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私はその日、ある男性誌の取材で高田馬場に行きました。山手線を降りて改札へ向かう途中、一瞬自分の目を疑いました。 『AV女優変死』 の大きな見出し。駅の売店で売られていた某スポーツ紙の一面に書かれていました。私は迷うことなく、その新聞を購入しました。それは単なる興味本位……。
これは2ヶ月ほど前のお話です。知ってる方もいるでしょう。人気AV女優・桃井望さんが変死体で長野県の河川敷で発見されたのです。通行人の「車が燃えている」との通報があり、車内と、車から数メートル離れた所で二人の焼死体が見つかりました。その後の調べで、車内にいたのは24歳の男性、もう一体は24歳の女性――桃井望さんと判明しました。彼女には数箇所の刺し傷があり、これが致命傷になったということ。男性と桃井さんは以前交際していたこともあり、「無理心中の可能性」とみているが、殺人事件としても捜査中だそうです。
憶測は憶測を呼び、インターネットは一時期騒然としていました。人々は好き勝手なことを書き残します。某大型BBSサイトでは「クズが一人死んだ……」と心ないスレッドが立ったりもしていました。
正直、私も新聞を手に取った心情は、書いたとおりの興味本位でした。同じ職種の人間として、不謹慎ですが心そそられました。会ったことはないけれど、名前だけは知っている同じ世代の女優さんがなぜそんなことに巻き込まれてしまったのか。さわりだけでも知ってみたい思いに駆られました。
あれから、彼女を追悼するためのサイトが立ち上がり、彼女の死を悼み、この事件を風化させないため、管理人さんたちは更新し続けています。
1ヶ月経ち、思うこと。安直な気持ちで新聞を手にした自分が恥ずかしい。同じ経験をして、彼女の心情も、周囲の人間の感情も知っている自分がとってしまった軽率な行動だと反省しています。
この場を借りて言いたいのは、別段自分の反省心を書き残したいのではなく、皆さんにも考えていただきたいのです。「決して遠い話ではない」ということを。 事件の真相は明らかになっていません。あくまで私個人の仮定「元カレに殺められてしまった」として話を進めていくことをご了承いただき、読んでもらいたいと思います。
別れたのだからもう関係ない。と思っているのは、おそらく女の側だけです。裸を売り、性を職業とする女の勝手ないいわけ。男はそんなに単純じゃない。半永久的に心に残り続けるのです。「自分と付き合った女があんなことに」と。それは心のヘリにこびりついてなかなか取り除けない。二人で過ごしてきた時間が、想い出のすべてが、男を傷付け、足かせとなります。「あいつが勝手にやったことだ」と思えればいいのですが、そうじゃない人もいる。「俺が止められなかったから」「気づけなかったから」。自分を責めたてる人もいます。決して男――あなたのせいではないのに。誰にも言えず、苦悩し、悔やみ続ける日々。そして深い愛情であるがゆえに、それは憎悪に変わっていく。
私にも同じような経験があります。AVの仕事を始めてとても楽しかった。だけどそれをカレに言い出せず、ずいぶん長い間カレを騙し続けていました。すでに別れてしまってからそれがバレた時、カレは私に言いました。 「お前のせいで人間不信になった」 と。 私のせいじゃない、別れているのだからもう関係ない。あなた自身の問題であり、私が介入することじゃない。そう思っていました。 ですが、そうではないのです。私がカレに残したものがすべて裏切りになってしまっていた。あの時の気持ちは本物であったとしても、カレにはもう信じられない。私がなにを言おうと、受け入れられない。そりゃそうですよね。自分しか知らないと信じて疑わなかった姿、行為を不特定多数の男に見せていたのだから。 裸。愛の絆。信じられるもの。独占。自分だけに与えられた心の鍵。それらの裏返しが――失望。友達の結婚式2次会で久しぶりに顔をあわせることになったカレの中の私は、亡き者となっていました。仲良く話せるなんてカケラも思っていませんでしたが、まったくの一度も視線を交わすことなく、そこにいない者としての扱いを受けました。当然の報いですね。カレの気持ちを考えたら……。私はここにいるべき存在ではないと感じ、早々にその場を立ち去りました。 カレはすでに結婚し、幸せな生活を送っていると聞きます。それならよかったじゃないか? おそらく私がカレに与えた傷は、消えることはないでしょう。奥さまとカレの努力で枯葉の下に隠しているだけ。風が吹けば簡単に姿を現す。その風を吹かせないため、私はカレの前に二度と現れないつもりです。……といっても、こうして活動を続けている以上、どこかでカレの目に止まり、予期せぬからっ風が吹くことはあるのでしょうが。
性の対象になる、ということは、必ず他の誰かを傷つける、と同意です。恋人、両親、兄弟、友人。自分が知らないところで誰かが泣いている。それは紛れもない事実です。それがどういう方向に向くかは、私にもわからない。もしカレが、気持ちをうまく処理してくれなかったら……。包丁を1度や2度、向けられていることだってあったでしょう。 仕事をしないで、と言っているのではありません。性に関わる仕事をするのであれば、周囲に対する覚悟と責任を持ってしていただきたい、と切に思うのです。
最後になりましたが、亡くなられた桃井望さんのご冥福をお祈りいたします。
合掌 |
■小室友里 96年アダルトビデオデビュー。主にレンタル向けの作品に出演。99年惜しまれつつも引退。現在は映画、Vシネマ、インディーズでCDデビューを果 たし文筆活動と幅広く活躍。現在「芸能ニッポン」(竹書房)、「ドーヨ!」(バウハウス)、「ドン ドン」(日本ジャーナル出版)、「DiGi USER」(宝島社)に執筆中。
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