林真理子さんの連載小説「下流の宴(うたげ)」が3月1日からスタートする。中流だと思っていた家庭の中で突如息子がレールを外れてしまった。そこで巻き起こるさまざまな出来事、トラブル……。「格差」という現代を象徴するテーマに実力派作家が真っ正面から挑む。日々目を離せない展開になりそうだ。【内藤麻里子】
「世の中が急激に変わってきましたね」。中流だと思っていた生活も下流と紙一重の現実。大学に行って就職する“堅実な生活”も幻想にすぎない社会になってきた。
「そんな中で教育のせいでもなく、しつけのせいでもなく、ある日、若者たちがやる気をなくしている。そこそこ食べていければいいと思っている。意欲も何もない。若者の精神性が空恐ろしい」
林さん自身の周辺でも、中流家庭で育った若者が、下流になだれ込んでいる状況があるという。「漫画喫茶で暮らす若者の問題は人ごとだと思って暮らしていたら、自分の息子がそうなってあわてている人がいる」
今の女の子の服装のだらしのなさにも無気力な精神性を感じるという。林さんが20代のころは“お嬢さまブーム”で、ファッション誌『クラッシィ』などを参考に背伸びをしていた。
「背伸びってね、足を踏ん張らなきゃできないの。今は自ら楽をしようと思って、下の方に下の方に向かって行く」
若者の精神の荒廃など社会の変化に気づいたのは、“荒れる成人式”が問題になった01年ごろのことだという。
「かつて成人式といえば、親はお金をためて100万円クラスの振り袖を着せてやりたいと考えたもの。今や安物の振り袖。男の子は茶髪に羽織袴(はかま)。厳粛な一家の儀式が崩壊し、家の格や見識など積み重ねてきたものがなくなってしまった」
「下流社会」を扱った一連の本が出始めたのが05年。林さんは「読んでなるほどと思った」と振り返る。
「下流の宴」の主人公は40代の主婦。息子は20歳。アルバイトはしているものの、母は子が気になって仕方ない。彼女ができても、何をしても頭痛の種は増えるばかり。
「きちんと教育を受けて大学まで行くのが当然という家と、逆に高校までに行ったらめっけものという家があります。以前はこの両家は交わらなかったけれど、今の若者の世代では知り合う機会ができるようになったんですね。中流の子でも、バイト生活をしていたら、育った環境が全く違う女の子と結婚する可能性が出てくる。そうなったら40代、50代の親にとっては心配でしょうね」
暗い世相を反映した内容になるが、そこは林小説。ただ暗いだけでは終わらない。希望も与え、前向きに生きるメッセージが込められる。
不安にさいなまれる母親はどうなるのか。ドロップアウトした息子の運命はいかに。格差社会に切り込み、人間模様をコミカルに描き出す。読みどころ満載の新作である。
毎日新聞 2009年2月24日 東京夕刊