経済危機でもスポーツ支える社会的貢献
【金子達仁】2009年02月19日
	宮崎で行われている野球日本代表合宿の初日には、4万人近いファンが訪れたという。経済危機の影響がプロ野球選手のギャラを直撃した、という話もいまのところは聞こえてこない。不景気になれば真っ先に切り捨てられることの多い日本のスポーツだが、改めてプロ野球人気の根強さを思い知らされた気がする。
言うまでもなく、本来、スポーツは飢えや痛みを癒(い)やしてくれるものではない。ただ、忘れさせてくれることはある。長い歴史を持つプロ野球は、敗戦による飢えや、災害による痛みをいくらかでも和らげる働きを果たしてきた。それゆえに、未曾有と言われる経済危機にあっても、切り捨ての対象から外れていられるのだろうと思う。
日本のスポーツにとって、こんなに喜ばしいことはない。
もし今回の経済危機がプロ野球にも壊滅的な影響をもたらしていたとしたら、どれほどの歴史があっても、日本人にとってスポーツの存在、優先順位は極めて低いということの証明になってしまう。プロ野球界の活気は、歴史を積み重ねていけば、そして社会的貢献を続けていけば、この国でもスポーツの優先順位は上がりうるという証左である。
先週行われたW杯のアジア最終予選。ホームでの引き分けは残念な結果だったが、実を言えば、わたしは試合が始まる前の段階でかなりの満足感を抱いてしまっていた。
日本ではほとんど報道されていないが、いま、オーストラリアではかつてないほどの反日感情が高まっているという。理由は主に二つ。捕鯨を巡る問題と、最近公開された日本軍の戦争行為を描いた映画である。そこからたどりつく結論は“野蛮な日本人”だということらしい。
オーストラリアには多くの日本人も在住している。自分たちに向けられる目が険しくなっていくことを実感している中で迎えた、オーストラリアと日本の決戦。どちらのゴール、勝利にも素直に感情を表しにくい状況があったことは想像に難くない。
そんな中、あの日のスタジアムは災害被害者のための黙祷(もくとう)を捧(ささ)げた。復興を支援するための緊急募金も実施した。山火事とW杯予選の間にほとんど時間がなかったことを考えれば、これは日本サッカー協会の迅速なる大英断だった。試合前にわたしが少しばかり満足してしまったのはそれゆえである。
たかが黙祷、たかが募金が、燃え盛った反日感情を消し去るとは思わない。それでも、こうした行為の積み重ねこそが、スポーツを文化の域に近づけていくのだとわたしは思う。(スポーツライター)