映画「おくりびと」が第81回米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。主演の本木雅弘さんが青木新門さんの著書『納棺夫日記』(93年に富山市の桂書房から刊行。現在は増補改訂版が文春文庫から出ている)に感動したのが、この映画製作のきっかけになった。『納棺夫日記』との比較から見えてくる映画「おくりびと」の特質や受賞につながった背景を考えるとともに、映画の原作者とされることを辞退している青木さんに話を聞いた。【棚部秀行】
『納棺夫日記』(以下『日記』)と映画「おくりびと」を比較すると、さまざまに興味深い相違点と共通点が見えてくる。いくつか列挙して、それぞれに魅力的な表現の特色を考えた。
『日記』では、納棺師の仕事現場の記述は主に前半で描かれている。湯灌(ゆかん)や納棺についての詳細な描写もそれほど多くない。一方で、特に後半部分は、青木さんが納棺師という仕事に就き、身近に死を感じることで得た宗教観や死生観をつづっている。
『歎異抄(たんにしょう)』に示された親鸞の思想や、臨死体験を思わせる宮沢賢治の詩を繰り返し引用し、生と死が一体化したときに見える<ひかり>について言及している。この著書は、青木さんの納棺師という体験を経ての哲学的、宗教的な思索の軌跡が読みどころになっている。
映画では、人の死に際しての場面が頻繁に扱われている。しかし、特定の宗教色は感じさせない。また、人の生死について、登場人物が垂直に思索を深めるような場面もあまりない。
他方で、ベートーベンの「第九」、主人公の本木雅弘さんが演奏するチェロの音色、葬送会社でクリスマスを祝うシーンが印象的だ。個別の宗教に深入りしないことで、ともすれば、暗くて重いイメージの棺や葬送儀式の場面がなじみやすいものになっている。宗教色の代わりに、家族のきずなや死者への尊敬の念が、直接に強調されている。本木さんが『日記』で感動したという、遺体に群がるウジムシが光って見える場面もない。
2009年3月2日