保釈
 
2001.11.7(2003.5.11)

     犯罪を犯した場合、警察に逮捕されそのまま勾留されてしまう場合が非常に多いです。ところが勾留されてしまうと、会社に行けないのは勿論、家賃の支払いもできなくなったり、家族とも会えなくなったりします。現在の刑事捜査では無意味に勾留をすることが非常に多く憤慨極まりないのですが、今回は勾留されてしまった被疑者(被告人)の保釈について、保釈保証金や保釈条件を中心に見てみます。
その1  被疑者・被告人の勾留

     犯罪を犯した者が警察などに逮捕された場合、軽微な犯罪であったりすると逮捕後も勾留されずに一旦自宅に戻れたりします。しかし、犯罪捜査実務においては相当数の被疑者(犯罪を犯したとの疑いの有る者)は逮捕後に身柄を勾留されています。被疑者段階での勾留に対しては、勾留許可決定の取消しを求める方法以外には身柄拘束を解く手段がありません。実務上はほとんどこの取消しの請求は認められずに終わっています。
     被疑者が勾留されている状態で起訴されると、ほぼ自動的に起訴後の勾留に移行します。被疑者の勾留から被告人の勾留に代わるのですが、身柄を拘束されている本人からすれば、何も変わりがないとうのが実際のところです。ほぼ自動的に、というのは、手続的に被告人としての勾留決定を行うこととなるのですが、現実にはほぼ無条件にちかい形で裁判所は勾留決定をしているからです。被疑者段階で勾留されていた被告人の80%以上が身柄を拘束されたまま起訴されていますので、公訴提起されたところで身柄を解放される方が遙かに少ないのです。
<勾留>
 
    勾留とは「被告人又は被疑者を拘禁する刑事手続上の強制処分(裁判及びその執行)」[有斐閣法律学小辞典]のことをいいます。似たものに「拘留」というものがありますが、これは刑罰の一つの種類であって、勾留とは異なります。勾留は、被疑者が逃亡したり、犯罪を犯した証拠を隠滅したりする恐れがあるときに、被疑者の身柄を拘束することで逃亡や証拠隠滅の危険を回避するべく行われるものです。従って、罰ではないのです。しかし、実際には勾留されると拘置所(東京だと小菅にあります)か各警察署の留置所(いわゆる「代用監獄」)に入れられるため、一般人の感覚からすると刑務所に入ったも同然と思われがちです。
   勾留すると、被疑者は外界との交遊を遮断されますし(接見禁止がつけば弁護人以外とは話も出来なくなる)、当然会社にも行けません。そのため、勾留するためには被告人・被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、かつ、住居不定、罪証隠滅又は逃亡のおそれがあることを必要としています(刑訴60条1項)。また、これらの要件が満たされている場合であっても、事案が軽微であるなど勾留の必要性がないと認められるときには勾留は許されないとされています。
   勾留するかどうかを決定するのは裁判所です。検察官からの勾留請求をうけて、勾留すべきかを判断し、被疑者の場合には最大で10日間の勾留許可決定を出します(刑訴207条・208条)。但し、被疑者の勾留期間については、更に10日間の延長も認められますので、実際には20日間勾留されることが多いです。
 刑事訴訟法第60条
 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
    1 被告人が定まつた住居を有しないとき。
    2 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
    3 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
2項   勾留の期間は、公訴の提起があつた日から2箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、1箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第89条第1号〔死刑、無期、短期1年以上の懲役・禁錮にあたる罪を犯したものであるとき〕、第3号〔常習として長期3年以上の懲役・禁錮にあたる罪を犯したものであるとき〕、第4号〔罪証隠滅の疑いに相当な理由があるとき〕又は第6号〔氏名または住所が判らないとき〕にあたる場合を除いては、更新は、1回に限るものとする。
3項  (省略)
刑訴第207条(被疑者の勾留)

