"We sleep safely in our beds because rough men stand ready in the night to visit violence on those who would harm us." - George Orwell
2009-02-28
何のためのマジコン販売禁止なのだろうか
注意書き: 今回の判決は地方裁判所による判決であることをご了承願います。過去の中古ゲーム裁判もそうですが、このような事例は最高裁にいくまでどうなるかわかりませんので*1、現状で何を言ってもただの憶測のようなものです。
正直、今回の判決内容とはてなブックマークも含めた周囲の反応にがっかりしました。これほど不正コピーの構造が周知されていない状況では、販売禁止を命ずる判決が出たことにも合点がいきます。
断言しますが、日本国内でマジコン販売が禁止されても不正コピーはなくなりません。むしろ悪化します。
そもそも不正コピーとは
みなさん不正コピーがどのような手順で行われているかご存知でしょうか? まず、ゲーム機本体の構造から見ていきたいと思います*2。
ゲーム機の構造はPCのそれとほとんど同じです。ゲーム、つまりプログラムを起動するために、電源が投入された段階でディスク (カートリッジ) から記憶領域へプログラムが読み込まれます *3。その後、プログラムカウンタ (PC) がカートリッジの先頭へ移動して実行に移される、という手順です。
ゲーム機本体の機能はPCで言うところのCPUやグラフィックボードに相当し、カートリッジは外付けCDドライブのようなものです。そこでカートリッジを自由に書き換え可能なフラッシュドライブ (USBフラッシュドライブ) へ置き換えてしまえば、たとえ内容が不正に入手したゲームであっても簡単に動かせてしまうのです。
開発とマジコン
それでも、肝心のゲームデータが入手できない限り不正コピーが機能することはありません。そこで用いられるのがマジックコンバータ、通称マジコンです。
ゲームの開発現場では、いちいちゲームを動かすためにカートリッジ (CD) を作ってはいられません。カートリッジの生産には時間とコストがかかり、迅速な動作確認には向かないためです*4。ゆえに、開発中の機能実装はハードウェアメーカーから提供されるエミュレータと呼ばれる実機をまねたソフトウェアを使ってPC上で動作確認しています。しかしエミュレータはよく似せて作ってあるものの実機ではありませんので、ちゃんと動作するかどうかは実機で確かめねばなりません。そのためにカートリッジの替わりとなるフラッシュドライブへ転送して実機で動作確認を行っています。この一連の確認作業のための機械がマジコンの原型です。
自主制作ソフトウェアとマジコン
ところでゲーム機はPCとほぼ同一の構造ながらも、ソフトウェアの自主制作環境が用意されていません。上記の開発ツールを入手することができれば可能になるはずですが、ハードウェアメーカーはそれを阻むために、開発機器を販売するのではなく貸し出しています。この開発機器のレンタルには莫大な費用がかかるので*5、ふつうのアマチュア開発者には使用することができませんでした*6。
そこでアマチュア開発者たちは、自力でマジコンを開発することでこのような制限を回避しようとして、優れた性能を持つマジコンを自力開発してしまいました。しかしここに問題があります。実際にゲームを開発するためにはハードウェアだけでなくソフトウェアの資料も必要です。どのようなハードウェアを使用しているかだけではゲームを作ることはできないのです。そこで彼らは、実際のゲームの動作状況をみることによりゲーム機本体のソフトウェア構造を探っていく解析工程へと乗り出しました。そのために、市販されているゲームがマジコンによりコピーされ解析されていきました*7。
違法アップロードとマジコン
その中には不心得者がいて、本来であれば限られた範囲までしか使用が認められていない市販のゲームの私的コピーを、インターネット上に置いて広く公開したものがいました。残念ながら当時は法律の整備が不十分であり*8、不正コピーされたゲームを提供しようという積極的な関与が認められなければ逮捕されるに至りませんでした。また国内で逮捕者が出た後も、海外を中心とした違法アップロードサイトは後をたちませんでした。
しかしこの当時は、マジコンを自主制作することのできる限られた人間しか不正コピーを実機で使用することはできず、大半はエミュレータ上での使用にとどまりました。
マジコンの一般販売
こうした状況は一変します。フラッシュドライブの値下がりを機に、海外のメーカーがマジコンを商品化して販売し始めたのです。日本でも秋葉原を中心とした輸入業者がマジコンを取り扱い始め、マジコンは大衆化しました。最初はアマチュア開発者を中心に販売されていたマジコンは、いつしか中高生にまで広まることとなりました。
中高生に氾濫する不正コピー入手
いま流行の不正コピーはカジュアルコピーの一種で、中高生には何の罪の意識もありません。彼らはただ、海外のサイトにアップロードされた市販ゲームの不正コピーを堂々と合法的にダウンロードし、マジコンを使用して実機に転送して使用しているだけなのです。その行為は、彼らに言わせるとゲームを買ってきて起動するのとなんら変わりはありません。いまやゲームの発売日を待つのではなく、不正コピーがアップロードされるのを待つのです。
仮にマジコンが無くなったら
今まで不正コピーの行き渡る構造をみてきましたが、仮にマジコン販売禁止の降下により国内でマジコンが無くなったとしたらカジュアルコピーの現状はどうなるでしょうか?
