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村上春樹さん:イスラエルの文学賞「エルサレム賞」授賞式・記念講演全文(4/5ページ)

 ◇小説を書く理由は、個人の魂の尊厳に光を当てることです

 ◇体制に勝つ希望あるとすれば、魂の独自性を信じること

エルサレム賞授賞式後、イスラエルのファンからサインを求められる村上春樹さん(中央)=2月15日、前田英司撮影
エルサレム賞授賞式後、イスラエルのファンからサインを求められる村上春樹さん(中央)=2月15日、前田英司撮影

 でも、それがすべてではありません。さらに深い意味が含まれています。こんなふうに考えてください。私たちはそれぞれが多かれ少なかれ卵なのです。世界でたった一つしかない、掛け替えのない魂が、壊れやすい殻に入っている--それが私たちなのです。私もそうだし、皆さんも同じでしょう。そして、私たちそれぞれが、程度の差はありますが、高くて頑丈な壁に直面しています。

 壁には名前があり、「体制(ザ・システム)」と呼ばれています。体制は本来、私たちを守るためにあるのですが、時には、自ら生命を持ち、私たちの生命を奪ったり、他の誰かを、冷酷に、効率よく、組織的に殺すよう仕向けることがあります。

 私が小説を書く理由はたった一つ、個人の魂の尊厳を表層に引き上げ、光を当てることです。物語の目的とは、体制が私たちの魂をわなにかけ、品位をおとしめることがないよう、警報を発したり、体制に光を向け続けることです。小説家の仕事は、物語を作ることによって、個人の独自性を明らかにする努力を続けることだと信じています。生と死の物語、愛の物語、読者を泣かせ、恐怖で震えさせ、笑いこけさせる物語。私たちが来る日も来る日も、きまじめにフィクションを作り続けているのは、そのためなのです。

2009年3月2日

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