前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
2項  裁判官は、前項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。但し、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。
第208条(勾留期間、期間の延長)

前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から10日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
2項  裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて10日を超えることができない。
 


その2  被告人の勾留を解く手段「保釈」

    保釈とは、「保証金の納付等を条件として、勾留の効力を残しながらその執行を停止し、被告人の身柄の拘束を解く制度」をいいます(司法研修所・刑事弁護実務)。要は、もし逃げたり証拠を隠滅したり(証人に脅しをかけたり)した場合には、予納させた保釈保証金を没収するという威嚇の下に、保釈保証金を積ませて身柄を一時的に開放する手続を保釈というのです。
    本来は、刑事裁判が確定するまでは被疑者は犯人かどうか決まっていない(推定無罪の原則)のであるから、出来る限り身柄を拘束することは避けなければならないものである。無実であるにもかかわらず身柄を拘束され、その間家にも帰れず会社にも行けなくては、一般社会生活が送れないばかりか、会社を解雇されたりという大きな不利益を被る危険もあるからです。しかし現実には勾留されて身柄を拘束されることは珍しくもありません。そこで、裁判にきちんと出頭するための保証を確保し、身柄を一旦開放する制度として保釈制度があるのです。

    保釈には大きく分けて3つの種類の保釈があると規定されています。「権利保釈」(刑訴89条)と「裁量保釈」(刑訴90条)、そして「義務的保釈」(刑訴91条)とです。義務的保釈というのはほとんどお目にかからないものですので実務上は権利保釈と裁量保釈の2つが問題になるといえます。
1) 権利保釈

    権利保釈とは、必要的保釈とも言われるように、保釈の請求があったときには、裁判所は法廷の除外事由が無い限りは保釈を許可しなければならない種類の保釈のことを言います。除外事由、つまり、これらの事由があるときには保釈を許可しなくてもいいという要件としては、@重い刑罰が科せられる特定の犯罪(死刑・無期懲役、短期が1年以上の懲役刑(禁錮刑)に課せられる犯罪を犯した場合、A被告人が以前に一定範囲の重大な罪の有罪判決(死刑・無期懲役まらは10年以上の懲役刑(禁錮刑)を受けていた場合、B常習犯的なケース、C証拠を隠滅すると疑われる相当の理由があるとき、または目撃証人や被害者にお礼参りなどをするような危険がある場合、D氏名や住所が不明な場合(刑訴89条)となっています。
    これらの事由がない場合には、裁判所は保釈を「許さなければならない」とされているのです。
2) 裁量保釈

   裁量保釈とは、権利保釈における許可の除外事由が有る場合でも、裁判所が保釈許可を適当と認めるときに行われるものをいいます。例えば形式的には常習犯的犯罪を犯した場合であっても(刑訴89条3号の除外事由)、被告人の経歴や性格、社会的地位、家庭状況、職場環境などを総合的に判断して、裁判所が保釈を認めることがあるのです。ただ、実際の運用では、逃亡の恐れや証拠の隠滅などの危険がないことが前提になっているようです。
<推定無罪>
 
    推定無罪の原則(無罪推定の原則)とは「犯罪の嫌疑を受けている被疑者や、公訴を提起されて裁判所の審理を受けている被告人は、裁判所が有罪の判決をするまでは、『罪を犯していないもの』として扱われなければならないという原則」(有斐閣法律学小辞典)。歴史的にはフランス人権宣言で取り入れられたものですが、要は裁判によって有罪が確定するまでは有罪ではないという考えである。この「有罪ではない」というのは、「有罪かどうか判らない」というものではなく、「無罪」として扱うというものです。
    法の建前はこの通りなのであるが、社会的現実としては、犯人だとして逮捕された時点で一般の人は「犯人だ=有罪だ」という感覚を抱くのが実際です。そのため、逮捕されて勾留されているだけで、既に刑務所に服役しているのと同じ感覚で被疑者を見てしまうのです。判決において「○日間勾留されており大きな社会的制裁も受けており」とよく書かれているのは、法律の建前には明らかに反しているものの、社会的実態には沿うものといえます。
 刑事訴訟法第88条(保釈の請求)