答えは「何も変わらない」です。依然として海外のアップロードサイトは活動中であり、不正コピーの入手はきわめて容易です。いったん不正コピーを入手さえすれば、エミュレータを使用してPC上で起動したり、はたまたどこからか手に入れた (あるいは自作した) マジコンを使って実機に転送するだけです。これでは今までと何も変わらず、不正コピーによる被害額も変わらないでしょう。
一方で、マジコン販売禁止はアマチュア開発者への死刑宣告と同様の意味を持ちます。マジコンが無ければ彼らが自主制作ソフトを実機で動作させる手段がなくなってしまいます。彼らは全力で抵抗するでしょう。インターネット上でマジコンの図面が公開されたり、自主制作マジコンがオークションで販売されたり。マジコンの販売が禁止されることにより、マジコン開発も非合法化するものと思われます。その際、どのような事体がカジュアルコピーを行う中高生を訪れるのかはわかりませんが、非合法化された活動は一段とわかりにくく、一段と凶悪になることは容易に想像がつきます。
ハードウェアメーカーの目的とは?
これが今回の判決内容によって予想される今後の動きです。カジュアルコピーの実態は現状と何も変わらず、さらに悪化することでしょう。いったい、ハードウェアメーカーは何を目指していたのでしょうか。カジュアルコピーの撤廃でしょうか? それともアマチュア開発者の封じ込めでしょうか? はっきりいって、彼らの利益になるようなことは何一つ無いと思います。
一方のPCゲームでは
PCゲーム業界も長年カジュアルコピーの被害に苦しんできました。最近ではCrysisの開発元であるドイツのCrytekが、PCゲームからの撤退を宣言して周囲を驚かせました。これまでのところ、状況は家庭用ゲーム機と同じだったのです。
しかしSteamの登場により状況は一変しました。SteamはPCゲームのインターネット配信を行うソフトウェアで、自身がPCゲーム開発会社であるValveによって運営されています。Steamは一種のDRMのようにゲームの管理を一元化し、不正を検知した場合にはそれまで入手したゲームすべてが凍結されるという不正コピー対策により一躍有名となりました。
Steamのメリットはそれだけではありません。インターネットでの販売によりパッケージが不要になり流通が管理しやすくなったぶん、大幅な値下げが実施されているのです。
例えば現在値下げされているゲーム一覧を見てみますと、どれほど安いかがわかります。Steamで販売されているゲームはおおむね10ドルから50ドル前後であり、市販のゲームにくらべて20ドルから30ドルほども安いのです。日本円で言えば、すべてのゲームが800円から4000円の間で売られているようなものです。しかも、週末セールによって毎週大幅な値引きが実施されています。ときには、それまで50ドルしたゲームが20ドルで売られていることも不思議ではありません。
このようなアメとムチの両立によってSteamはPCゲーム業界の救世主となり、不正コピーの問題はいぜんあるもののほとんど解決の方向へと向かっています。先日にはスクウェア・エニックスもSteamへ参入しました。今後も新たなる日本企業の参入が望まれています。
リファレンス
「マジコン」販売禁止命じる 東京地裁、任天堂の訴え認める判決 - ITmedia News
ニュース速報++ 任天堂大勝利w東京地裁が「マジコン」販売禁止命じる判決
「販売禁止判決で違法複製減れば」プロテクト外しに悩む業界 (1/2ページ) - MSN産経ニュース
4Gamer.net ― 東京地裁,任天堂らによる“マジコン”差し止め訴訟を全面的に認める判決
時事ドットコム:違法ソフト用機器、販売禁じる=ニンテンドーDS訴訟−東京地裁
*2:今回の記事はNintendo DSを念頭において書きましたが、ほかのゲーム機でも通用すると思います
*3:バンク制御や記憶領域にカートリッジ内容を直接ミラーリングしている場合がほとんどですが、話を簡単にするために省略しました
*4:最終段階ではマスターロムと呼ばれる試作品のカートリッジを使ってテストします
*5:ファミコンの時代には、このレンタル費用と販売権をあわせて一億円ほどかかりました
*6:画期的な試みとしてアマチュア開発者への開発機器のレンタルをみとめ、実際にゲーム販売までいたった『ゲームやろうぜ』という動きもありました
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マジコンが販売禁止になれば,中高生がマジコンを入手することは現状よりも難しくなるでしょう.これだけでも大きな効果があるとは思います.
> いま流行の不正コピーはカジュアルコピーの一種で、中高生には何の罪の意識もありません。
そして,マジコンが販売禁止になれば,中高生に罪の意識を少なからず植え付けることになるでしょう.
> 一方で、マジコン販売禁止はアマチュア開発者への死刑宣告と同様の意味を持ちます。
アマチュアとは言え利益を産み出すことを目的に開発を行う開発者ならば,正当な手続きを踏むべきだと思います.「個人の楽しみ」を主張するならば,自作すれば良いのではないでしょうか...