2008年04月25日

【裏読人生】(1) 助けられながら満81歳を迎える

まさか、満81歳を迎えるとは思わなかった。昭和2年5月24日、東京蒲田で生まれた。予定日を1か月以上オーバーしての出産だったので、母には大変な心配をかけた。しかも大きくなりすぎ、水に顔をつけてようやく声を出した、難産だったという。

今では、毎日、元気で事務所へ通勤している。せっかく戴いた命だから大事にしようと思う。しかし、今までに、何回も死にかけてきた。

2歳の時、道から川に落ちたが水が浅く、泥の上に座る形で泣いていたという。5歳の時、頭にコマの心棒がささったが命に別状がなかった。浮き袋の空気が抜けて、横須賀海岸でおぼれかけたが、従兄に助けられた。

最大の危機は、戦争中に、蒲田(東京)の自宅の庭で、アメリカの艦載機に銃撃されたが、僅か10cmそれて弾が頭の上の松の枝に当たって命拾いした。

昭和20年5月24日の夜、なんと私の誕生日に、蒲田・大森に米軍機が周辺部から中心にむかって、焼夷弾を雨のようにまき散らし、銃撃を加えたが、隣組(大戦中に作られた地域組織)10軒で男性は私ひとり、女性達を励まして火の中を脱出し、私の組の人達は池上本門寺の裏の畑まで、なんとか全員を無事に移動させることに成功した。

このあとも、運が悪いように思える時でも、どういうわけか、助けられて今日まで生き延びてきた。私の運は、根本のところでは強いのか、と、ここまできて想うようになってきた。空襲のほかにも、そう思えることがいろいろあったからだ。(つづく)
posted by 園田昭司 at 16:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 裏読人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする