊員の中で、その違いに気づく者がいるのかどうかも疑わしい。多くの戦闘部隊が、単に非戦闘部隊へとラベルを貼り替えられるだけだろう。稼ぎの良い我らが契約企業や傭兵部隊はどうなる?ダインコープ、ベクテル、ブラックウォーター(最近企業名をXeに変更したが)、戦争で一財産築いたこれら企業が、荷物をまとめて帰国するのだろうか?3カ所の巨大基地や、十数カ所の前哨基地、そして我らが帝国都市“グリーンゾーン”はどうなる?アメリカ企業はイラク石油管理という儲かる商売から手を引くのだろうか?
イラク占領は変わらないだろう。この戦争の基盤となった嘘と欺瞞は、民主党に引き継がれ維持されていく。これでは撤退とはいえない。軽量版の占領体制だ。アメリカ兵がイラク本土に居るかぎり、戦争は続き、双方の犠牲者数は増え続け、私たちは中東における憎悪と憤怒の避雷針であり続けるのだ。これにオバマのアフガン増派決定が加われば、オバマ支持層のうちでもっとも鈍感な人々ですら、新大統領が旧大統領と同じく、アメリカ帝国を維持していく方針であることを認めざるをえないだろう。
イラク・アフガン占領は合衆国の安全保障と中東地域の平定を推進していない。これら占領体制は失敗国家を拡大させ、権威主義を増大させ暴力を激化させるだけだ。占領は無法の余地を広げ、パキスタンの部族支配地域のように、我が国の真の敵が活動する場を作り出している。占領は外交手段を断念させ、法による支配を無意味にした。我が国は無法国家をさらに増やそうと企む無法集団と化している。占領は結局のところ、私たちが自らを生け贄にする様子を愉快そうに眺めるロシアや中国同様に、イランを増長させている。最終的に、私たちはこれらの戦争に勝てないのだ。全ての兵士を冷静に撤退させなければ、占領体制が流血の嵐の中で崩壊していく様を見ることになるだろう。
イラクは、我が国の侵攻と占領のせいで、もはや統一国家としては存続できなくなった。オスマン帝国への拮抗措置として第一次大戦後に勝者によって施された急場しのぎで異種混交の寄り合いだったイラクという実験国家は、二度と元には戻らないだろう。クルド人たちは北部に事実上の独立国家を建設している。少なくとも200万人のイラク国民が、住んでいた土地を離れ国内移動をした。それ以外に200万人が国外に出て、大半がシリアやヨルダンに移住し、結果として両国は他のどの国よりも難民率の大きい国になった。そしておそらく、120万人ほどのイラク国民が、私たちの行いの結果犠牲になった。
8年に及ぶアフガニスタン戦争で、タリバンは再興している。3万人の増派は、国民に嫌われ、腐敗したカルザイ政権へのてこ入れにはほとんど役立たないだろう。アフガン武装勢力を金と武器で買収するという私たちの意図は崩壊し、その大半はタリバン勢力の配下に収まっている。国連の見積によれば、現在タリバンは麻薬取引を年間3億ドルまで拡大し、抵抗運動の資金源にしているという。8年前に我が国が侵攻した頃、アフガニスタン領土の75%はタリバン支配下にあった。その後、タリバンは再び国土の半分を奪回しており、その勢力はカブールとカンダハル周辺に迫っている。2009年初頭の2ヶ月間で29人のアメリカ兵がアフガンで戦死したが、これは昨年同時期の戦死数である8人に比較して3倍以上増加している。そしてAP通信社の集計によれば、同盟軍の作戦で死亡したアフガン市民の数はタリバンによる殺害数を凌いでいる。今年の2ヶ月間で、アメリカとNATO軍、もしくはアフガン正規軍に殺害された市民の数は100人を超えているが、武装兵の死者数は60人にすぎない。
アフガニスタン戦争拡大を応援する者たちは、歴史を理解しているだろうか?彼らは、1979年から1988年の間に1万5000人の戦死者を出したソ連や、19世紀のイギリス軍のことを学習しているのだろうか?なぜ我が国がアフガニスタンに侵攻したのか、憶えている者はいるのだろうか?その頃、国民に告げられていたのは、今ではパキスタンに居るオサマ・ビン・ラディンを捕らえるためだったではないか。アフガニスタンの何が最終目標になるのか問うてみた者はいるか?国家建設か?我が国はタリバンに宣戦布告したのか?それとも、これは単に永遠のテロ戦争にすぎないのか?
