2、加害者を追跡して特定する

 それらの流れの第一歩となるのが、加害者の追跡だ。久保弁護士の場合、どのような作業と手続きをするのだろうか。

 加害者の特定には、IPアドレスが手がかりだ。インターネット接続では、接続したパソコンのIPアドレスがアクセス先に表示される。このIPアドレスは、利用者が申込んでいるプロバイダーが自動的に割り振るので、アクセス先に書き込まれた時間に残されたIPアドレスと、登録元のプロバイダーが発行したIPアドレスを照合すれば、申し込み情報などから、書き込んだパソコンの持ち主の氏名・住所などが確実に特定できるわけだ。

 「そのため、流れとしてはまず、誹謗中傷が書き込まれた掲示板の管理者を特定し、その書き込みをしたパソコンのIPアドレスを引っ張ってきます。これが第1段階の開示請求となります。そのIPアドレスから、経由プロバイダーか、接続プロバイダーを割り出し、そこに対して今度は、第2段階の開示請求をすることになります。

 ここで、一つ問題となるのが、接続ログの保存です。保存の義務がないので、接続ログが残っているかどうかがポイントです。個人が掲示板を開設しているケースでは、そもそも保存されていない場合もあります。最近は掲示板の管理者が損害賠償請求などで訴えられたりするケースもあるので、自分のリスクヘッジとして、ログを残す動きもありますけど、保存義務はない。ですから、ないと言われたらそこまで。何カ所も書き込まれている場合には、ほかをあたることもできますが、一カ所だとそこで手詰まりとなります。

 ただし、ほとんどの掲示板は、レンタルサーバーなどのサーバー上にあって、サーバーの管理者が別にいます。その場合はそこに対しても、保存ログの開示を求めます。サーバー業者の良心に依拠することになりますけど、残っていれば、たいてい出してくれます。以前に比べるとそういった業者も、保存して提供する傾向になっていますね。

 次に第2段階の、接続プロバイダーへの開示請求となります。ここまで来るとほとんどが大手のプロバイダーですから、ログは、ほぼありますね。以前は、1週間程度の短期間しかログがなかったこともあったのですが、最近は、3カ月〜半年以内であれば、たいてい残されていますね。

 この最終的な接続プロバイダーレベルになると、氏名や住所は、バンとでてきます。ですが、プロバイダーも違法か適法かの判断責任や、誤って個人情報を提供する責任を負いたくないので、訴訟じゃないとダメといいます。訴訟を起こして、勝訴してくれたら、それに従って全部提出します、ということです。

 プロバイダー側が慎重になるのは、判断を間違えると会員側から「個人情報の不当提供だ」と訴えられる可能性もあるからです。ただ、多くの場合、プロバイダーは訴訟でも、積極的に「個人情報は出せない」とは争ってきません。何もしないと「なれあい訴訟」と言われてしまうから、建前上は争うということですね。

 本音では、プロバイダー側が、こういったケースで「会員情報の提供はしなくてよい」と勝訴しても実益はないわけです。逆に、問題行為を起こした会員には出ていってくださいと言いたいところじゃないでしょうか。だから、裁判そのものの判決が出るのは早いですね。通常の裁判だと1年ぐらい平気でかかったりするんですけど、こういったケースでは、訴えを起こしてから、早ければ2カ月、だいたいの裁判が半年くらいで終わります」

 IPアドレスから個人は特定できないというのは、そのものから読み取ることはできないという意味であって、アクセスログやプロバイダー情報をすり合わせれば、だれのパソコンから書き込まれたものか明白なのである。ネット隠語で「串」などといわれるプロキシサーバー(※1)を経由することで、自分のIPアドレスをわかりにくくする手法を使う場合もあるが、プロキシにもアクセスログは残っている。だれもがプロバイダーと契約している以上、現実世界よりよほど、個人情報が判明する確率は高いのだ。

 「ただ、追跡というのは、それなりに大変な作業なんですね。迅速にやらないと、取り逃がしてしまいます。一人で犯人探しをしていないで、なるべく早く、信頼できる相談先を見つけて、情報開示請求をしていかないといけません。それもできるかぎり、迅速に対応してもらうことが肝心なんです」

※1 プロキシ(proxy)とは「代理」という意味で、セキュリティなどの関係で直接インターネットにつなげない時に中継したり、データの再読み込みを速くするなどの用途で使われている。中には中継元のIPアドレスを送信先に通知しないものがあるため、直接的なIPアドレスを隠す目的で使われることがある。