勾留されている被告人又はその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹は、保釈の請求をすることができる。
2項  省略

 刑事訴訟法第89条(必要的保釈)

保釈の請求があつたときは、左の場合を除いては、これを許さなければならない。
1 被告人が死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
2 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮にあたる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
3 被告人が常習として長期3年以上の懲役又は禁錮にあたる罪を犯したものであるとき。
4 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
5 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
6 被告人の氏名又は住居が判らないとき。

 刑事訴訟法第90条(裁量保釈)

裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
 


   

その3  保釈の現実

    さて、これまでは刑事訴訟法の本を見ても乗っている内容なので、これからは実務家の立場からの話になります。
    保釈というのは、権利保釈(必要的保釈)が大原則になっているので、請求すれば原則的に保釈を許可しなければらないのですが、実際には保釈が認められる割合というのはかなり低いものです。司法統計(手元にあったのは平成10年度までの資料)でみてみると、保釈申請がなされた案件のうち、実際に保釈が許可されたのは49.3%にしかなってないのです。つまり、保釈申請をしても2件に1件は許可されないということになっているのです。とても原則として保釈を許可するという法の建前が維持されているとは思われません。
    なぜ保釈がこれほど低い割合でしか認められないのかは、実務家や学者が様々な論文でしてきしているところですが、基本的には否認している被告人については「否認している」ことのみをもって保釈を許可しないという裁判所の感覚があるようです。また、自白している場合であっても、明確な根拠があるわけでもないのに「罪証隠滅の恐れ有り」の一言で保釈を許可しないでいい、という裁判所の感覚があるようです。もともと勾留は、逃亡の恐れがあったりするので身柄を確保しておかなければ裁判ができなくなるとして例外的に認められている制度のはずなのですが、検察官も裁判官も「犯罪をやっておいて、多少身柄を拘束されて何を文句言う」という感覚をもっているとしか思えないのです(実際にそういう趣旨の話を聞く)。法の番人たる裁判官の感覚とは思われないのですが、残念ながらこれが実態のようです。
   そのため、「逃亡の恐れ」というのも極めて抽象化したところで安易に認めているのが実務なのです。
   例えば、指名手配されていながら逃亡を続けていたところを逮捕された人の場合には、逃亡の恐れというのは現実問題としてあるといえるでしょう。しかし、ひどいときには交通事故の現行犯で逮捕されて最初から自白しているにも拘わらず、「定職がない」(正社員でないだけでアルバイト従業員である場合もこうなってしまう)から逃亡の危険があるなどとして保釈の許可を出さないこともあります。いわずもがな、否認していればまず90%保釈許可はでないでしょう。

  また、保釈許可決定の判断においては、検察官の役割というのが非常に大きくなっています。手続上、裁判所は保釈許可決定の裁判に際して、検察官の意見を聞かなければならないとされています(刑訴92条)。検察官は、保釈の担当裁判官から保釈意見を求められると「不許可」か「しかるべく」という返答をします。「しかるべく」というのは「裁判所の判断に任せる」という意味なのですが、自ら捜査段階で勾留請求をしている立場にいる検察官が「保釈許可をどうぞ」とは言えない(らしい)ので、お任せするという中に「保釈してくれても構わない」というニュアンスが含まれているのです。このような場合には、保釈許可決定がでることが大半です。これに対して「保釈許可は不適当」という趣旨の意見を検察官が出してくると、裁判所はほとんどの場合保釈許可を出さないです。検察官の意見はあくまで「意見」にすぎないので、裁判所がこれに拘束される必要もなければ、検察官の顔を立てる義務もないのですが、実情は「検察官も保釈は不適当だといっているのだから」と許可しないことが多いのです。確かに、検察官が「この被告人は保釈したら何をするのか判らないから保釈をされては困る」という場合に、実際に保釈をするべきではない被告人もいるはずです。しかし、検察官が意見する場合に、必ずしも厳格に保釈許可除外事由を精査しているのかというと疑問があります。重大犯罪だからとか、否認しているから、という形式的な理由だけで保釈は不適当という意見をしている場合が多いように思われるのです。 
 刑事訴訟法第92条(検察官の意見の聴取)

