国民の理解を求め説得に努める指導者の姿があった。自信と希望を共有しようと励ます言葉があった。
就任から36日目のオバマ米大統領が24日行った52分の演説である。経済から安全保障まで米国が直面する課題について、政権の方針を打ち出す議会向けの演説だが、火曜の夜にテレビで見ている全米の一般の人々に直接語りかける演説でもあった。
「経済が危機にあることは、統計を見るまでもありません。日々、みなさんはその中で生活しているわけですから」。“You”という二人称を用い、苦難を国民と分かち合う大統領であることを印象付けた。
そして、絶望的な状況下にあっても、米国民は乗り越える力を持っていると強調し、鼓舞した。「私たちは立て直し、回復し、より強いアメリカ合衆国となってよみがえるのです」
メッセージは届いたようだ。演説直後にCNNテレビが行った全米視聴者調査では、オバマ大統領の言葉を聞き、国の将来に「楽観的になった」と回答した人が85%に達し、「悲観的になった」の11%を大幅に上回った。
対岸の国はうらやましい限りだが、大統領が直面する現実は極めて厳しい。
米国を再び強くするため、「環境・エネルギー」「医療」「教育」に長期投資を行っていくと力強く表明したことは評価できる。だがそれには、一刻も早く金融システムを安定化させねばならない。経済の出血が続いていては、筋力増強どころではないからだ。
その金融安定化には追加的な公的資金の投入が避けられない。大統領も演説の中で正直に認めた。しかし、議会の支持を得ることは容易ではない。目指した超党派の結束は実現しておらず、民主党内からも反発の声が上がるのは必至だ。
大統領が国民に向けて熱く訴えたのは、まさにこのためだ。「救うのは銀行ではなく国民」と強調し、怒りに負けて銀行救済を躊躇(ちゅうちょ)していては、危機が10年も続くと述べたが、議会を説得するうえで世論を味方に付けることが不可欠だと考えるからだろう。
就任から1カ月足らずで、72兆円規模の景気対策法を成立させたことは、異例のスピードといえる。しかし、急激に悪化する経済状況と株価下落など市場の動揺は、矢継ぎ早の大胆な対策を催促している。
大統領演説は海外の目も意識したものだった。米国と世界が相互に依存し合う「新時代が始まった」とし、単独主義が目立ったブッシュ時代からの決別を鮮明にした。経済危機克服に、財政的、政治的資源を集中させねばならない現実がある。もはや単独では世界を主導できないと限界を認め、協力を呼びかけたものだ。
大統領のメッセージは私たちにも伝わった。続く行動に期待したい。
毎日新聞 2009年2月26日 東京朝刊