私たちがうっかり復活させてしまったアル・カイダは、新兵補充に事欠かない。訓練施設は今でも稼働している。ロンドン、マドリード、イラクで攻撃を継続し、2005年12月まで自爆テロがなかったアフガニスタンでさえ活動している。アル・カイダは進歩している。私たちは行き詰まり、混乱し、負傷してぎこちない動物のように動き回っている。
オバマは、選挙期間中には、16ヶ月間かけて、毎月1部隊づつ撤退させると約束した。しかし約束は反故にされた。代わりに、今年の駐留兵員数はそのまま維持され、2010年の初頭までそのままずれ込むことになった。兵士が大量に撤退を開始するのは、来年春と夏からと伝えられているが、その縮小されたペースですら現場指揮官の判断に委ねられている。“撤退”後に残留した兵士たちは、オバマ政権の説明によれば、イラク兵士の訓練を行い、米国資産を守り、“対テロ作戦”を実行するそうだ。
SOFA(status of forces agreement)として知られる米・イラク協定では、全ての駐留米軍は2011年12月までにイラクから撤退することを求めている。しかし、これは実現しそうもない。米国防総省は、協定にもかかわらず、2011年以降も3万から5万の兵士を駐留させるべく、長期計画を策定している。米・イラク協定(イラク国会で承認されたのに、憲法で義務づけられた米議会では未承認)は、2009年夏にイラク国民投票を実施するよう要求している。イラク国民は協定を承認するか、あるいは拒否できることになっている。イラク国内の50カ所ほどの米軍基地は、協定にもとづき、イラク国民に委譲される。
オバマは国民投票の結果を無視して占領体制を強行するだろうか?まさしくそうなりそうだ。もちろん、これら全てはバグダッドにある我らが顧客政府の“要求”する形で行われることになるだろう。私たちの取り組む民主主義という茶番のために。
この戦争で大金を稼ぎ出した企業は多い。オバマはそうした利益の妨害をする気はなさそうだ。たいした反戦候補だ。2006年の選挙で民主党が躍進したときに知るべきだった。彼らは反戦票を基盤にしながら、戦争に資金を提供しつづけ、イラクとアフガニスタンへの増派を承認してきたのだ。
スンニ派武装勢力との微妙な停戦交渉が決裂したら、一体私たちはどう対応するのだ?およそ10万の勢力を誇り、支配地域での民族浄化を行うスンニ派が、シーア派主導の中央政府に歯向かったらどうする?これらスンニ派“覚醒”武装勢力への月額300ドルの給与支払を我が国が取りやめたら、どうなるのか?戦火が再び激化したら?これこそ、アフガニスタンで我が国が武装勢力を金と支援で買収した結果なのだ。イラクの治安状況が悪化すれば、部隊縮小すら断念しかねない。
兵士の一部がイラクから撤退すれば、領地掌握と武装勢力制圧のために、米軍は依然にも増して空爆に依存することになる。アフガニスタンでの空爆では、戦闘の拡大と相まって、イランとパキスタンへ大量のアフガン難民をもたらしている。カルザイ政権ですら、これら空爆には精力的に抗議しているし、空爆はタリバン志願兵を増やしている。イラクでも同様に、厄介な反発がわき起こるだろう。
イラクでの膠着した不正義も、それで実際に平和が保たれるのなら、我慢することもできよう。我々自らが破壊した国の再建を支援し、ニュールンベルグ以降、犯罪的な“侵略戦争”と定義されるブッシュ政権の先制攻撃論を退けて法による支配を取り戻せるかもしれない。もしも本当に終結に向かうことがわかるのならば、19ヶ月間戦争が継続するのも我慢できるかもしれない。しかしイラク戦争は、アフガニスタン同様、継続するだろう。我が国の帝国計画と殺戮は、オバマ政権でも維持されるだろう。私たちの仲間も含めて、もっとたくさんの人々が死ぬことになる。
唯一の望みは、抗議活動の再開と反戦運動の再活性化にかかっている。今回の反戦運動は、シンディ・シーハンやシンシア・マッキニー、ラルフ・ネイダーのように、平和への道徳的要請を断固として堅持すべきで、民主党が提示する偽りの希望に頼ってはいけない。民主党は信頼できない。政治とは圧力の競争である。圧力を諦めれば負けだ。
(以上)