 
裁判所は、保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定をするには、検察官の意見を聴かなければならない。
2項  検察官の請求による場合を除いて、勾留を取り消す決定をするときも、前項と同様である。但し、急速を要する場合は、この限りでない。
 


その4  保釈されるにも金がいる 〜 なんとかの沙汰も金次第

    さて、保釈を許可する場合には、「2」で挙げたように裁判所は保釈の条件を付けるのですが、これらの条件を遵守せずに裁判所に出廷しなかったり、どこかに逃亡してしまった場合には、保釈保証金を没収することとなります(刑訴96条2項)。被告人としては、保証金を没収されては経済的に困るので、きちんと裁判所に出廷するようにするのです。このような畏怖効果を背景に保釈制度が成り立っていると言えるのです。
    ここで問題となるのが、保釈保証金の金額です。余りに少額で保釈を認めると、「あれくらいのお金は捨ててしまえ」という感覚で逃げ出してしまう恐れがないとも言えません。しかし、非常に高額な保証金を求められると、お金がないが故に保釈されるべき案件なのに保釈請求すら出来ないという結果に陥ってしまうのです。

    最近では、某芸能人の息子の芸能人が薬物事犯で 逮捕されましたが、300万円の保証金を積んで保釈されています。昔にさかのぼれば、田中角栄元首相は3億円の保証金を積んで保釈されました。もうすこし近いところでは、イトマン事件の許被告は1億円以上の保証金を積んで保釈された挙げ句に海外逃亡して再逮捕されています。
    芸能人の息子(あるいは本人)であるとか、政治家、財界人などの場合には、有る程度の保証金を用意することはさほど困難ではない場合もあるでしょう。それゆえに高額な保証金を積ませることはできるでしょうし、それくらいのプレッシャーがなければ保釈を許可しないという考えも判らなくはありません。しかし、被告人として勾留されている人の大半は、経済的に裕福であるという訳ではないごく普通の経済レベルの人です。特に最近の不景気な世の中では、100万円を用意しろ、と言われてすぐに準備できる人の方が少ないのではないでしょうか。
    ところが、最近の保釈保証金の実務事例をみてみると、お金が用意できないので保釈請求を断念せざるを得ないという問題有る状況だと言えます。司法統計では、平成10年度の地方裁判所における保釈保証金の取扱は、100万円未満が僅か1.4%、100万円〜300万円未満が81%、300万円以上が17%となっています。つまり、保釈保証金の金額としては、事実上最低が100万円というのが資料上も明らかなのです。しかも、現実に弁護活動をしていると100万円で保釈が出るという可能性は極めて低く、実務上は保証金の最低価格は150万円であるという感覚です。

    手元にあった資料が多少古いのですが、現在の状況と極端に大きな変化はないので参考までに平成7年度の保証金の分布表を見てみますと

100万円未満 100万〜
150万円未満
150万〜
200万円未満
200万〜
300万円未満
300万〜
500万円未満
500万円以上
割合 2.7% 21.7% 31.7% 28.9% 10.6% 4.4%

となっています。おそらく平成13年においては150万円未満も割合が更に低下しているはずです。というのは、平成3年には150万円未満で保釈された割合が36%、全体の3分の1以上あったのですが、平成7年の時点で24%と4分の1を割り込んでいるので、最新の統計を見てみれば更に比率は下がっていると思われます。また、私が現実に保釈請求をしたり別の弁護士から聞いた限りでも、この数年、150万円未満で保釈がおりたという例は希にしかないものです。
   これを見ても判るように、150万円〜300万円の保釈保証金が求められる案件が全体の6割を超えており、保釈を請求する場合には最低150万円はなければ話にならないという状況がかいま見えてきます。

