(太陽光発電やレジ袋有料化で、ドイツを崇拝することなど。)
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現状のエコ運動は、欧米崇拝の運動と化してしまっている。もはや合理的な科学というものではなく、一種の扇情的な運動となってしまっている。
これと似たことは「反捕鯨」運動にも見られる。「鯨を殺す日本人は残虐だ」と批判しながら、オーストラリア人はコアラやカンガルーを大虐殺する。また、アメリカ人はインディアン虐殺や、広島・長崎の歴史を、正当視する。
これらは欧米人の論理だ。
「自分たち欧米人のやっていることは善だが、下等な日本人のやっていることは悪だ」
という風潮。ま、それはそれで、わからなくもない。ただし、それに迎合している日本人もいるのが、情けない。
エコもまた、こういうのと同様だ。実例が起こったので、引用しよう。
《 日本に再び「化石賞」 削減目標示さぬ、と 》つまり、温暖化問題で、「世界最悪の国」というレッテルを日本に付けたわけだ。
気候変動枠組み条約第14回締約国会議の会場で4日、日本が前日に続き「化石賞」を受賞した。この賞は、環境保護団体などでつくる「気候行動ネットワーク」が会議中に毎日、地球温暖化対策に後ろ向きな発言などに贈っている。
前日の会合で、温室効果ガス排出削減の中期目標を示さなかった日本とカナダ、ロシアが共同で1位を獲得。
( → 産経ニュース 2008-12 )
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呆れるほかない。
日本は、省エネの面では、世界1位である。同じ量の生産をするために、日本は最も省エネを実行している。さまざまな工業でもそうだし、発電だってそうだ。(ドイツは、太陽光発電を増やしているとはいえ、石炭発電の占める割合が高く、全然エコではない。)
逆に、省エネや大気汚染の面で最悪とも言えるのは、米国とロシアと中国だろう。だったら、この3国を批判すればいい。その次が、欧州各国だ。日本は非難されるいわれはない。最もクリーンなのだから。
ところが、上記では、日本が非難される。なぜ? 「立派な目標を出さないから」だ。
ここでは、口先の「目標」だけが重視され、省エネをする現実の活動は無視される。どんなに立派なことを実践していても、口先が寡黙なだけで「最悪」と見なされる。比喩的に言うと、黙ってハイブリッド車に乗っていると「最悪」で、自分はエコだぞと大宣伝しながらベンツに乗って石油を浪費すると「最善」となる。
これはもう、狂気というほかない。仮に、狂気でなければ、ただの人種差別だ。
「自分たちは間違ったことをやっても正しい。日本人は正しいことをやっても無口だから悪だ」
というわけ。
( ※ ただし、欧米人がそういうだけでなく、日本のマスコミも同じことを言う。実例は前述。 → ベンツの省エネの嘘 )
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なお、もうちょっと本質的に言うと、次の点がある。
「欧州の言う削減目標とは、絶対値ではなく、相対値であるにすぎない」
たとえば、炭酸ガスの排出量が、次のようになる。
・ 欧州 …… 130 → 120
・ 日本 …… 100 → 95
ここでは、絶対量を見ると、欧州の方が圧倒的に悪い。(炭酸ガスの排出量が多い。)
ただし、削減量だけ見ると、欧州は 10 減らし、日本は 5 減らす。そこで、
「日本の削減量は少ないから、日本は悪だ」
という結論になる。(上記の欧州の批判は、そうだ。また、京都議定書などの削減目標も、同様である。)
つまり、世界最先端の技術でせっせと努力する日本は「 5 だけ削減するから、悪」となる。一方、日本の技術を導入して、楽に削減量を増やす欧州は、「 10 も削減するから、善」となる。
削減する量だけを見て、炭酸ガスの排出の絶対量を見ない。そのせいで、「努力する優等生は悪で、そのカンニングをする劣等生は善」という判断。
欧州人というのが、いかにデタラメな人間ぞろいであるか、よくわかるだろう。
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さらに、もう一つのことある。それは「森林消失」だ。前項(開墾による森林消失)でも示したが、ふたたび同じ地図を示そう。
* 8000年前
* 現在
ここには、森林消失の世界地図が二つある。( 8000年前と現在。)この図から、次のことがわかる。
「森林消失は、日本ではたいしたことはないが、欧州ではひどい」
日本の森林は現状でもかなり多い。天然林を伐採しても、杉の人工林を植樹してきたからだ。一方、欧州は森林が大幅に消失している。ほとんど丸刈りみたいなものだ。
