持ち主が地元にいない「不在地主農地」の影響で、自治体が農業の担い手に耕作放棄地を貸す事業を行う際、対象農地の地主全員の同意を集めきれず、借り手が無届けで耕作する違法な「ヤミ小作」を黙認せざるを得ない事態が起きている。相続後に登記すらしない不在地主を農地基本台帳で把握できないため。農地法に従って摘発すれば耕作放棄対策が進まない矛盾した状態で、自治体からは台帳の法定化を求める声が出ている。【井上英介】
大量の不在地主農地を抱える鹿児島県阿久根市。最新の05年農業センサスによると、市の農地に占める耕作放棄地の比率は39・9%で、全国平均9・7%に比べ著しく高い。
市は耕作放棄地解消を目的に04年末、対象農地の地主全員の同意を集めて借り上げ、企業へまた貸しする「農地リース方式」を全国に先駆けて導入した。企業の農業参入を図ろうと小泉政権時代の構造改革特区で登場し、08年9月現在で155市町村が導入、320法人が参入している。
阿久根市の参入第1号は、でんぷん工場を営む「枦(はし)産業」(枦壽一(じゅいち)社長)だった。05年から耕作放棄地を畑に戻し、原料のサツマイモを栽培する事業に取り組んだ。5年目の09年、耕作面積は43ヘクタールになる見通しだ。
ところが、適正な手続きで市がリースする畑は30ヘクタール。残りの13ヘクタールは、農業委員会の許可なしで耕作する「ヤミ小作」で、農地法違反の状態だ。同社が一部の地主の承諾で直接借りており、市が同意を集めきれなかった農地も含まれている。
市農政課は事情を知るが、黙認している。梶尾末義課長は「不在地主の増加で同意集めが難しい。法を守れば耕作放棄が増えるジレンマがある」と複雑な胸中を明かし「(住民基本台帳のように)農地基本台帳を法定化すべきだ。相続による権利移動が正確に反映されるなら苦労せずにすむ」と訴える。
枦社長は自ら耕した畑で「地元農家から信頼され、次々畑を任されるようになった」と胸を張る。取り組みは農業参入の成功例として農林水産省のホームページで紹介されている。
農業が経済活動として成立していないため、相続登記もされない不在地主農地は鹿児島にとどまらず兼業機会の少ない地方で現に発生している。今後急増が予想され、農地基本台帳と現況、農地制度と現実の乖離(かいり)に拍車がかかる。農地の利用と所有の実態を把握する仕組みを改善し、農地情報を整備すべきだ。
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■ことば
農地保全を目的に市町村農業委員会が管理し、農家ごとに所有農地や小作地の面積を記載する。農林水産省の通知に基づいて作成され、地方税法で整備が義務づけられた固定資産課税台帳のような法定台帳ではない。
毎日新聞 2009年2月27日 東京朝刊