   地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものですが、刑事裁判における身柄の解放も正に金次第という側面がないでも無いという感じがします。
   それにしても、一般のサラリーマンや、特に若い世代の被告人の場合には、即金で150万円を用意するのは至難の業と言えます。当然ですが裁判所は、保釈保証金が現金で一括して積まれない限りは保釈許可決定を出しません(正確には保釈の許可決定は出すものの保証金が積まれるまでは身柄の解放はしないのです(刑訴94条1項))。
   弁護人が保釈申請をする場合、被告人自身が保証金を準備できない場合には、その親兄弟や親戚、果ては雇い主にもお願いして資金の調達をはかります。これと同時に、裁判所に対して保証金の金額を低くして欲しい上申もします。しかし、私がやった限りでは軽微な自白事件であっても150万円の保証金が最低ラインで、これ以上の減額が認められたことはありません。保証金はいつか返ってくる(はずの)お金であるといっても、まとまった額を預託しなければならないのですから、経済的に有る程度の余裕がないと保釈すらできないといえます。その意味では、裁判中の身柄の自由を現金を担保に取得するのが保釈だと言えます。しかし、現在の保釈の運用は余りにもむごいと思わざるを得ません。一概に150万円といっても、その様なお金ははした金だという金持ちもいれば、親戚中に家族が飛んで回って頭を下げてようやく借りてこれたという人もいます。あるいは、150万円という金額を聞いた時点で気力を喪失する人もいます。もう少し被告人やその家族の経済状況を考えて欲しいというのが弁護人の想いです。人によっては50万円だって大金なのです。
【保釈保証金が戻ってくる時期】
 
    保釈保証金は、罰金でもなければ寄付でもありませんから、裁判手続が無事に終了すれば戻ってくるのです。
    では、何時戻ってくるのかですが、基本的には判決の言渡を受けたその日には還付の手続ができるようになります。判決は言渡日の翌日から14日以内に控訴提起がなければ確定するのですが、その確定を待たずに保証金の還付手続はできるのです。早い場合には、判決言渡のその日の内には保証金の還付を受けて依頼者なりに返還することも出来ます。但し、保証金は、裁判所では現金で返却してくれませんので、通常は弁護人の銀行口座に振込送金されるか、あるいは日銀小切手の振出となります。そのため、送金に要する日数や小切手の現金化(日銀かその代理店でないと出来ない)のために若干日数がかかるため、私がやっている場合には余裕を見て判決言渡の5日くらい後に返還するスケジュールを組んでいます。
 刑事訴訟法第94条(保釈の手続)
保釈を許す決定は、保証金の納付があつた後でなければ、これを執行することができない。
2項  裁判所は、保釈請求者でない者に保証金を納めることを許すことができる。
3項  裁判所は、有価証券又は裁判所の適当と認める被告人以外の者の差し出した保証書を以て保証金に代えることを許すことができる。
 刑事訴訟法第96条(保釈・勾留の執行停止の取消し)

裁判所は、左の各号の一にあたる場合には、検察官の請求により、又は職権で、決定を以て保釈又は勾留の執行停止を取り消すことができる。
1 被告人が、召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。
2 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
3 被告人が罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
4 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、又はこれらの者を畏怖させる行為をしたとき。
5 被告人が住居の制限その他裁判所の定めた条件に違反したとき。
2項  保釈を取り消す場合には、裁判所は、決定で保証金の全部又は一部を没取することができる。
3項  保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で保証金の全部又は一部を没取しなければならない。  
 
 


