日本の伝統的食文化である捕鯨は「商業捕鯨」が禁止され、「調査捕鯨」を細々とやっているということはご存知のことと思う。
しかしこれがベトナム戦争の枯葉作戦と因果関係があったことを知っているものは少ないと思う。
1972年6月、ストックホルムで開かれた第一回国連人間環境会議で日本を支持してきた参加国を買収と脅しで反対工作をやり、日本案を否決させたため、じ後商業捕鯨が出来なくなったのである。
それをやったのがニクソンの懐刀で当時大統領補佐官だったヘンリー・キッシンジャーだったのである。
当時の米国はベトナム戦争において、密林地帯に潜む北の解放軍兵士を掃討するために、強力な除草剤を空から撒く「枯れ葉作戦」を繰り広げていた。強力なダイオキシンを含む除草剤によって、森林は破壊され、奇形児が多数生まれていた。主催国スウェーデンのパルメ首相は、この問題を環境会議で取り上げると予告していた。
ニクソン大統領はこの年の11月に再選挙を控えており、ライバルの民主党ジョージ・マクガバン上院議員はベトナム戦争反対を訴えていた。もし環境会議でこの問題が取り上げられ、アメリカが国際的な非難を浴びたら、ニクソン陣営は面子丸つぶれとなる。
捕鯨モラトリアムの提案は、このような事態を避け、逆に環境問題でのリーダーシップを誇示して、マクガバンの支持層を切り崩す一石二鳥の作戦だった。それは見事に成功した。19世紀には捕鯨大国として太平洋の鯨を激減させ、今まで一度たりともIWCでモラトリアムなど提案したことのなかったアメリカは、この時から反捕鯨陣営のリーダーに変身したのである。
すなわち商業捕鯨はアメリカのニクソンの選挙運動のために禁止されたのである。
日本人の伝統的食文化をである。
じ後アメリカに対する反対が多かった科学者たちの研究の積み重ねを無視して、多くの反捕鯨国をIWCに加盟させ、本会議の多数決で乗り切る戦術に変更した。
72年に15カ国だったIWC加盟国は、10年後の82年には、39カ国にまで増えていた。24カ国の増加のうち、19カ国はアメリカやグリーンピースなどの環境保護団体が加盟させた反捕鯨国である。
これらの中にはセントルシア、セントビンセント、ベリーズ、アンティグア・バブーダなどという普通の日本人には聞いたこともない国々が含まれていた。いずれもカリブ海に浮かぶ小さな島国でイギリス連邦に属している。イギリス本国からIWC加盟を要請され、分担金などの経費はグリーンピースが立て替え、さらに代表もアメリカ人などが務める。多数派工作のための完全な傀儡メンバーである。
○日本の異議申立てに米政府の圧力
商業捕鯨10年間のモラトリアムという決定に対し、日本政府はただちに異議申し立てを行った。この権利は捕鯨条約第5条で保証されており、異議申し立てをした国は、IWCの決定には拘束されない。モラトリアムの採択自体が、捕鯨条約を踏みにじったものであるから、この異議申し立ては正当である。
これに対して、アメリカは異議申し立てを撤回せよと日本政府に要求してきた。異議申立てを撤回しなければ、「捕鯨条約の規則の効果を減殺した国には、アメリカ200カイリの漁獲割当てを削減する」という国内法を適用せざるを得ないと脅しをかけてきた。
当時、アメリカの200カイリ内での我が国漁獲高は約1300億円。鯨の約110億円の10倍以上であった。2年以上の日米協議の結果、日本政府は84年11月に異議撤回を表明し、87年末までに商業捕鯨をすべて停止した。
結局日本はアメリカの脅しに負けたのである。
○調査捕鯨への転換
しかし、日本政府は、捕鯨技術の維持と、科学的データの収集を目的として調査捕鯨の計画を作成し、87年のIWC年次大会で発表した。調査捕鯨については、捕鯨条約で「捕鯨業の健全で建設的な運営に不可欠」であると奨励までされおり、「この条約のいかなる規定にも拘らず」、締結国政府は調査捕鯨ができるとされている。
前回の捕鯨に関するBlogで畜産国家が結束して捕鯨に反対と書いたが、その畜産国家が地球を疲弊させ、環境悪化を進めているのである。
2050年には100億人の大台に乗る世界の人口を養うには、動物蛋白が絶対的に不足する。1キロの畜肉を得るには、その5倍近い飼料用穀類が必要で、今でも世界の穀類生産の半分は飼料向けになっている。また畜肉の中心である牛は、現在10億頭を超えるが、その排泄物は地球環境に深刻な影響を及ぼしている。今後、クジラを中心とした海洋資源に頼らざるを得ないのは明らかである。
今一度捕鯨の必要性を考えて見ようではありませんか