北朝鮮の金正日総書記は権力世襲の準備を始めたようです。それには独裁体制の「万全」が大前提ですが、不安定さをもたらす要因もちらほらと。
「この衛星が成功裏に発射されれば…経済強国へ大きく踏み出すことになる」
北朝鮮は、通信衛星「光明星2号」を運搬ロケットで打ち上げるため、準備作業をしていると公に発表しました。
ロケットは長距離弾道ミサイル「テポドン2号」のようです。北朝鮮は国威発揚のため、ときに軍事脅威を誇示してきました。
◆「血統の継承」を強調
今回は、四月の故金日成主席の誕生日、選挙後初の最高人民会議のころの発射を狙ってか。
あるいは、先月十六日の金正日総書記の誕生日を記念した遅ればせの祝砲か。
六十七歳の誕生日、総書記の「健康と安寧」祈願が目立ちました。同時に、権力世襲のキャンペーンが大きな特徴でした。
当日のメディアにはこんな文言が多く登場しました。「白頭山」は総書記の代名詞、故金主席から金総書記への世襲を次の代に継承する作業が始まったとみていいでしょう。
一連の動きは、昨年秋に伝えられた総書記の「重病説」を気にしてのこと。指導体制の揺るぎなさを強調するとともに、「次」の準備が必要になったのでしょう。
北朝鮮は、金主席生誕百年に当たる二〇一二年、思想、軍事、経済の強国である「強盛大国」を目指しています。
金父子による支配は六十年を超えました。三代続いての権力世襲ともなれば、総書記の指導力、独裁体制の万全が大前提です。
◆市場版「改革・開放」も
軍部の大幅人事などで体制強化を図っていますが、いくつかの障害もかいま見えます。
一つは先に触れた病気説の“後遺症”。公式発表はありませんがうわさは国民の間に広く伝わっているようで、「神格」に傷が付いたのは間違いありません。
経済は破綻(はたん)寸前、配給が不十分な中で、全国に常設市場、農民市場、闇市が広がりました。
社会主義体制のゆるみを警戒して、当局は、常設市場を十日市場に、工業製品は国営商店限定などの統制をかけています。
しかし「市場」は人々の生活に根を下ろし、市場なしでは人々は衣食を手に入れることができず、生活費も稼げません。住民の反発で威令は行き届きません。
それに売られる日用品の九割は中国製で、韓国製も交じります。モノは情報を発信します。市場版「改革・開放」が進んでいるといってもいいでしょう。情報の流入は独裁体制の恐怖です。
世襲の対象は、金総書記の息子である長男・正男氏(37)、次男・正哲氏(27)、三男・正雲氏(26)の三人です。儒教の伝統からは、本来なら長男ですが、家族関係が複雑なために未定です。
息子にはそれぞれの支援勢力があるといわれます。また世襲反対勢力も出てきそうで、具体化が進めば確執も予想されます。
さて、ミサイル発射準備です。 米国のオバマ政権は対話路線を公約しましたが、真っ先に日韓中を歴訪したクリントン国務長官は、連携を確認しつつ「北朝鮮の核保有は容認できない」と厳しい姿勢を示しています。
これを受けて、早期の米朝協議を求める北朝鮮は「早く応じなければ発射するぞ」と、揺さぶりをかけたのでしょう。米国による現体制の保証は、世襲を可能にする「強盛大国」の必要条件です。
しかし、体制の“守護神”である核を捨てられるでしょうか。相変わらずの「瀬戸際戦術」で切り抜けようとすれば、外交的な摩擦は必然です。
国内的にも、独裁体制の強化のため、引き締めや統制を進めれば、人々に一層の生活苦、人権抑圧を強いることになります。体制への反発を招くかもしれません。
権力世襲への準備は、“両刃(もろは)の剣”になりかねません。
◆経済の混迷は深刻
ことしのスローガンですが、肝心の経済、特に食糧不足は深刻です。混乱の要因は増えこそすれ減ることはなさそうです。
周辺国としては、軍事優先の独裁体制という国の在り方を念頭において、権力世襲が引き起こす動きなど、これまで以上に注視する必要がありそうです。
この記事を印刷する