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第1回
「IT革命」の死角

第2回
ビジネスモデル特許の核心

第3回
ITよりナノ・テクノロジー

第4回
捕鯨問題の国際政治事情

第5回
環境問題と国際政治

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(4/全5回) 2000.11.16

【第4回 捕鯨問題の国際政治事情】
―― 今回は、捕鯨問題についてうかがいます。調査捕鯨を拡大させようという日本の意見に対してアメリカが強硬な態度に出たのはなぜでしょう。

月尾嘉男 最近、日本のマスコミもやっと捕鯨問題を取り上げるようになりました。アメリカは、日本が調査捕鯨を拡大するのであれば制裁措置をとる、と言っていますが、アメリカの一部からは、制裁措置をとって日本への穀物輸出を制限すれば、アメリカの農業は打撃を受けるからやめてくれという意見もあります。

―― それなら日本は穀物輸出の側を応援すれば、捕鯨問題はなくなるかもしれないですね。だとすればこれもまた、環境問題ではなく政治問題ですが。

月尾 そもそもの経緯は、ニクソン大統領再選の頃にさかのぼります。

―― もう30年近く前ですね。そんな以前に何があったのでしょうか。

月尾 日本、ノルウェー、ソビエト連邦などによる捕鯨を止めさせようという考え方は、確かに生態系を考えればもっともです。それで捕鯨を止める代わりに調査捕鯨は続けるということになった。

 調査捕鯨というのは、厳密な規則を決めて、シロナガスクジラは全面的に捕鯨禁止だが、ミンククジラは1年間に何頭だけ捕ってもよい。また、捕獲の区域や期限、また捕獲の対象となるクジラの大きさなど細かい規則をいくつも決め、捕鯨後は直ちに船の上にひきあげて細かく解剖して、例えば、このクジラは何歳だとか、何を食べているかといったことを調査するものです。

 そうすることでクジラの個体数が減っているのか、増えていくのか確かめようというのが調査捕鯨です。

 ところが、生態系問題としての捕鯨の交渉の裏には政治的なことが絡んでいました。1972年にストックホルムで国連の人間環境会議が開かれ、そのときに捕鯨を禁止するかどうかが重要な議題になったのです。

 日本、ノルウェー、ソ連など、捕鯨を続けたい十数カ国は捕鯨容認のために努力をし、この会議では間違いなく容認意見が通ると見ていたのです。その結論は同年6月8日に投票で決まることになっていました。

 ところが、日本の代表団がその日の朝にストックホルムの会議場に行ってみると誰一人いない。おかしいと事務局を訪ねてみると、当時の事務局長のモーリス・ストロングという「環境マフィア」とも言われる人物に「日本は連絡を受けていないのか。採決は翌日に延期された」と言われたのです。

 これが故意なのか、単純なミスなのかはわかりませんが、とにかく空白の1日ができた。その間に、当時のアメリカの国務長官キッシンジャーが各国に根回しをしたらしいのです。結局、翌日の投票では、圧倒的な反対で捕鯨派の国々が負けました。

 キッシンジャーが動いた背景については、いろいろな憶測があります。72年といえば、ニクソン大統領の再選の年でしたし、ベトナム戦争がドロ沼の様相を見せていました。スウェーデンをはじめ、環境意識の高い国々は、ニクソン政権によるベトナムでの枯れ葉剤散布作戦が環境に与えた絶大な被害に対して、糾弾する構えでいました。

 もしそれが国際会議の場で非難されると、大統領選挙に響くため、別の問題を話題にして矛先をそらそうとの策略があったのだとも考えられます。クジラが絶滅に追いやられると騒ぎ立て、日本、ノルウェーの提案潰しに目を向けさせたというのが真実かもしれません。アメリカの公文書の公開期限が来れば判るかもしれない問題です。

―― ニクソンの再選が果たされ、ベトナム戦争終結以降も調査捕鯨に対する風当たりが強いのは、どう考えたらいいのでしょう。

月尾 結論を言えば、海洋の食糧資源において日本や、ノルウェーにイニシアティブを取られたくないというアメリカの思惑が働いているのだと思います。

 それに触れる前に、72年の人間環境会議のとき、アメリカとイギリスがとった政策について話しておく必要があります。

 それまで捕鯨問題の議論は、捕鯨を実際に行なっている国、つまりノルウェー、ソ連、ニュージーランド、日本などが中心になっていたのですが、アメリカが、捕鯨の問題は単に漁業資源という問題にとどまらず、地球環境問題にも関わってくるから、関心がある国はすべて議論のメンバーにするべきだと提案しています。

 それで突然、多数の国がIWC(国際捕鯨委員会)のメンバーに名を連ねることになった。捕鯨問題について、あまり名前を聞いたことのないような国が多数参加しています。モーリシャスとかアンティグアバーブーダとか、人口数万の小さな国が多いのです。さらに、委員会に参加する国の代表は必ずしもその国の国民でなくてもいいということも決まりました。

 ですから、アンティグアバーブーダという国の代表としてイギリス人が参加するということも起きています。

 結局、環境保護について強硬な考えを持ち、捕鯨に対しても否定的な意見の人たちが委員会のメンバーの大勢を占めることになったので、それ以降はことごとく日本、ノルウェー、ソ連などの提案は否決されるようなことになってしまいました。

―― ルールを自分たちの都合のいいようにつくりかえるのは、欧米の得意なやり方ですね。

月尾 そうです。そして今日に至るまで、この状態が続いている裏には、やはりアメリカという大国の、食糧戦略においてイニシアティブをとりたいという思惑があると思います。食糧戦略にそれほどまでにこだわる理由は、陸上での穀物の収穫がほとんど限界に達していて、次に人口を養うための耕地に相当するのが海洋だからだと思います。

―― それは知りませんでした。

月尾 その海洋資源を管理したり捕獲したりする主導権を、日本とかノルウェーに取られることを、アメリカは安全保障上好ましくないと考えていると思います。そのために環境という名目で押さえていると推測するのが妥当ではないかと思います。

 重要なことは、政治家が環境問題を国際的な力関係の中において考えていく力を持たなければならないということです。その視点を持たないまま国際的な議論に参加しても、反対意見に押し流されることになるでしょう。

―― クジラは減っていると言いますが、日本が専門的に調査してみると実際にはむしろ増え過ぎているというデータもありますね。そのクジラが食べる魚の量が多いために、それによって生態系バランスを崩すという説もあります。先ほども言いましたがルールを自分たちの都合のいいように変更したり、データを都合よく解釈してでも、自分たちに有利なように話をもっていく。これはアングロサクソンの悪い面ですけれど、ある意味で日本が見習うべきことでもありますね。

月尾 誰でも知っている例はスキーのジャンプ競技です。日本が勝ちすぎると、板の長さのルールを変えようと言い出す。それと同じで、国際政治の場では、自国に有利な政策を採らないほうがむしろ「悪」という面があることは知るべきです。

 決まっている規則はひたすら守るのが当たり前という発想では、熾烈な国際政治の社会の中では生きていけないのです。

 ルール変更を真似すべきかどうかはともかく、そのような現実があることは知っておくべきだし、それに対抗する戦略も持っていなければならない。そして科学や技術も、そのような大きな枠組みの中で見る必要があります。科学技術だから真理は一つだとは、残念ながら言えないのです。

(第4回 終)

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