「池袋東口300円弁当物語」


 味覚の秋である。
秋の味覚といえば、昔から松茸と相場が決まっているが、おいらはいまだかつ
て「松茸の形をした松茸」を食べたことがない。
たまに食べる機会があっても、いつも、ペラペラの切れ端であり、それは松茸
そのもの、というよりも、「松茸を嘯(うそぶ)くもの」という感じがする。

 そもそも昔から「香り松茸、味しめじ」という言葉があるが、これに関して
おいらは子供の頃から一つの大きな疑問を抱いていた。
それは「ならば、しめじで良いのではないだろうか?」ということである。
何かしめじではいけない、言うに言われぬ理由があったに違いないのだ。


 自分から秋の味覚、などという話題を振っておいて今更こんなことを書くの
は非常に心苦しいが、おいらはあまり食べ物の味というものに興味がない。
もちろん、好物や嫌いなものはあるが、わざわざ美味いモノを食べに行く為に
出かけよう、とか、たまには高くても美味しいものを食べよう、という気にな
ったことは生まれてこのかた一度も無い。


 当然、テレビなどでよく特集をやっている「美味いラーメン屋」の類に行っ
たこともない、どうも日本人というのはラーメンが好きではなければならない、
みたいな風潮があるようだが、おいらはあまり好きではないのだ。
別に嫌いではないが、3ヶ月に1回食えば十分だと思うし、おいらにとっての
「美味いラーメン」というのは、冷凍生麺タイプの市販品がせいぜいで、あれ
より美味くても「所詮、ラーメンではないか」という非常に失礼な思い込みを
持っている。

 確かに「美味いラーメン屋」のラーメンはあれよりずっと美味しいのかもし
れないが、値段や行列に並ぶ労力、さらに、老舗特有の圧迫感を加味すると、
どうしてもそこまでして食べたいとは思えない。

 しかし、「不味いラーメン屋」になら行ったことがある。
これがどういうわけか、おいらの家のすぐ近くにずっと昔からあるラーメン屋
なのだが、凡そこの世のものとも、あの世のものとも思えないほど不味い。

 おいらは先ほども書いたようにラーメンに全くコダワリがないので、おいら
にとっての「標準の味」のラーメンの味というのは、袋入りの「サッポロ一番
醤油味」なのだが、ここで出すラーメンはそれより遥かに不味い。
一体、何をどうすればここまで不味いラーメンが作れるのかと不思議になるほ
ど不味い。
「これぞ職人芸!」と言いたくなるほど不味い。
ただ、深夜まで営業しているし、店内の居心地も良い、つまり非常に使い勝手
の良いラーメン屋なので、、「ラーメンが極端に不味い」ということを除けば、
十分、合格点である。
おいらはなんとかしてここの店主の気持ちを傷つけないように、メニューの中
に「サッポロ一番醤油味」を加えて貰えないだろうか?、という要望を伝える
方法を日々悩んでいるのだ。


 この貧乏臭い味覚はどうやら、我が家の家風らしく、妹などは一番の好物が
「コロッケ」である。
昭和30年代並のつつましさだが、彼女は本気でコロッケを愛している。
それも何やらこみいった事情のありそうな高級コロッケの類ではなく肉屋で8
0円くらいで売られている普通のコロッケを心底愛している。

 子供の頃、彼女の誕生日に母親が妹に向かって「今日は何が食べたい?」と
聞くとき、おいらはいつも妹の口を塞いでいた。
奴は本気でコロッケをリクエストするからだ。

 とはいえ、おいらも似たようなもので、鶏の唐揚げをこよなく愛している。
別にフライドチキンでも悪いことはないのだが、どちらかというと醤油味の方
が好きなので、やはり鶏の唐揚げと言っておきたい。

 ちなみに居酒屋に行った時においらが最初に必ずすることは、その店での「
中生」と「鶏の唐揚げ」の呼称を確認することである。
大抵は「中生」、「鶏の唐揚げ」で通用するのだが、時たま、「若鶏ザンギ」
だったり、ビールも数種類ある場合があるので注意が必要なのだ。

 おいらの場合、唐揚げさえあれば生きていける、という自負があるので、居
酒屋でもできればいきなり5皿くらい頼んでしまいたい、という衝動に駆られ
るが、そういうことをすると大抵の場合、友人にぶたれたりはたかれたりする
ので我慢することにしている。


 ところで、22、3の頃働いていたコンピュータ系の会社の近くには、どう
いうわけか全品300円という物凄い弁当屋があった。
丼状の弁当箱にご飯が盛ってあり、その上に具が乗っている。
具の種類やハンバーグ、焼肉、唐揚げ、そして、何故か「焼き鳥」(串無し)
があり、どれを選んでも300円。
それなりにボリュームもあったので非常に助かっていたが、この弁当屋はオフ
ィスの昼休みを当て込んで平日の12時から1時までの1時間だけの営業で、
ヒト一人がやっと入れるという屋台まがいの店内にいたのは、金髪の美人だっ
た。


 何故なのかは全く分からないが、この店の店員は白人のおねえちゃんで、後
で聞いたところによるとスウェーデンの出身らしい。
一体、どういう事情があって、スウェーデンから日本に渡り、300円の弁当
を売ることになったのかまでは分からなかったが、カタコトの日本語ながらも
いつも愛想よく弁当を売ってくれた。

 冒頭にも書いたように、おいらははっきりいって舌バカなので、一食だけな
ら一週間でも二週間でも同じものを食べ続けられる。
当時の財政事情もあって、おいらはこの弁当屋に通い続け、そして「唐揚げ弁
当」だけを頼み続けた。
ついに、おねえちゃんはおいらの注文を取らなくなり、「イツモノ デ イイ
ノネ?」としか言わなくなってしまった。
なんだかマンハッタンの危険なバーのような様相だが、おいらの「イツモノ」
は300円の唐揚げ弁当である。


 いつまで経っても財政事情の好転しないおいらは半年くらい毎日のようにこ
の店に通い続けたが、ある日行ってみるとおねえちゃんはいなくなっており、
店は閉まっていた。
この店は何故かそのまま無くなってしまい、その後彼女がどうなったのかは分
からないが、効果対費用、つまりボリューム対値段の見地からいうと、世界遺
産の一つとして登録して欲しい、とまで思っていたので非常に残念である。



AXL 2001
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