鶴橋のコリアタウンで、ヨン様グッズに群がるおばちゃんたちを見たのは数年前のこと。日本でのブームは去ったといわれるが、イラクでは今、若い女性を中心に「韓流ドラマ」が熱い。
アルビルの小学5年生、ヨービル(11)の部屋には、マフラー姿のヨン様のポスターがほほえむ。「優しい笑顔が素敵でしょ」。宝物は韓流スターのブロマイドだ。クラスの女子が競って集める。
きっかけは04年夏、アルビルへの派兵を開始した韓国軍だった。イメージ向上のため、韓国放送映像産業振興院が地元テレビ局へ「冬のソナタ」を供給したことにはじまる。
一番の人気は、日本でもおなじみのクォン・サンウ主演のドラマ「ケサット・フブ・ハジナ(悲しき恋歌)」。アルビルでの「冬ソナ」ブームに目をつけたアル・スマリアテレビが07年、イラク全土で放映し、人気は瞬く間に広まった。イラクの電気供給は1日たったの数時間。女性たちは毎晩7時になると、発電機を回してドラマに見入った。
「ヘインが来た!」。昨年3月、イラク北端の村で、私は女性たちに囲まれた。「ヘイン大好き」としがみつく子もいる。「ヘイン」とは、「悲しき恋歌」のヒロインの名前だ。美しい「ヘイン」とは似ても似つかぬ私だが、同じ東洋人ゆえに親しみを感じたらしい。
ドラマは盲目の少女ヘインと、ギタリストのジュンヨン(クォン・サンウ)の物語。さまざまな苦難を乗り越え、2人は結ばれるが、最後にジュンヨンは殺されてしまう。
ハリウッド映画の方がハッピーエンドで夢があるのでは? と聞くと、村の女性たちはしみじみと「悲しい結末こそ心に残るもの」という。シノ(20)は「ジュンヨンの少年顔が最高。ひたむきな愛が新鮮。それに比べてイラクの男は時代遅れ」と力説した。
一方、男性の反応だが、「ネチネチしてつまらない」と私の通訳はあきれていた。しかし、「冬のソナタ」の再放送を一緒に見た時、彼の目に光る涙があったのを私は見逃さなかった。隠れファンは少なくないとみた。
昨年の夏は「私の名前はキムサンスン」が放映されたという。30代の独身女性が主役のコメディーだ。次にイラクに行ったときは「キムサンスン」と呼ばれるのだろうか。さえない主役が自分に似ているようで、ちょっと複雑な気分である。。<写真・文、玉本英子>
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■人物略歴
1966年、東京都生まれ。豊能町在住。アジアプレス所属のビデオジャーナリスト。デザイン事務所を退職後、94年からアフガニスタン、コソボなど紛争地域を中心に取材。01年以来、イラク取材は8回を数える。
毎日新聞 2009年2月26日 地方版