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「任務は達成された」
ブッシュ前大統領が米空母の甲板で、こう宣言してから6年近く。ようやく、イラクから米軍が撤退する日程が決まった。
オバマ大統領は「来年8月末までに、イラクでの戦闘任務を終える」と明言した。戦闘部隊が撤退した後も、最大で5万人の米軍が訓練目的やテロ対策のために残るが、それも2011年末までに完全撤退する。
大義なき戦争のために、4200人以上の米兵と、数十万人とも言われるイラク民間人が犠牲になってきた。今も約200万人が国外に逃れている。国連は無力化し、イスラム世界に過激主義が広がった。
そうした事態にいちおうの出口が指し示されたことに、安堵(あんど)の念を抱く人は世界中に多いだろう。
開戦当初から一貫してイラク戦争に反対してきたことは、政治家オバマ氏の原点ともいえる。選挙公約でも「就任から16カ月以内の戦闘部隊の撤退」を掲げていた。公約より少し長くかかることになったが、早期撤退に慎重だった軍部との妥協の結果なのだろう。
大統領選で戦った共和党のマケイン上院議員も「合理的な計画だ」と支持を表明した。経済危機が深刻化する中、1兆ドル近い戦費の負担に、米国は音を上げている。
「米国は、イラクの領土や資源を手に入れようとは思っていない。イラクの主権を尊重する」。大統領は撤退計画を発表した演説でこう述べた。
しゃにむにイラク攻撃に突き進んだブッシュ政権には「石油利権の確保が真の狙い」といった指摘もあった。これで、イスラム世界に広がる対米不信が少しでも和らぐことを期待したい。
大切なのは、イラクの安定と復興である。米軍撤退で流血の内戦が再発することになっては、元も子もない。
イラクでは来年1月までに国民議会選挙が予定され、国内各派の対立が激しくなることも予想される。クルド自治区との線引き、石油収益の分配など、一触即発の火種は無数にある。
イラク人同士による新たな悲劇を生まないよう、マリキ首相ら指導者にはいっそうの努力が求められる。
また、オバマ大統領が「イラクの未来は、中東全体の将来と不可分だ」と述べたように、地域の安定を支えるために周辺の関係国などによる外交的な枠組みを早く作り上げねばならない。
この点で、大統領が隣国のイランやシリアとも対話を求めていく姿勢を改めて表明したのは当然のことだ。強い影響力をもつ両国が介入を自制しない限り、イラクの安定は望めない。
今後も、米国が果たすべき責任は大きい。日本をはじめイラク戦争を支持した国々も、反対した国々も、ともに協力していきたい。
太平洋戦争で死んだ父や兄たちが、遺族の意思に反して「英霊」として靖国神社に祀(まつ)られた。合祀(ごうし)を取り消してもらえぬものか。
靖国神社と国を相手取り、戦没者の遺族9人が合祀の名簿から親族の名前を削除することなどを求めた訴えに対して、大阪地裁はすべてを退けた。
靖国神社をめぐっては、小泉元首相による参拝などを機に、憲法の政教分離原則との背反を問う多くの裁判が起こされた。
今回は、合祀をめぐって靖国神社を初めて被告に加え、遺族が反対しているのに祀り続けられることで、故人をしのぶ権利が侵害されたという訴えだった。
判決はいう。原告の主張は、合祀に対する不快の心情や靖国神社への嫌悪の感情としかいえない。権利の侵害が認められるのは強制や不利益を伴ったときだけだ。合祀は信教の自由に基づいて靖国神社が自由に行えることで、強制や不利益を与えない。だから遺族の法的利益が侵害されたとは認められない、という理屈だった。
これには疑問が残る。まず、判決が靖国神社を一般の宗教法人と同列に扱っていることへの違和感だ。
靖国神社は1945年の敗戦まで国家神道の中心、軍国主義を象徴する存在だった。国家機関として軍が管理し、合祀対象者は陸海軍の大臣が天皇の裁可を得て決めていた。
戦後に一宗教法人になったとはいえ、靖国神社が担ってきた歴史をみずから否定したわけでも、断ち切ったわけでもない。憲法の信教の自由に基づいてできた宗教施設と単純にいえるだろうか。そうした背景をまったく顧慮しないまま行われた遺族の権利についての司法判断は納得しにくい。
もうひとつ、合祀には戦後も政府が関与していた事実がある。合祀対象者は靖国神社が決めることになったが、実際には旧厚生省が「戦争による公務死」と認めた人々だった。厚生省は戦没者の氏名や階級、死亡理由などの情報の提出を都道府県に求め、それを靖国神社に提供した。合祀を遺族に通知させてもいた。
こうした事実は国立国会図書館の新資料で明らかになり、それを原告側が法廷で指摘した。宗教法人になってからかなり後の時期まで、戦前さながらの関係が残っていたことになる。政教分離の原則を揺るがすものだ。
だが、判決は「国の行為は多数の合祀を行う上で重要な要素をなしたが、合祀は靖国神社が最終的に決定した」と判断して、国の責任も退けた。
国家神道が戦争遂行に果たした役割は大きい。そこに遺族の思いの源もある。東京、那覇地裁でも同様の訴訟が審理されている。歴史や憲法の理念に正面から向き合った判断を期待する。