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自治体はぎりぎりのやりくりを強いられているのに、国にばかりいい顔はできない――。財政難にあえぐ知事たちから政府の直轄公共事業への負担金に対して、こんな声が広がっている。
大阪府の橋下徹知事は「僕の責任で減らす」と宣言して負担金の約1割を削った新年度予算案を組んだ。新潟、福岡、佐賀、熊本の知事たちは、整備新幹線建設費の負担分が突然増やされたことについて「十分な説明がない」と異議を唱えている。
こうした動きを無視できなくなったのだろう。金子国土交通相は麻生渡全国知事会長(福岡県知事)の求めに応じ、負担金制度の見直しについて協議の場を設けることになった。どこまで制度変更に踏み込めるのかはわからない。でも、自治体の言い分に耳を傾けようという姿勢になったのは半歩前進とは言えるだろう。
国道やダムなどの直轄事業や整備新幹線は、自治体側が求めて実施される場合が少なくない。利益を得る自治体も少しは負担すべきだという理屈に一理はあろう。それでも知事が不満なのは、積算根拠などのはっきりしない経費を、中央からの指示で当たり前のように払わせられる理不尽さにある。
ここにきて声が上がり始めたのは、経済危機に自治体の税収が直撃されているからだ。小泉政権時代に地方交付税が大幅に減額され、財源不足体質に陥っていたところに追い打ちがかかったのだ。
都道府県の税収の柱である法人2税は、新年度はどこも減収の見通しだ。トヨタ自動車が本拠を置く愛知県は、08年度の半分以下になりそうだ。一方で、景気対策のため県独自の公共事業をする必要性は増すばかりだ。
景気がさらに冷え込んで、雇用がますます悪化していけば、借金をしてでも公共事業を積み増さねばならない。問題は、自治体財政がそれに耐える体力を失いつつあることだ。
バブル経済崩壊後の90年代、政府は公共事業中心の大型の経済対策を繰り返した。これに伴って自治体の持ち出し、つまり借金も増え、残高は91年度の70兆円から08年度末には197兆円に膨らむ見通しだ。
政府・与党内には、臨時的な措置として地方負担ゼロの直轄事業を導入すべきだという声もある。だが、目先の話に終わらせてはならない。
広域的な観点から政府が行うべき公共事業はあるだろうが、基本は地元の必要に応じて自治体が判断し、事業を選ぶべきだ。直轄事業を減らし、自治体側に大胆に財源を移すことだ。
結局、これは分権改革に帰着する。未曽有の経済危機だ。これを機に税収全体を政府と自治体でどう配分するか、大きな視野での改革につなげたらどうか。
耐震強度の偽装事件でホテルを建て直した経営者の訴えを認め、名古屋地裁が先週、愛知県とコンサルタント会社に損害賠償を命じた。建築確認の審査で強度不足を見逃したとされた。
一連の事件で強度不足が指摘されたのは全国で99件。仕事欲しさの建築士による単独犯行とされ、刑が確定している。行政や民間の審査機関は積極的に偽装にかかわったわけではなく、刑事事件としては立件されなかった。
民事上の責任を問うのも難しいとみられていたが、判決は「建築主の信頼に応える専門家としての注意義務がある」と踏み込んだ。
「危険な建築物の申請をした原告にこそ責任がある」と反論していた愛知県の完敗だ。全国で同様の訴訟は11件ある。行政機関には動揺が広がり、他の被害者は希望を見いだしただろう。
建築確認は、建築士が設計した図面を、建築士資格を持つ行政の担当者が法令に照らして審査し、安全を確かめる制度だ。建築主の注文がどうであれ、建築士がでたらめな設計をしてもプロの第三者がはねつければ、安全は保たれる。
だが裁判でわかったのは、理想とはほど遠い実態である。
愛知県は「法令に適合するかどうかを確認するだけで、設計者の判断を審査する義務はない」と主張した。
だが判決が問うたのは、次のような「常識的判断」の足りなさだ。
ホテルの1階は強度の強い壁がないピロティ構造だった。阪神大震災でこのタイプの多くのビルがつぶれた。2階から上は、真ん中の廊下を挟んで部屋が向かい合っている。壁が廊下で分断されていれば強度は落ちる。
いずれも当時の法令ははっきり禁じてはいなかった。しかし「常識」が働けば、問題を見抜けたかもしれない。
この事件はまた、審査態勢の弱さも浮かび上がらせた。
建築確認の多くは現在、民間の検査機関に委ねられている。年間約60万件のうち約40万件を請け負う。「早く、安く」という圧力にさらされやすい民間が、法令に明記されていない部分まで注意を行き届かせられるだろうか。
一方、建築指導に力点を置くはずの行政は、人員を減らされている。
事件後、審査は厳格になり、問題になった構造計算には専門機関の再検査が義務づけられた。ただ態勢が手薄ななかで、審査が滞って施工が遅れるという「官製不況」も起きた。
日弁連は、審査を再び行政に一本化し、責任を明確にするよう提言している。行政の下に民間の建築士を検査官として組織化し、着工後の中間、完成検査の態勢も強化すべきだという。
こうした案も検討し、判決が言う危険な建築を造らないための「最後の砦(とりで)」を築き直さねばならない。