その5  保釈条件 〜 保釈されても全くの自由というわけではない

    保釈が許可される場合には、大体裁判所が次のような条件を保釈許可に付けます。事案によっては、これ以外の条件がつくこともありますが、下記の条件が定型だといえます。

@  居住場所の指定(起訴状に記載されている住所地以外の場所に居住してはならない)
A  裁判への出頭(公判期日は勿論、それ以外でも裁判所から召喚された場合には必ず出頭する)
B  逃亡したり、罪証隠滅と思われるようなことはしない
C  海外旅行や5日以上の旅行をする場合には、予め裁判所の許可を得る
  

これらの条件に違反した場合には、直ちに保釈許可は取り消されて、即時に身柄を拘束されます。また、当然ながら保釈保証金は没収されます。それだけでなく、保釈条件に違反したということは裁判においても大きな影響を持ち、本来ならば執行猶予がつく事案であっても、実刑が宣告されてしまう危険もあります。
   上記の4点は、どの保釈の場合にも必ず入っている条件ですが、事案によっては、公判廷に出廷することが予想される目撃証人に直接・間接会う、電話をするなどを禁止するとか、同じく保釈されている共犯者がいる場合に、その共犯者とは電話や手紙を含めて一切接触しないこと、などの条件が入ることもあります。

    めでたく保釈が許可されると、被告人は許可の下りた日から身柄を解放されます。通常は、裁判所から検察庁に許可決定の通知が行き、この通知書に基づく検察官の指示書が護送バス(被告人を裁判所に連れて行き、勾留場所・拘置所へ連れて帰るバス)に乗せられて被告人のいる拘置所あるいは警察署に渡ります。この時点で拘置所なり警察署の管理係が被告人を開放するので、通常は夕方の5時以降が多いといえます。
    保釈が許可をされると、弁護人として考えるのは「執行猶予」です。現在の裁判所の扱いからすると、法の建前を無視してなかなか保釈許可を出さないのが実情です。ということは逆に言うと保釈がおりた事案においては、判決においても執行猶予がつく可能性が極めて高いということが予測されるのです。実刑相当という事案の場合には、最終的に刑務所に送ることになるので、公判中も身柄を確保しておく方がいいと裁判所も判断するからです。保釈許可(却下)の決定を出す裁判官と、刑事裁判の判決を言い渡す裁判官は別の裁判官となっていますが、別の人間であっても裁判官が考えることは大体同じなので、保釈担当の裁判官が保釈許可を出す場合には、本裁判でも執行猶予がつく可能性が高いというのは経験則上もいえることなのです(※知識箱「執行猶予」参照)。

   そして、判決言渡の日に、法廷に制服姿がなければ執行猶予は間違いなしです。実刑の判決が出る場合には、判決言渡と同時に収監される(刑務所へ送る手続が行われる)ので、被告人の身柄を確保するために刑務官が在廷しているのです。この制服姿がないということは、裁判所が収監手続を想定していないので、無事に執行猶予がつくのです。
   しかし、希に刑務官が在廷している場合もあります。このような場合には弁護人としては冷や汗どころの騒ぎではありません。判決言渡と同時に、再度の保釈請求の手続を行わなければ被告人はまっすぐ刑務所に連れて行かれるのです。そこで、判決で実刑の宣告が出されたら、公判終了後その足で保釈請求をすることになるのです。
【保釈中の旅行の許可は容易にはとれないものなのか】
 