この環境保護問題では、日本よりも欧州の方がずっとひどい。日本では、丸刈りにされたのは北海道の一部ぐらいだが、欧州ではほぼ全域が同じような丸刈りにされてしまったのだ。
( ※ 欧州の衛星写真を見るとわかるが、ほとんどの地域が開墾されており、ところどころに森林部がわずかに残っているだけだ。まとまった森林領域はろくに残されていない。日本とはまったく事情が異なる。)
「欧州は平地の市街地が多くていいな」
と日本人は思うことがある。だが、実は、それは、欧州人が森林を次々と伐採してきたからだ。そういう大量の自然破壊をした結果が、現状の欧州だ。(森林を伐採したから、市街地が多い。)
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以上のことから、欧州人というのが、どういう人々かわかる。こういう人々が威張って、日本人を馬鹿にして、「エコ」を口にするのだから、ちゃんちゃらおかしい。今の「エコ」運動というのは、こういう欧米崇拝・日本蔑視の運動なのだ。ほとんど人種差別。
そして、そういう人種差別的な欧米人を、嫌悪するどころか、崇拝する日本人がいる。彼らは「ドイツの真似をしましょう」と推奨する。その際、白人様の都合の悪いところは見ないで、白人様の立派なところばかりを見る。……それが連中の立場だ。
( → 詳細は以下を参照。)
[ 付記1 ]
エコを標榜するドイツがどんな状況にあるかは、先に記した。
→ 原発とエコ [ 付記3 ]
ここでは、「ドイツという国は、たしかにエコを実践しているが、その代償として、文明生活を放棄してしまったようだ」という話をした。(実例多数。)
さらに加筆すれば、次のこともある。(前出との重複を含む。)
- フランスから原発の電力を輸入している。
- 石炭発電で炭酸ガスを大量に排出している。
- 電力価格が2倍もする。
- 夜間は照明なし。そのせいで夜間の活動もなし。
- コンビニがない。小売店の夜間営業も、ほぼない。( → 出典 )
- 自販機もない。( → 出典1 ,出典2 ,出典3 )
ま、ドイツ人は、「夕方には退社して、家で家族と過ごす」という生活をしているから、それでも何とかなる。しかし日本人はどうなる? 深夜まで会社に勤めて、食事はコンビニで適当に買って済ませる、という人が多いのに。
コンビニも、自販機も、夜間営業も、夜間照明もなくしたら、日本人の生活は崩壊しかねない。そんなことでいいのか? 何でもかんでも「ドイツはすばらしい」と憧れていればいいのか?
[ 付記2 ]
ついでに言うと、欧州人のなかで一番日本人を見下しているのは、ドイツ人であるようだ。
英国人はかなり親日的。フランス人も、柔道や漫画が大好きで、かなり親日的。しかしドイツは違う。日本人を見下している。日産自動車はベンツの傘下に入ろうとしたことがあるが、あまりにも見下されていると感じて、ベンツの傘下に入るのを拒んだ。正解でしたね。
日本人はやたらとドイツに憧れるが、それはみじめな片思いにすぎないということを、はっきりと理解した方がいいだろう。「ベンツやBMWやポルシェに比べれば、日本の自動車メーカーなんてゴミにすぎない」と彼らは思っている。同様に、「日本人なんてユダヤ人と同様だろう」というふうに思っている。サッカーの高原は、現地で「スシ・ボンバー」と呼ばれて、頭に寿司をのっけた漫画を描かれたらしい。「馬鹿にするな」と彼は思ったが、ぐっと我慢したそうだ。(本人談)
こういうことも知らないで、ドイツに一方的に憧れると、あとで袖にされて、泣きを見るだけだ。いい加減、みじめな片思いは、やめた方がいいのだが。……ヨン様に憧れるのと同じようなミーハー連中には、馬の耳に念仏か。
[ 付記3 ]
欧州人が炭酸ガスばかりに熱中して、森林消失を軽視するのは、上記の理由によるのかもしれない。もし「森林消失が問題だ」というふうになると、「日本は偉い、欧州は駄目だ」というふうになる。
しかし、それでは、欧州人が威張れなくなる。そこで欧州人は、自分たちが威張って、黄色い猿を軽蔑するために、「炭酸ガスを減らそう」としきりに唱えるわけだ。
そして、それを真に受けて信じるお馬鹿な黄色い猿たちが、「白人様が言うのだから、それが正しい」と信じて、せっせと「レジ袋有料化」だの「エコキャップ」だの、馬鹿げた運動をして、大喜びするわけだ。
[ 余談 ]
本項では、人種差別を強調しすぎた嫌いがある。それはちょっと言い過ぎ。 (^^);
ただ、こういう人種差別的な傾向がある。それを指摘する皮肉を言いたいのが、本項の趣旨。
トンデモマニアは個人の悪口を言うのが趣味だが、私は権力を握っている連中の悪口を言うのが趣味。で、そのどちらも、「悪口を言う男って、キモイわね」と言われて、女性にはモテないかも…… (^^);
【 関連項目 】
※ 本項は完結していません。次項でも似た話が続きます。
(シリーズふう。)