   保釈条件では、海外旅行や長期の国内旅行については裁判所の許可を得ることが求められます。海外に逃亡されると、日本赤軍の例を出すまでもなく、日本の警察権の管轄外に行かれたりして裁判手続どころではなくなってしまうので厳しく制限されます。従って、遊びの旅行などはまず許可が下りないと考えられます。国内でも、1泊2泊ならともかく、1週間にも及ぶような旅行は許可が下りないことがあります。無視していけば当然ですが保証金は没収されて、直ちに勾留されます。弁護人としても、裁判を控えているのにのんきに海外旅行などにいかれてはたまったものではありませんし、そのような被告人では弁護活動をする気力も失せてしまいます。
   しかし、会社の出張だとか、法事とかで地方へ行かなければならないということは現実問題として起こりえます。このような場合には、裁判所もあまりとやかく言わずに旅行許可を出してくれます。最近扱った事案でも、盆の法事で1週間を2回、四国にある実家に戻らなければならないという被告人がいましたが、何も問題なく旅行許可はおりました。きちんと説明が付くものであればほとんど問題なく許可が下りると言えます。もっとも海外への出張などの許可が下りることはよほどの場合でなければないと思います。日本国の警察権・司法権の及ばなくなる外国への渡航はまず認められません。
【保釈保証金の使い道】
 
 
 保釈保証金は、何事もなければ戻ってきます。しかし、戻ってきた保釈金の一部についてはそのままストックしておいた方がいいです。私選弁護の場合の弁護士報酬があるからなのですが、実は私選弁護国選弁護を問わず一定の資金が必要になるのです。執行猶予の判決がでると被告人はそれで安心してしまうのですが、実はしばらくすると裁判所から検察庁を通じて裁判費用の支払を求められてくるのです。国選弁護の場合であってもこれは同じなのです。
   刑事裁判の場合、被告人に経済的余裕がないということで国選弁護人を選任しますが、実は裁判費用はきちんとかかるのです。そして、被告人に経済的余裕が無く、かつ、実刑判決の場合には裁判費用の支払を免除することが多いのですが、執行猶予判決が出た場合には、裁判費用を支払うという判決になっていることがほとんどなのです。ついつい、「4年間刑の執行を猶予する」という判決文で安心して、その後の「訴訟費用は被告人の負担とする」という定型文言が耳に入ってこないのですが、訴訟費用も決して馬鹿にはならないのです。一番安い場合で約10万円弱だと思ってください。しかも、訴訟費用については検察庁から督促が来て、支払わない場合には執行をかけてくるとご丁寧な説明がついています。おまけに納付期限は非常に短いため、催促状が送られてきてからあわてて用意しなければならないのは結構きついところがあります。たかが10万円と思う人はいいのですが、まだ若くてお給料も多くない人の場合には、突然やってくる訴訟費用の請求に驚かないように保証金の一部はそのまま手つかずに残しておいた方が安心です。
 


その6  最後に 

    皆さんの中には、「自分で悪いことをしておいて勾留されたからと文句をいえるものか」「保釈されないで当然、少しは頭を冷やした方がいい」という考えの人もいるかもしれません。確かに、人を殺しておいて、勾留されるのは嫌だ、保釈させてくれ、というのはどうかとも思います。しかし、現在の犯罪捜査実務においては、過失の交通事故で被害者にはそれほどの大きな怪我を負わせたわけでもない場合のように、確かに犯罪となる行為をしたのは間違いないものの、長期に渡って身柄を拘束することがどうなのかという事案もあります。自白事件の場合でも、逮捕されてから判決が出るまで早くても2ヶ月はかかります。その間家にも帰れませんし、自己都合の欠勤ですから会社も首になることは珍しくもありません。犯した罪と、それに対する刑罰は均衡が保たれてなければならないというのが現代刑事法の原則ですが、刑罰でもない勾留の段階で、必要以上の社会的制裁を与える結果になる勾留というものはいかがなものかを少しでも頭においておいて頂ければと思います。そして、そのような不相当な社会的制裁を回避するためにも保釈というのは重要な手続なのです。
   にも関わらず、保釈保証金は高額化の一途をたどっており、経済的に弱い人はそれだけで不利益を被るという自体は決して看過できるものではないと思われます。我々弁護士が、刑事弁護を担当する場合には、まず被疑者・被告人の身柄の開放というものを最初に考えるのは、背景にそのような考えがあるからでもあるのです。


 

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